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夢幻の姫君  作者: 紘仲 哉弛
第1章 インフィニタの夜明け
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1.インフィニタの記憶

 その国は遥か北にあった。スノウ国とアクア国に面するその国は、インフィニタと言われていた。多くの民族を集めるその国は、ヴィサス族を中心に形作られていた。

 

 インフィニタは平和な国だったが、アクア国との争いは絶えなかった。また、アクア国からは、インフィニタを一つの国とは認められず、パプチ地区と呼ばれ、多民族が集まる野蛮な未開拓地と侮られていた。


 インフィニタとスノウ国との関係は、ザイバイ女王がその座に就いてからは悪くない。むしろ、民間の交流は活発的だった。しかし、それに対し、アクア国は冷やかな視線を向けていた。アクア国の一部ではスノウ国への攻撃心が生まれていた。


 今から39年前、アクア国は新鋭爆撃装置をヴィサス区に放ち、奇襲攻撃を行った。その一夜の攻撃により、ヴィサス区は跡形もなく消え去った。インフィニタを導き支えていた、賢明で穏健な民族は永遠に失われた。


 アクア国のダラス宰相は讃えられるかと思われたが、スノウ国とサン国からは遺憾の念が送られた。そして、公式には知られていないが、ヤマト国の新宮の巫子は怒りに震え、事務官や神官へアクア国への優遇措置を全て取り下げるように指示した。


 それから、インフィニタとアクア国の膠着(こうちゃく)状態は依然(いぜん)として続いている……。



「ラウダ!サドが探していたぞ!お前、また何かやったのか!?」


 燻製屋の主人が大声を張り上げた。その声は身なりの汚い少年に向けられている。


「え?俺、特になにもしてないけど?今から飯行くつもりなんだけど、急いでた??」


 ラウダは土まみれの服を払いながら、主人に答えた。服から出る大量の砂煙に、燻製屋は嫌な顔をしている。


「アイツは待てない男だ、さっさと顔を出しといた方がいい」


「えー、わかったわ」


 ラウダは、向こうで香っている羊の肉を恨めしそうに見ながら、渋々、踵を返してサドの元に向かう。

 

 ここインフィニタのネゴシウムという町は、交易が盛んな町で、人や物の出入りが激しく、人種のるつぼと化している。


 ラウダが通るたびに街の人々は声をかける。この少年は幼い頃からここで育ち、ここで商売をするものにとっては頼りになる存在だった。


「ラウダ!これ店の残りだけど持ってきな!じーさんに食わせてやってくれ!」


 堅パンの主人が袋をラウダに投げ寄越した。


「ありがと!」


「この前のお礼だよ!」


 ラウダは軽く手を振った。この前とは、アクア国の商人と揉めた時のことだろう。


 あのパン屋は小麦の卸頭もしている。小麦の取引量と金貨との交換率で、スノウ国の商人が足元を見て、買い値を叩いていた時に、ラウダが通りかかって仲介して解決したのだ。


 ラウダは何でも屋をやっているが、通訳と交渉人としての能力が買われるかことが多かった。インフィニタの5つの公用語はもとより、アクア語、スノウ語、サン語、ヤマト語にも精通している。


 そして、何よりその持ち合わせた人間観察力と頭の回転の良さがその身を助けていた。


「ラウダ!サドが探し回ってたぞ!」


 向こうから靴屋が叫んできた。ラウダはそれに軽く手を振る。


 サドはこの町のボスだ。この人とモノに溢れた混乱に満ちた町に秩序を与え、住む者の安全を守っている。荒っぽい輩を従え、()たたかに敵とも渡り合う。


「おい!ラウダ!!探したぞ!!」


 ラウダはいきなり後ろから襟を掴まれ、引っ張られた。その拍子で貰ったパンを落としそうになった。


「なんだよ!いきなり!!」


 ラウダは猫を摘むように、後ろから引っ張られ、ムッとしながら振り返った。


 そこには薄笑いを浮かべた男が立っていた。腰まである黒髪を後ろで束ね、浅黒い肌と紅い瞳、背は190センチはあり、体つきはガッチリとしている。この町の者なら皆知っている、ボスのサドだった。


「探し回ったぞ!顔貸せ!あと、頭もな!」


「は?何言ってんだよ!要件を言えよ!俺は飯を食うところだったんだぞ!!」


「飯くらい後で食わせてやる。報酬だっていつもの5倍出す!急いでんだ!とりあえず、来い!」


 サドは軽々とラウダを担ぎ、人波みをかき分けていく。その様子にすれ違う知り合いはクスクスと笑った。ラウダは恥ずかしさに顔を赤らめる。


「交易の通訳か?どの部族だよ〜あんたでも全然大丈夫だろ?」


「いや、アクアの武器商人相手だ。アイツらは都合が悪くなると、スノウ語とサン語を混ぜ始める。狡賢くて厄介だ。お前の力がいる」


「俺はアクアは嫌いだ。おまけに、武器商人だって?なんでそんな奴から買うんだよ!」


 ラウダほジタバタして降りようとする。ことば通りに、会いたくない奴らだった。


「敵国相手だが、武器がないと戦えないだろ?この国を守るためには必要なんだ。嫌いなら、アイツらからできるだけ(かす)めとることを考えろ」


 ラウダは抵抗するのを諦めた。まだ子供だと言われるが、現実はわかっているつもりだった。どんなに大義を持っていても、思いだけでは生きていけないことは生まれてから身に刻まれている。


「要するに、俺が行かないと言い値でやられるんだろ?」


「まあ、そういうわけだ」


 ラウダは軽くため息をついた。関わりたくないと思えば思うほど、向こうからやってくるのだろうか?アクア国に対しては憎しみしかない、友好になんてできるはずはない。


 だが、相手を出し抜くためなら、頭だろうが何だろうが下げる。プライドなんかより実を取る、それがここでのやり方だ。


「しかし……お前臭いな……給仕に言っとくし、軽く体を洗って新しい服着てこい。あと、目にガラスを入れてこい、その目の色は悟られるな」


 ラウダは不機嫌に笑う。


(この深緑の瞳はそんなに珍しいものか?)


 しかし、その答えは明らかにイエスだった。


 深緑の瞳はインフィニタの民に特有のものだ。その数も多く、この国のでは常識なことで特に珍しいことではない。しかし、ラウダほどの深い色は別の意味を持っている。それを知るものは稀ではあるが、会えば驚き、その事実を恐れるに違いない。


 滅ぼされたヴィサス族の生き残りの末裔だということを示している。


「悪いな……」


 サドは聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。ラウダは黙って頷いた。


「余程のことなんだろ?わかったよ」


 サドはくしゃりとラウダの頭を撫ぜた。

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