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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第4章 天陽の冥暗
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23.トニー=ダウナー中将 8

 それは早朝に起こった。ラカス地区とヴィサス地区の境界に突如、武器を手にした群衆が集まったのだ。目視で2000人。女子供、年寄りも含んでいる。


 それに対し、ヴィサス区の兵は僅か300が駐在している。元々寄せ集めの兵であり、アルデナにある中央部に半分以上置いてきている。


 幸いだと言える唯一のことは、ヴィサスに駐在している兵は主力であるラウダ、その3人の側近と縁が深い者がほとんどだということくらい。


 押し寄せた民を確認しながら、右側であるウンブラは冷ややかな笑みを浮かべていた。民は敵ではない、刃を向けるわけにはいかない。しかし、この中には確実に我が主力の首を狙うものも混ざっている。


 先ほどの偵察兵の報告では、明らかに傭兵、もくしは他区の兵と思われる者がチラホラ確認できるとのこと。これは単なる暴動ではない。明らかに攻撃の意思がある。


「ウンブラ、我らの主はまだ愚かな民を演じているのか?」


 底冷えするような低い声が、ウンブラの背後から投げかけられた。その声の主は振り返らずともわかる。もっとも冷静で冷酷な、ヴィサスの背側である。


「いや、戻っている。いくつかの指揮も既に出している」


 背側は大きなため息をついた。


 己の命も顧みず、最前線を走っているのが簡単に予想できる。それではダメだ、将はそうであってはならない。


「ヴィサスはアクアと通じている売国奴。高価な鉱物を独り占めしようとしている裏切り者という噂をなぜ放置したのですか?」


 背側、ピーノは昨晩、中央部から慌てて戻ってきた。急に沸って湧いた噂はアルデナにまで瞬時に押し寄せた。怒った一部の民衆やそれを煽る連中がヴィサスに押し寄せているという。


「チェリとフォルテが兵を動かし、民衆のほとんどを食い止め、説得にあたってくれていますが。ここに押し寄せた者はどうするのですか?」


 ウンブラは面倒臭そうにピーノを見つめ返した。


「ブスクラ家が裏で動いてる。そいつらを特定し、排除中だ」


 手薄の兵でどこまでできるというのか?ヴィサス区の最前線を守るので精一杯なはずだ。ピーノの疑問に答えるように、ウンブラは言葉を続ける。


「ラウダがヘルメースを動かした」


 ピーノはその言葉の意味をすぐ理解した。ヘルメースはブスクラ家の一門だが、長男ソラジとその甥ジャンドルとの確執がある。今回の騒動にソラジ達も噛んでいると読んだのだろう。これを機にヘルメースにブスクラ家の実権を握る口実をチラつかせたか……。


 それもコチラが勝つと思わせないと無理な話であるが……。


「それに………この群衆の大半を率いてるのはある男だ」


 ウンブラは冷ややかな笑みを浮かべた。


「ドゥーリ区のネゴシウムを牛耳る男、サド」


 ピーノは急に呆れた表情になった。


「ドゥーリ区の主力、ガンジスか。あの人は何を考えてるでしょうか?」


 ウンブラはラウダの言葉を思い返していた。


 『あの人はお祭り騒ぎが大好きだから、多分、張り切ってやってくるぞ』


 どさくさに紛れて暴れ出すかもしれない、と面白そうに話す姿は、あの人の弟子だと思わせるに十分だった………。


「で、()()をどうするつもりなんです?下手に刺激すれば思わぬ動きをしますよ」


 ピーノは目の前の現実、民衆を躊躇いもせず指差した。

 

「とりあえず、離れたところに誘導し、炊き出しをするつもりだ」


「はい?」


「客としてもてなせだとよ、この人数を!!」


 ありえない、とピーノは頭を大きく振る。そんな食料と資金がどこにあるというのか?


「金の心配してるんだろうけど、アイツが商人を連れて帰ってきたから大丈夫だ」


 中央部に戻ったばかりのピーノは、状況をまだ飲み込めない。まだ自分が知らない駒があると言うのか?


「レオナルド=ロイドが、新宮から商人を連れて戻ってきた。それも、ただの商人じゃない」


 その時、ピーノは変な空気の流れをやっと感じ取った。これは………。


「元神官の男が、結界を張っている」


 遥か昔に出会った巫子という存在。その存在によく似た空気が流れている。


「レオナルドはラウダといるのか?」


「いや、ヤツはここにはいない。アルデナに向かったらしい」


 ピーノとは行き違いになったようだ。真っ先に暴いにくるかも思っていたが。主力の伴侶が愚か者でないことに胸を撫で下ろした。


「本当の戦いは内部で既に始まっている」


 ウンブラが領内の中心部を指差した。ある程度整備が終わった中心部、そこから少し離れた場所にある捕虜の収容所の辺りだ。


「まさか!?ラウダを行かせたのか?」


 ピーノは凄い形相でウンブラを睨んだ。大切な主力を陰謀の渦に飛び込ませるとは………。


「ウチの兵に紛れたネズミと主力の首が欲しい傭兵が襲撃している」


 その言葉を聞くか聞かないかのうちに、ピーノは走り出した。自身の兵も呼び寄せ、現地へと駆ける。


「過保護だねぇ」


 ウンブラは我慢していたタバコに火をつけた。そして、軽く一服する。口から煙を吐き出すと、息と一緒にボヤキも出た。


「ヴィサスの主力0番の意志を知らしめる瞬間に立ち会いたかったな」


 中心部を動く黒い塊を見守ると、もう一服吸った。あっちに向かわせるほどの余力はない。あそこに残った兵は裏切り者がほとんど。ピーノが間に合うかどうか……。


 圧倒的な不利、それを変えるのがウチの主力の得意技だ。特に心配することもないように思えた。


 




 




なかなか終わらないトニーさんの話ですが。

ホントもうちょいです。

読んでいただいている方、ありがとうございます。

応援いただいている方々もありがとうございます。



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