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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第4章 天陽の冥暗
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24.トニー=ダウナー中将 9

 数日前から自分達の動きを見張る目が増えていた。監視兵の視線は当たり前にあったが、それとは異なる種類の目が増えたり減ったりする。それをいち早く報告してきたのは、先鋒隊を引き受けるマクロだ。彼はどんな些細な違いも気づき、不穏なモノをいち早く嗅ぎ分ける。


 それにはニバリも気づいていた。それを向ける者は女であり、時には老人の時もあった。玄人ではなく、庶民であると思われる者もいた。自分達を警戒する行為とも思われたが、その幾つかは明らかに違う意図だと思われた。


 部下の報告を受けてから、トニーはふらりふらりと移動するようになった。相手の魂胆を少しでも早く掴みたかったのだ。


 長年の経験から敵の対象物を絞ることには長けている。それが意外な人物だと気づいた時、敵の目的がわからなくなった。


 奴らの本当の目的は、か細い紅髪少年だった。心根の優しいが小汚い子供だ。


「監視兵の数がずいぶん少ないな?」


 早朝に建物の外に立つ2人、トニーとニバリ。


 仲間のほとんどは、まだ収容所の建物内で待機している。


「どうやら、領地の外でいざこざが起こってるみたいですよ。その事態の収拾に召集されたみたいです」


 やはり


 トニーの予測通りの事態になった、その時が遂にやってきたことを確認し合う。

 奴らの目的はこの地の鉱物、そして、ヴィサスの失脚だと見当はついている。


「我々は内乱に巻き込まれるわけだな。奴らは我々も始末し、アクアをも刺激するだろう」


 しかし、まだ解けない疑問が1つ残る。


「チビはこっそり逃したか?」


「あぁ、アイツによく似たヤツに身代わりをさせている」


 ニバリは周りを警戒しながら小声で話した。


「そうか、よくやった」


「しかし……アイツは何者なんでしょうか。我々と仲良くしただけで命を狙われるとも思えないです。いや、それほど我々は彼等に憎まれているということでしょうか?」


 トニーは遥か向こうを見つめている。人の集団がやってくるのが見えていた。


「それは今日わかるだろうな……お客様が来るぞ、皆に準備をさせろ」


 トニーは小さく早口で捲し立てた。久々の戦闘が始まろうとしている。


 ニバリは目で頷くと、何食わぬ顔で建物へと入っていく。トニーはそれを確認すると、やってくる集団の方向とは別の方に意識を向けた。


 やれやれ


 今度はヴィサスの兵を装った者達だ。いつものメンバーがいないのを見れば、コイツらがもぐりこんでいたネズミだとわかる。


「おい、建物に戻れ!今日は作業は中止だ!!緊急事態だ」


 トニーは頭を傾げて見せる。あたかも何もわからないという様子を見せた。


「何かあったのですか?」


「お前達、アクア兵を憎む群衆が、外に集結している。ここに雪崩れ込むかもしれない、隠れていろ」


 後ろに控える数人は不穏な笑みを浮かべている。トニーはそれにも気づかないふりをし、兵士達を見据えた。


「我々を守ってくださるのか……」


 その言葉に、奥の1人がクスッと笑った。隣の男が慌てて肘でその男を突く。


「コホン!……世話役の子供を呼べ、我々が保護することになった」


 軽く咳払いをすると、先頭の男が奥の建物を指差す。


「子供……?チビのことですか?」


 トニーは後ろを伺いながら、間の抜けた返答をあえてする。


「チビ??あぁ??紅髪の少年だ、お前達に本を配っていただろ?」


 その様子から、この男がチビを実際には知らないことが読み取れた。多分、特徴だけ伝え聞き、拘束にやってきたのだろう。


「あの子は俺達が守ります」


「はぁ?お前達がどうやって守るんだ??丸腰のお前達が」


 クスクスと嘲る声が耳に障る。トニーはそれらには取り合わず、冷静に状況を見極める。


「まずは、あちらの男達を取り押さえたらどうですか?」


 トニーはこちらに到着した集団の方向を指差した。身なりは不満を抱いた庶民のようだが、その腕や足腰、身のこなしからは戦闘のプロだと一貫しただけでわかる。


「あ?こんなところにまで民衆の一部がやってきたか……まぁ、あっちは他の隊が対応する。とりあえず、子供を引き渡せ」


 後ろの控え兵は、刀に手をかけた。


 トニーは冷ややに微笑む。端から我々を生かすつもりなどない。


「ニバリ!お客様がいらしたぞ!!」


 トニーが大声を張り上げると、各出入り口が大きく開け放たれる。その中からは、屈強な男達が最低限の装備を付け、表にゾロゾロと出てくる。

 捕虜として大人しくしていたが、元々はアクアの精鋭部隊。それも、粒ぞろいの荒くれ者だ。


「あのチビを渡したら、俺らはおしまいだろ?」


 トニーの挑発的な表情に兵士達は顔を歪めた。


 紅髪の子供を殺すことが最優先事項だ。


「お前ら、子供を探して殺せ!」


 その声を合図に、敵と思われる男達は一斉に剣を抜いた。数人は銃を構えている。


 目の前の男がトニーに向けて剣を振り上げると、トニーは瞬時に動き、その男の腹を蹴り上げ、剣を易々と奪った。


 その速さは驚異的であった。


 そして、その剣を真っ直ぐに当て、叩きのめすと、目の前の男を切り捨てることなく、気絶させた。


「殺すな!」


 そのトニー=ダウナーの命令は絶対だ。隊はその困難な指令をこなさなければならない。己の命を賭けて……。


 ヘイヘイ……ニバリは仕方なく頷く。下手するとこっちの命が持っていかれると言うのに……。


 しかし、隊の皆はその真意をちゃんと理解している。


 ここでインフィニタ人の命を奪えば、今、生き残ったとしても、いずれは始末される。あくまで立場は敵国の兵士、正当防衛など認められない。


 トニーは常に先を見据え、そして、我々が生き残これる未来を予測している。その信頼があるからこそ、隊は一糸乱れぬ連携を繰り広げる。


 体技が得意な者が先頭に立ち、そうでない者は他でカバーする。トニーが率いる隊は丸腰とは思えないほど、実に良く機能している。


 それでも、もちろん数の差はある。集まっている男達の集団もなかなかの手練れ達だ。素人との戦いではない、徐々に押され始めた……。


 拳銃を使う男達が、特に厄介だ。その銃弾を避けきれず、何人も倒れていく……。


 さすがに無理があったか……。あの子供に賭けたことに無理があったか……。トニーが敵を片付けながら、状況を分析していると——————-。


————光が走ったのを見た。


 その光は、美しい太刀筋で銃を持った男達を次々と切り捨てていく。その光を守るかのように、次々と真っ白な軍服を着た剣士達が駆け込んでくる。


 助かった……。


 トニーは直感で感じた。彼等はこちら側の人間だと……。


 その光は小柄な男だった。紅髪と深緑の瞳、よく見知った顔だ。いや、知った顔より随分と美しい。雲泥の差だ……。


「あれは!チビか!?」


 トンボが指差し、驚いている。


 周りの仲間達も驚きの声を上げた。


 あの軍服はインフィニタ軍の軍服であり、それもかなり階級が上の者だ。その身のこなし、剣技、体技、圧倒的な覇気……。


 それらの全ては、彼等の知るチビとは全く異なるものだ。


 ニバリがトニーの元に駆けつけた。その表情は驚きを隠してはいない。


「閣下!アイツは兵士だったんですね!!」


 それにトニーは苦笑いを浮かべた、


「兵士だ?アレが、ラウダ=グロリアだろ……」


 早々に反乱分子を片付けていく白い集団。その先頭に立つ男、その男をニバリは何度も確認した。


「あれが……ヴィサスの主力………」


 トニーは大きなため息をついた。


 アルデナ区コンサス家の紅髪、ヴィサス区グロリア家の深緑の瞳、あの身体能力と賢さの根源だ。


 なぜもっと早く気付かなかった!?


 あの少年に感じていた違和感は()()だったのだ……。


 圧倒的な覇気……。


 とんだバケモノと毎日を過ごしたものだ。




 

 


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