古書5 ~本文・製本~
活字になっているのに、めくって読めないのつらい。(挨拶)
印刷された小説本文が手元にある……のですが、まだこの状態では『本』ではありません。
めくって読めない……。
なので、製本に入りましょう。
製本の形式は「ハイブリッド」。
大雑把に言って製本の形式は、接着剤で接着するのと、糸綴じの2種がありますが、今回は、糸綴じした後に接着しています。
強度が欲しかった。
今回のハイブリッド形式は、オリジナルなので……強度や作業の難易度など、それなりのメリットがあると判断して開発・採用した製本方式ではありますが、素人の製本方法なので、採用するかどうかは、ぜひ作業記録を見て判断して下さい。
……いっぱいあるミスは、それがある前提なら、潰せると思うんですよ。
思うんですよ……。
・穴あけ
まず、ページに糸を通す穴をあけます。
今回は横書きで、左から右へ読んでいくタイプ……という事で、ページの左側に穴をあけます。
穴の数は自由と言えば自由ですが、今回は5つ。
基本的に、穴の数を増やすと『一定の数まで』は強度が上がるはず。
ただ、手間が増えます。
……穴を増やしすぎると、そこから逝くと思う。
ちなみに増やすときは、今回の手法では2つずつが望ましいです。
穴の位置はこんな感じ。
別に厳密なルールはありませんが、等間隔の方が分かりやすくていいでしょう。
それと、数字もなるべく覚えやすく、キリのいい数字を採用すると心地良いデザインになると思います。
後に「背表紙」の所で追加する盛り上がりのディテールと合わせておくのが吉。
一般的な製本方法の一つに、
「ページを半分に折って」
「それを8枚・16ページの組にして」
「折りの中心に開けた穴に糸を通し」
「その糸を結んでいく」
……というやり方があります。
一般的と言いましたが、かなり本格的と言えるでしょう。
今回それを選ばなかったのは……うん。死ぬほど面倒に思えたので。
「製本したい本の倍のサイズの紙」(A4にしたいならA3)が必要になるので、諸々の条件が合わなかったというのもあります。
手持ちのクリームキンマリが、「A4」・「横目」だったら、作る本の規格を「A5」にしてそっちを選んだかもしれません。
死ぬほど面倒そうと思うのと同時に、楽しそうでもあった……。
折りを入れると、強度はかなり上がると思います。
手間の増え方もかなりのものだと思いますが。
穴の数が5つである理由は、次の「糸綴じ」で解説していきます。
そして穴あけですが、まず錐(キリ)であけようと思ったのです。
……あれ? 私、キリ持ってなかったっけ?
道具箱の中に見つからないな……。
たまに「こんな道具持ってたっけ……」というものを見つけて、それを使った何かを考えたりもするのですが、逆に、こういう事もあります。
そう言えば、大抵の穴あけは目打ちですませていたような。
基本の道具なので、これを機に購入する事も検討したのですが……買いに行くのが面倒で、何より選択エネルギーを最近使いすぎていて、ちょっと新しい道具を買う気力がない。
仕方なく、目打ちで穴を開けてみる……。
……が、サイズが足りない。
糸を通す作業には、余裕が要る……。
――よし、ここはドリルしかない。
迷ったら最大火力という原則に従って、電動ドリルをセットアップ。
パワーが高いので、少し大きくて手に余る所がある……でも力こそパワー。
電動ドリルを欲する時とはつまり、自分の手に余る力を欲する時です。
ドリルの径は、細すぎず太すぎず。紙のサイズや固定方法にもよりますが、今回は比較的余裕のある3.5mm。
そしてぎゅるぎゅると穴をあけていく。
紙のカスは1穴ごとに掃除しましょう。(つまようじとかで)
順調に穴をあけ、さ、次……と思った所で、違和感が。
……ん? 穴が貫通してないのなんで?
パワー不足? 馬鹿な。ドリルだぞ。(ドリルに対する絶対的な信頼)
……あ、足りてないのパワーじゃない。
頭……じゃなくて。
『ドリルの長さ』だ……。
………………。
…………。
……。
ええー……?
嘘でしょ? これ、普通の本だよ?
ただちょっと、826ページ(413枚)+タイトル+目次+遊び紙3枚の、合計418枚ある、だけ……の……。
だけの……。
……『だけ』?
……この紙、1000枚で10cmという事で、1枚あたり0.01cmあるんですよね。
418枚あったら、4.18cmですね。
計算しやすい。
4cmって言うと短く思えるんですけど。
それが『長さ』ではなく『厚み』の単位で。
『4cmの厚みの本』だとしたら?
その厚みの本は……百科事典か、辞書ですね。
そら貫通せんわー、と、えらくなげやりな気分になる。
しかもこの厚み、きっちり梱包された状態で計測したものですからねー。
背表紙などを作る際に計測した実寸は5cmに近い。
……仕方ない。
一通り、5つ穴を片側からあけて、ひっくり返す。
そして同じく穴をあける。
……やっぱりズレたかー……。
『穴が繋がればいい』と思っていたので、写真上は仕方ない。
でも、写真下は、ばっちり二つの穴が。
垂直を保ったつもりではありますが、手作業ですし。むしろ一カ所ですんだのはマシな方。きっとそう。
……ドリルの垂直を保つ道具が欲しかった。
私はただ、重ねた紙に丁度いい穴をあけたいだけなのに……。
……もう一度、ドリルを持ち出すか真剣に迷った。
しかし結局、既に余計な穴が空いている本文用紙にこれ以上負担を掛けたくないという気持ちの方が強く、デザインナイフでちまちまと穴を繋げていく事に。
ちまちました作業は嫌いではない……んですけど。
私に計画性と適切な道具があれば、いや、もう少し高い作業精度があれば……という気持ちになる「つじつまあわせ」の作業は少しつらい所もある。
一番まずいのは、手を動かしていると、それだけで「わたしがんばった!」的な気持ちになること。
……これを利用すれば、より幸せに生きられるような気もする。
そういうわけで、なんとか等間隔に5つ穴があいた事にします。
教訓:分厚い本を作りたかったら、あらかじめ長いドリルか、長いキリを用意する事。
・チェック
穴あけ……というか穴つなげも終わり、いよいよ糸綴じ!
……の前に、ページ順をチェック。
気を付けてはいても、どこで入れ替わるか分かった物ではありませんしね。
特に『穴つなげ』という、イレギュラーな工程は要注意です。大抵ミスはそういう時に起こります。
というわけで地味なチェック再び……。
739、741、743……の次が744。
両面印刷なので、ページ番号は2ページずつ進むはず。
あーどこかでひっくり返ったのかな、じゃあひっくり返せばいいだけ……。
……ひっくり返す?
いや、もう穴あいてるんだよ……。
ひっくり返せないよ……。
何をどこでどうミスったかすら分からないのつらい。
……うん、再印刷しかない。
端をぼろぼろに破いて「1枚だけ端が傷んでいる」みたいな演出にするなら別ですが。
いっそ、全部端をぼろぼろにするなら別ですが。
1枚だけだったのは不幸中の幸いですね。
ページ指定して再印刷、1枚だけなので、パンチで穴をあけました。
少し他より大きいのですが、まあ気にしない。
ちなみに「冊数が少ない」or「地獄のような苦労をいとわない」場合、パンチでいいと思います。
……というか、『穴』を完全に作れるのはパンチだけなので、それがベストな気もします。
……でも、400枚以上はちょっと、その。無理です。
正確に言えば無理ではありませんが、精度を確保する手間を考えると、やりたくない……。
複数穴タイプのパンチを持っていて、かつ、その幅と穴のサイズが望む規格なら、候補に入れてもいいかもしれません。
・跡処理
今回はパワー重視かつ大口径の穴が欲しくて電動ドリルを使いました。
そのため、穴をあけた際に、穴の周りが盛り上がってしまっているので、潰します。
最初は親指の爪と人差し指の腹でやっていたのですが、すぐに水分を奪われて辛くなってきたので道具を推奨。
私はどんぐりを使用しました。
……たまに拾いたくなりますよねどんぐり。
しかし私も大人になったので、無闇にたくさん拾ったりはせず、大きさや形や色つやなどを総合的に判断してお気に入りを一つだけ。
そして、たまに眺めたり、手の中で転がして感触を楽しんだりしています。
ちなみに、この作業をどんぐりでやる必要はありません。
……ただ、ネタなのかと言うとそうではなく、手頃なサイズと固さで、丸みがあって、ぴったりだったんですよね。
どんぐりはどんぐりで、ちょっとサイズが小さい所もあるのですが、感触が好きなので目をつぶる。
手近な物の中で一番使いやすかったので、ひたすらどんぐりで紙をこすって、穴の周りをならしていく。
何かに似ていると思ったら、原始人の皮なめしだこれ……。
もしも大量生産するなら、あける穴より少し大きい板を用意して、しっかり押さえながら穴をあけて、こういう盛り上がりが発生しないようにした方がよさそうですね。
でも大量生産の予定はないし、1部なのをいい事に手作業。
つまり。
昔ながらの手法で、一つ一つ心を込めて、丁寧に手作業で仕上げています。
――という事ですね。
……この類のキャッチコピーに不信感を与えたらごめんなさい。
・糸の選定
そこそこ強めの糸であればなんでもいいと思います。
でも私は、強度が欲しかった。
そんなわけで、「PEライン」を使用しています。
釣り糸ですね。PEはポリエチレンらしいです。
私の中では釣り糸と言えばナイロンテグスだったので、いつのまにか、性能が私の知っているものではなくなっている。
現実的な範囲では、私の知る限り最強の糸です。
編み数や号数など、考慮すべきパラメーターは色々あるのですが、もらいものなのでよく分かりません。
色んな意味で、製本に使うような糸ではない。
では、なんでそんなものを使っているのかと言うと。
釣り糸は(海)水に浸かり、引っ張られ、こすれ……と、使っていくうちに強度――信頼性――が落ちていくので、いざという時に魚をバラして悲しい思いをしたくなければ、定期的に交換する必要があります。
捨てる物を「要るか?」って聞かれたら「下さい」って言いますよね?
ちなみに特性としては『耐摩耗性は低いが、引っ張り強度は高い』そうです。
岩や岸壁にこすれたら切れる事もあるけど、普通に引っ張るぐらいでは切れない……という認識でいいと思います。
……ハサミの刃に一瞬とは言え抵抗するレベルなので、耐摩耗性が低いっていうのは、比べる相手が悪いだけな気もします。
人の力で切れる気がしない。
いや、私のパワーは人として、それほど高くないんですけど。
ちょっと絡まったために、仕掛け交換時に切られた糸なので(多分)、そんなに長くないけど……今回の用途に丁度いいぐらいの長さでした。
糸の強度があると、作業中に心が安らかでいられるので、なるべく強い糸を使うといいと思います。
……でもPEラインはお値段も『最強』なので……。
新品を使うのは……全くオススメできない……。
とは言っても、1メートルあたり5円ぐらいですけどね。
安い手芸用の糸なら、0.3~0.5円ぐらいですけどね。
10倍かー。
……あんまり不器用だったり、作りたいのが分厚い大判本でなければ、普通の糸(できればちょっと太め)で大丈夫だと思いますよ。
でも、私は分厚い大判本を、特殊な製法で作ろうとしていて、実は割と不器用。
……糸ぐらい強いのを使わないと、不安で仕方ない。
・糸綴じ
今回の製本は、目指しているものが古書……それも西洋の魔導書風、という事で、見た目は洋風です。
表紙に関しても西洋系の技術です。
ただ、糸綴じのやり方は、むしろ日本の「和綴じ」に近いものです。
和綴じは、ページ数が少ないと西洋系の綴じよりも楽なので、個人の趣味の製本では、和綴じがオススメされる事も多いです。
今回参考にしたのは、「四つ目綴じ」という手法です。
イラストにするとこんな感じ。
当たり前ですが、和風ですね。
和綴じは、あくまで技法から感じる印象ですが……あまり、「分厚い本を作ろうとしていない」。
そして、「本に永遠を与えようとしていない」。
表紙を重厚にしよう、壊れない丈夫な本を作ろう……という意志が感じられないのです。
これは、羊皮紙から始まっている西洋と、和紙から始まっている日本の差なのかな? と思ったり。(それを言えば始まりは竹簡や木簡とかになるのかもしれませんが)
和綴じの最大のメリットは、糸で綴じているだけなので、修復や、表紙の入れ替えが容易い事。
穴の大きさにもよりますが、リボンを蝶結びにしたりして、気分で付け替える事さえも可能です。
気候もあるかもしれませんが、本が壊れる事を受け入れて、それでも壊れるものと、長く付き合っていくための手法に思えるのです。
うん、個人の感想です。
今回の糸綴じは、言うなれば「五つ目綴じ」でしょうか。
差異は二つ。穴を一つ増やした事、そして糸の通し方です。
具体的に言うと本の上下……『天地』を通る糸がなくなっています。
糸の通し方をイラストにするとこんな感じ。
一見、複雑に見えますが、やってみるとそんなに難しい事はありません。
ただ、いちいち順番を記載しているのがややこしいだけで、一度糸を通し、(穴を除いて)前回通らなかった所を通る……というだけです。
最後は、はじまりに戻り、そこで結ぶ。
この図は、作業する際の確認用も兼ねています。
ある程度糸綴じが進むまでに、とりあえず巨大な安全ピンなどで固定します。
ちなみに2個しかない。
最初は真ん中と残り2つの穴を通していくので、丁度いい数という説もあります。
縫い針を使って、穴に糸を通していく……のですが、ここでまたも問題が。
……本の厚みが、手持ちの縫い針の長さを超えている。
5cmを超える長さの、特殊な針は持ってない……。
下向きに針を落とす場合はいい。重力がある。
……上向きは?
本を毎回ひっくり返すのは、正直言って無理。重いし、ズレる。
しばし動きを止めた後、ネオジム磁石を取り出す。
針が磁石に当たる、カチッ、という音。
よし。
途中……前の手順解説イラストだと「5手目」ぐらい。
つまり、ある程度固定された、でも外側に糸をかけない状態で、小型の卓上ノコギリでゴリゴリと。
……このサイズだと、大型を持ち出しても良かったかもしれません。
糸のガイドであり、接着剤を中に浸透させる大事な役割です。
なお、削りすぎると穴と繋がってしまうので、そのあたりは気を付けましょう。
ボンドを浸透させやすくするために、他の所にもノコギリを入れても良かったかな? と思うのですが、まあ、完成品を扱っていて不安感はないので、強度は足りていると思います。
素材やサイズ、現物と応相談ですね。
ラストは、糸の処理です。
「四つ目綴じ」は、糸の端を途中のページに挟んで接着する事を推奨される事が多いのですが。
……私は、一度結んでない糸を信用できない。
なので、結びます。
きゅっ、と結ぶと、後戻りできない感。
後で接着する時に、外側にたたみ込みます。
これで、一応本文は完成!
ちょっぴり和風ですね。
・角の処理
最後に角を紙やすりで削っておきましょう。
この一手間が、本を優しくする……と思うんですよね。
古書感を出すために、やすりがけは強めにしてもいいですが、無理なダメージ加工はしない事に。
ある程度の古び加工はしますが、なるべく長く付き合っていきたいと思うのです。
次回は「古書6 ~本文・漬けこみ~」です。
自分で言うのもなんですが、次回は割と頭おかしい。
……今までがおかしくなかったかは微妙な所。
いえ、そんな変な事はまだしてない……はずなんですけど。
まだ……。