古書12 ~本文・エイジング~
さて、これで本が、本らしい形になりましたね。
印刷、穴あけ、糸綴じ、丸のままのコーヒー漬け、表紙装丁(布装丁)、製本、そして補修……のデータ取りが完了しました。
それでは、次のデータ取りのための、モルモットになってもらいましょう。
(ここまで挨拶)
……なぜ、ここまでして、まだ実験体扱いかと言うと。
本文に、不満があるのです。
今のままでは『古書感』が足りない。
理由は明白で、漬けこみに限界がある。
本の形になっていると、意外と水が染みこまない。
紙を一枚ずつ沈めた後に製本するのがよかったのかもしれません。
ただ、それをちゃんと製本できたのかは謎。
どちらにせよ、今からそれをやるのは無理。
よって、製本完了後――つまり今。
『表紙という支え』がある状態で、『本として形を成した』状態でコーヒー液を塗る!
そのためのホローバック方式だ! (※違います)
というわけで、またコーヒー液を作ります。
比率などは前回とだいたい同じ。
コーヒーの粉(もちろんダシガラ)、約40~50g×5ぐらいに、水は2.4リットルぐらい。(アバウト)
コーヒーの粉1回分で400ミリリットルという計算。
濃くしたいなら水を少なく、薄くしたいなら水を多く。シンプルですね。
ここまで全部が、下ごしらえです。
・コーヒー液によるエイジング(古び加工)
――何かを行う、という事は、何らかの知見を得る、という事です。
それは、データであり、経験値です。
今回はおおむね当初の予定通り進めつつ、データ取りに努めました。
そしてデータ収集が終わったので、そのデータをフィードバックしつつ、次の戦いのためにデータ収集です。
多分次の戦いも新技術の実験会場&データ収集になるし、その次もそのまた次もきっとそう。
今回は、「このサイズの本を漬け込んで浸透させるのは、無理があったよ……」という、大変貴重なデータが得られています。
――「それぐらいの事、やる前に分からんかったか?」という声はノイズです。敵だ。切り捨てろ。
先行研究があれば別ですが、コーヒー液に製本した本(表紙抜き)を放り込んで数日間放置したデータとか、存在しなかったんだから仕方ない。
まあ今だから言える事として、薄々、本当にこれで大丈夫かなと思っていたのですが、好奇心には勝てなかった。
もう一つ得られたのは、「全ページしっかり濡らすと、いつまで経っても乾かないんだけど?」という大変貴重なデータです。
世間の人達はみんな、こういうのを思いついたとしても、やる前に結果を察してやっていない賢い人達ばかりなんだろうなと思うんですよね。
……つまり『全ページに渡ってコーヒー液を塗布し』かつ、『濡らしすぎない』方法が必要になる。
……ふむ。
よし。
コーヒー液、準備よし。
ぼろ布1、ぼろ布2、準備よし。
(手作業で)『全ページに渡って(布に染みこませた)コーヒー液を塗布し』
かつ、
(手作業で)『(布で水分を拭き取る事で)濡らしすぎない』
よし、オッケー。
条件を完全に満たしている。理論に穴がない。完璧。
……理論『は』正しい。
……最初に手作業で一枚一枚丁寧にやってられないからって、糸綴じ後の一括漬け込みを主張したのは一体、誰だったでしょうね。
もう責任の所在が明らかではありませんね。
脳内議会では、冷静だった「糸綴じ後の漬けこみでは、コーヒー液の染みこみに限界があるのではありませんか?」という反対派が、一転して主流になりました。
代案が手作業しか用意できなかったために、コストに問題があるという点をクリアできなかったわけですが。
「では、お前達がやるがよい」と、後処理を押しつけられた形ですね。
脳内議会で軍事クーデーターが起こるのも遠くない気がします。
・穴を掘って埋め戻すような作業
まず、作業の内容を簡単に説明します。
簡単ですよ。
○布にコーヒー液を染みこませ、違う布で拭う。
基本はこれだけ。
塗ってから拭うサイクルは、50~100ページごと。
分厚い本という事もあり、開き方によって違うので、一概に言えません。
もっと言うと、休憩などもありますしね。トイレに行きたくなった時など、早めに切り上げる事なんかもあります。
乾燥を早く行うために、サーキュレーター(または扇風機)で風を送りながらコーヒー液を塗る作業をします。
……手は、コーヒー液で常に濡れています。
作業は11月で、暖房という言葉はありません。
大丈夫、10℃台はある。
……この製作記を読んで、自分もやってみたいと思う人は、ぜひ空調などを入れて下さいね?
「水木あおい」は、健全で安全なDIYを応援しています。(※しているとは言ってない)
ちなみに、手が濡れているので写真が少ないです。
作業風景はこんな感じ……。
作業の一手ごとに、風合いが出ていくのが好きです。
もちろん濡れた状態なので、完成後を想像しながらの作業です。
やりすぎないように気を付けつつ、やりすぎたらやりすぎた時だと割り切る。
全部にコーヒー液を塗り終えて、水気もきちんとぬぐい終えたら、ここで一度、手を洗って拭く。
そして、本を閉じた状態でピンとなるように、ページを一枚一枚、手で伸ばしていきましょう。
紙はひんやり……。(そして冷風)
そして、写真のようにひたすら重そうな本を積む。
既視感がありますが、前回の乾燥時より、増量です。
最後に、サーキュレーターで風を送り続ける。
ついでに、「乾け~乾け~」と念を送り続ける。
・より深い穴を掘って埋め戻すような作業
……ある程度乾燥してチェックしたら、本の真ん中……「のど」の部分が塗れて(濡れて?)いない問題が発生したので、対処します。
作業中の開き方に問題があった……という事でしょうか。
だからこその長時間漬けこみだったはずなのに。
やっぱり製本前に1ページずつ塗るべきだった気がしてきた。(手遅れ)
……でも、やっぱりそれはそれで製本が大変だったと思うんですよね。
単に、どのポイントで苦労するか、しか違わない気もします。
……本の形ですからね。限界もありますよね。
一つ一つ、潰していきましょうね……。(疲れてきている)
板こんにゃくにしか見えませんが、厚紙を切ったものです。(多分ティッシュの箱)
これにコーヒー液を染みこませて、いい感じに塗る……。
幸い、全ページではありません。
3分の2ぐらい?
826ページの3分の2は、約550ページですねー。
しんどいわけだ。
・人の手が犯す過ちに対処する
……ッ!!
ミスっ、た……!
――と、反射的に脳内で呻きつつ、とりあえずエイジング作業の手を止める。
ひゅんってなる。
クリームキンマリは、強い紙です。
インクジェットプリンターのインクって水に弱いとか言われるのですが、これだけコーヒー液に漬けこんだり、塗ったりしているのに、滲んだり、溶けたりはしていない……。(反対側に写ったりしている所はある)
でも、たまに破れたり「剥がれ」たりする事はある。
原因はほぼ不明。力が強かったのかなあとか、変に張り付いたりしてたのかなあとか、色々ありすぎて分からない。
そんなわけで、やってしまった事は仕方ないので、補修作業をしましょう。
前回も補修でしたね。この人、補修大好きですね。
作りながら壊しすぎですね。
・用意するもの
スティックのり
ピンセット
クッキングシート(急ぎの場合)
基本は、ピンセットで浮かして、スティックのりを塗って、貼って……で終わり。
コツがあるとすれば、本を閉じる場合、クッキングシートを挟んで、ページとページが貼り合わされないようにするぐらい。
・ミスの補修、事例紹介
難易度は低め。
がっつり破れていると、かえって貼り合わせやすい。
難易度は高め。
完全に剥がれていると、合わせる難易度が上がる。
難易度はかなり高い。
破れている範囲が広い上に、文字が分割されているので、要求される精度が今までの比ではない。
完全補修は無理。
『剥がれて』いるのではなく『破れて』いるので……貼り合わせるのは至難の業。
でも、このサイズの破れを放置するのも怖いので、スティックのりで、丁寧にほんのわずかな重なりを貼り合わせて、乾くまでクッキングシートで保護。
失敗したら、いっそ大きく破って、年月の重みが傷跡を刻んだのだ、と言い張るのがよろしいかと思う次第です。
ほぼ詰んでいる。
完全に剥がれている上に、小さい上に、布でこすれて断片が足りない上に、濡れて歪んでいる上に、文字が分割されている上に、断片が複数ある。
最早ここまで行くと直らないのだけれど、それでも手を尽くす。
……精密作業用のいいピンセットが欲しいな……。
まあそれはさておき、補修跡も古書の味と割り切りましょう。
・乾燥
さらに、濡れた状態で本を閉じると、どうしても歪んでしまった状態で固定化されてしまったりもします。
まあ、そういうのも古書の味と割り切る……という考え方もありますが、割り切れる事ばかりでもない。
なのでひどい所は、霧吹きで濡らし、布で水分を拭って伸ばしましょう。
耐久性に限界はあるので注意。あくまで、『ダメージ加工の好みを調整する』ぐらいの気持ちでいる事が大事です。
ここでやっているのは『修理』ではないし、『修復』でもないし、まして『完全修復』などではない。
……っていうのを全て終えた後、最後の乾燥です。長かった。
本を閉じた時、平らになるよう、丁寧に手でピンと伸ばします。
なぜか、それだけの事で1時間掛かる不思議。
そよそよと吹く風で、手が冷たいせいかもしれません。
それが終われば、上に本を積んで乾燥タイム。
……この光景を、何度も見たような既視感に襲われるまでが、ワンセット。
たまに「ふりだしに戻る」という言葉が、頭をよぎるんですよね?
でも、ちゃんとサイコロを振ればゴールは近付く――
はず。
……マスを進むのではなく、サイコロを転がす事が楽しくなっている感はある。
たまに、「99……致命的失敗……!?」という気持ちにもなる。
・なぞの斑点
乾燥期間は、トータルで32日。
他の作業をしつつ、がっつり放置していたので、乾燥期間に死ぬほど余裕がある。
これだけ乾かしたら安心ですね。(フラグ)
そしてどんな風に乾いたかなー、と開いてみると。
……なぜ、濡れている?
……それはもちろん、がっつり濡れているというほどではないのですが。
しっとり感がする……。
そしてひんやり感がするうううう……。
※分かりやすいように画像加工強め。
……しかも、なんかこう……変な『段』が。
全体に歪み……。
……ちゃんと直して乾燥させたはずなので、これは新しく生まれた歪みですね。
あー、正義に燃えていた主人公が変わらない世界に心をすり潰されて、闇落ちするやつですね分かります。
そして、謎の斑点が……。
……カビ……かな?
幸い、布でぬぐっても広がる様子はなし。
やばそうな雰囲気はあんまりない。
※その後、二ヶ月ほど問題は起きていませんが、カビ対策はお気を付け下さい。
みかんでも食べました? というような黄斑まで。
……まあ、謎の斑点はいいのです。
カビだとしたら、あまりよくはないのですが、ある意味で、『自然な汚れ』と言い張れなくもない。
さしあたっての問題は……歪み。
これだけの大判本だと、乾燥は難しい工程ですね……。
前回上手くいった事が、次も上手くいくとは限らない……。
今までで、一番ひどい……。
全てが濡れていない事で、かえって一枚の紙の中でも湿度に差が生じ、それが歪みを生んだのでは……と原因を推測してみましたが、原因が分かった所で、既に起きてしまった事は変えられない。
つまりミスが起きた時に必要なのは、『犯人捜し』ではないのです。
捜すまでもありませんし。
再発防止の取り組みも大事ですが、とりあえず問題を解決するのも大事。
特に今回のような『試作実験機』の場合。
大丈夫です。
取り返しのつかないミスではない。
(※今回のケースで取り返しの付かないミス=カビが大繁殖して捨てるしかない)
だから、この問題も解決できます。
手間さえ……いとわなければ……。
手間……さえ……。
……こいつは、誰がやったんだ……? (犯人捜し)
犯人捜しとは、弱い心が生み出す、哀れな行動ですね。
・アイロンがけ
……廃棄されたエイジングの初期プランがあります。
それは、一枚一枚コーヒー液を塗って、一枚一枚アイロンがけをしていくというものでした。
このプランが、廃棄された理由?
『手間がかかりすぎる』ですね。
……なんで、あまりにも手間がかかりすぎるからと、手間の塊のようなクラフトをしている当人が、自主的に廃棄したプランが復活してるんでしょう……?
それは謎ですが。
手順は、簡単ですよ。
まず、アイロンをかけたいページの下に画用紙を敷きます。
次に、アイロンをかけたいページの上に当て布を当てます。
低めの温度でアイロンを当てます。
(※高い温度だと作業が早いですが、紙が乾燥しすぎてパリパリに反りやすいです。当て布の分厚さや目指す方向性にもよりますが、一番低い温度を推奨します)
ページの「のど」(見開き)から外側に向けて、重さを生かしながら、ゆっくりと伸ばしていきます。
歪みがひどい所は、あらかじめ霧吹きをかけて、手で伸ばしてからアイロンがけをします。
簡単です。
よそゆきのハンカチ1枚アイロンがけをする方が、大変なぐらい。
本当に、簡単です。
本文だけで423枚ある本を、1枚ずつやっていくのでなければ。
ハンカチを423枚アイロンする事とかないですよねえ。
いちどきに、こんなにアイロンしたのはじめて。
物量とは時に暴力……ですね。
良かった所を探すと……あったかいんですよね、この作業。
アイロンが当てられて、ピンと伸びた紙は、ほかほかして、いい天気の昼下がりに、取り込んだ洗濯物の上で寝たくなるような、そんな気分になる。
それとカビ疑惑があるので、熱消毒になるといいな……という気持ちもあります。
悪かった所……は……。
……あえて、手首の負担、とだけ言っておきましょう。
アイロンを、こんなにも重く感じた事は、かつてなかった……。
全て終わってから振り返ると、本文のエイジング(コーヒー染め)のやり直しが、この製作記を通して、一番しんどかった部分です。
三番目にアイロン。
二番目は……『書見台』ですね。
四番目以降もひしめいていますが、まあ。
それはそれとして、「本文」にエイジングがあったなら……。
「表紙」にも……ある。
次回は、「古書13 ~表紙・エイジング~」です。




