24.トニー=ダウナー中将 9
数日前から自分達の動きを見張る目が増えていた。監視兵の視線は当たり前にあったが、それとは異なる種類の目が増えたり減ったりする。それをいち早く報告してきたのは、先鋒隊を引き受けるマクロだ。彼はどんな些細な違いも気づき、不穏なモノをいち早く嗅ぎ分ける。
それにはニバリも気づいていた。それを向ける者は女であり、時には老人の時もあった。玄人ではなく、庶民であると思われる者もいた。自分達を警戒する行為とも思われたが、その幾つかは明らかに違う意図だと思われた。
部下の報告を受けてから、トニーはふらりふらりと移動するようになった。相手の魂胆を少しでも早く掴みたかったのだ。
長年の経験から敵の対象物を絞ることには長けている。それが意外な人物だと気づいた時、敵の目的がわからなくなった。
奴らの本当の目的は、か細い紅髪少年だった。心根の優しいが小汚い子供だ。
「監視兵の数がずいぶん少ないな?」
早朝に建物の外に立つ2人、トニーとニバリ。
仲間のほとんどは、まだ収容所の建物内で待機している。
「どうやら、領地の外でいざこざが起こってるみたいですよ。その事態の収拾に召集されたみたいです」
やはり
トニーの予測通りの事態になった、その時が遂にやってきたことを確認し合う。
奴らの目的はこの地の鉱物、そして、ヴィサスの失脚だと見当はついている。
「我々は内乱に巻き込まれるわけだな。奴らは我々も始末し、アクアをも刺激するだろう」
しかし、まだ解けない疑問が1つ残る。
「チビはこっそり逃したか?」
「あぁ、アイツによく似たヤツに身代わりをさせている」
ニバリは周りを警戒しながら小声で話した。
「そうか、よくやった」
「しかし……アイツは何者なんでしょうか。我々と仲良くしただけで命を狙われるとも思えないです。いや、それほど我々は彼等に憎まれているということでしょうか?」
トニーは遥か向こうを見つめている。人の集団がやってくるのが見えていた。
「それは今日わかるだろうな……お客様が来るぞ、皆に準備をさせろ」
トニーは小さく早口で捲し立てた。久々の戦闘が始まろうとしている。
ニバリは目で頷くと、何食わぬ顔で建物へと入っていく。トニーはそれを確認すると、やってくる集団の方向とは別の方に意識を向けた。
やれやれ
今度はヴィサスの兵を装った者達だ。いつものメンバーがいないのを見れば、コイツらがもぐりこんでいたネズミだとわかる。
「おい、建物に戻れ!今日は作業は中止だ!!緊急事態だ」
トニーは頭を傾げて見せる。あたかも何もわからないという様子を見せた。
「何かあったのですか?」
「お前達、アクア兵を憎む群衆が、外に集結している。ここに雪崩れ込むかもしれない、隠れていろ」
後ろに控える数人は不穏な笑みを浮かべている。トニーはそれにも気づかないふりをし、兵士達を見据えた。
「我々を守ってくださるのか……」
その言葉に、奥の1人がクスッと笑った。隣の男が慌てて肘でその男を突く。
「コホン!……世話役の子供を呼べ、我々が保護することになった」
軽く咳払いをすると、先頭の男が奥の建物を指差す。
「子供……?チビのことですか?」
トニーは後ろを伺いながら、間の抜けた返答をあえてする。
「チビ??あぁ??紅髪の少年だ、お前達に本を配っていただろ?」
その様子から、この男がチビを実際には知らないことが読み取れた。多分、特徴だけ伝え聞き、拘束にやってきたのだろう。
「あの子は俺達が守ります」
「はぁ?お前達がどうやって守るんだ??丸腰のお前達が」
クスクスと嘲る声が耳に障る。トニーはそれらには取り合わず、冷静に状況を見極める。
「まずは、あちらの男達を取り押さえたらどうですか?」
トニーはこちらに到着した集団の方向を指差した。身なりは不満を抱いた庶民のようだが、その腕や足腰、身のこなしからは戦闘のプロだと一貫しただけでわかる。
「あ?こんなところにまで民衆の一部がやってきたか……まぁ、あっちは他の隊が対応する。とりあえず、子供を引き渡せ」
後ろの控え兵は、刀に手をかけた。
トニーは冷ややに微笑む。端から我々を生かすつもりなどない。
「ニバリ!お客様がいらしたぞ!!」
トニーが大声を張り上げると、各出入り口が大きく開け放たれる。その中からは、屈強な男達が最低限の装備を付け、表にゾロゾロと出てくる。
捕虜として大人しくしていたが、元々はアクアの精鋭部隊。それも、粒ぞろいの荒くれ者だ。
「あのチビを渡したら、俺らはおしまいだろ?」
トニーの挑発的な表情に兵士達は顔を歪めた。
紅髪の子供を殺すことが最優先事項だ。
「お前ら、子供を探して殺せ!」
その声を合図に、敵と思われる男達は一斉に剣を抜いた。数人は銃を構えている。
目の前の男がトニーに向けて剣を振り上げると、トニーは瞬時に動き、その男の腹を蹴り上げ、剣を易々と奪った。
その速さは驚異的であった。
そして、その剣を真っ直ぐに当て、叩きのめすと、目の前の男を切り捨てることなく、気絶させた。
「殺すな!」
そのトニー=ダウナーの命令は絶対だ。隊はその困難な指令をこなさなければならない。己の命を賭けて……。
ヘイヘイ……ニバリは仕方なく頷く。下手するとこっちの命が持っていかれると言うのに……。
しかし、隊の皆はその真意をちゃんと理解している。
ここでインフィニタ人の命を奪えば、今、生き残ったとしても、いずれは始末される。あくまで立場は敵国の兵士、正当防衛など認められない。
トニーは常に先を見据え、そして、我々が生き残これる未来を予測している。その信頼があるからこそ、隊は一糸乱れぬ連携を繰り広げる。
体技が得意な者が先頭に立ち、そうでない者は他でカバーする。トニーが率いる隊は丸腰とは思えないほど、実に良く機能している。
それでも、もちろん数の差はある。集まっている男達の集団もなかなかの手練れ達だ。素人との戦いではない、徐々に押され始めた……。
拳銃を使う男達が、特に厄介だ。その銃弾を避けきれず、何人も倒れていく……。
さすがに無理があったか……。あの子供に賭けたことに無理があったか……。トニーが敵を片付けながら、状況を分析していると——————-。
————光が走ったのを見た。
その光は、美しい太刀筋で銃を持った男達を次々と切り捨てていく。その光を守るかのように、次々と真っ白な軍服を着た剣士達が駆け込んでくる。
助かった……。
トニーは直感で感じた。彼等はこちら側の人間だと……。
その光は小柄な男だった。紅髪と深緑の瞳、よく見知った顔だ。いや、知った顔より随分と美しい。雲泥の差だ……。
「あれは!チビか!?」
トンボが指差し、驚いている。
周りの仲間達も驚きの声を上げた。
あの軍服はインフィニタ軍の軍服であり、それもかなり階級が上の者だ。その身のこなし、剣技、体技、圧倒的な覇気……。
それらの全ては、彼等の知るチビとは全く異なるものだ。
ニバリがトニーの元に駆けつけた。その表情は驚きを隠してはいない。
「閣下!アイツは兵士だったんですね!!」
それにトニーは苦笑いを浮かべた、
「兵士だ?アレが、ラウダ=グロリアだろ……」
早々に反乱分子を片付けていく白い集団。その先頭に立つ男、その男をニバリは何度も確認した。
「あれが……ヴィサスの主力………」
トニーは大きなため息をついた。
アルデナ区コンサス家の紅髪、ヴィサス区グロリア家の深緑の瞳、あの身体能力と賢さの根源だ。
なぜもっと早く気付かなかった!?
あの少年に感じていた違和感はこれだったのだ……。
圧倒的な覇気……。
とんだバケモノと毎日を過ごしたものだ。




