古書11 ~補修~
何かを直せる人でありたいと、思うのです。(挨拶)
特別な技術はなくても、ちょっと服のかぎ裂きを繕ったり、接着剤でひびわれを直したり……。
そんな風に、お気に入りのものを、大切にしていきたいと、そう思うのです。
それと私の財布の薄さは……関係ないとは言いませんが。
もっとお金があっても、似たような生活をしている気はするんですよね。
さて、それではとりあえず、前回失敗してやり直す事にした、見返し紙を貼り直しましょう。
ネタバレすると、貼り直した後、また破れて補修します。
なにこのマッチポンプ。
・見返し、テイク2 ~翌日~
※新しい見返し紙を貼り始めた所。
一晩寝て、「あ、昨日はもうダメだという事も分からないぐらいダメだったんだな」という程度には元気になりました。よくある。
ちなみに、写真がまともなのは天気がいい午前中。
前回の見返し貼りは散々でしたが、貴重な『失敗のデータ』が取れました。
薄いけど質感が好みだから行けるかなと思ったけどやっぱダメだった、とか。
折りが足りなかったかな、とか。
水溶きボンドをいっぺんに塗ったのも悪かったかな、とか。
そもそもちょっと短かったなあ、とか。
……最初から完璧な人間なんていませんよね。
単に事前の想定が甘いだけなのでは? という悪魔のささやきに耳を貸さないのがコツです。
……事前に入念に想定なんてしたら、今回の計画、ゴーサイン出しますか?
まだ、製作記として『本当にしんどい所』は、始まってすらいないんですよ……?
……まあ、それはそれとして、今やるべきは見返し貼りですね。
丁寧に、少しずつ水溶きボンドを塗って貼って……と進めていきます。
失敗のデータがあれば、少なくともその失敗を潰せます。
折り込みをクリアー……。
横幅を少し大きめに取って、最後に幅を合わせて、カッターで切る……。
下を切らないように、紙一枚だけを切る力加減で……。
そして、残りに水溶きボンドを塗って、貼っていく。
乾いたら、開きを確認します。
当然のように破れますね……?
ホローバック方式は見返しに負担が掛かるとは、まったくもって真実です。
……A4にした弊害ですね。
大きな紙の手持ちがそんなになくて。
特に、見目のよい紙となると。
多分、候補の紙が全部、ある程度水に弱い。
・補修1
仕方ないので補修しましょう。
失敗はするものですし、破損の補修も製本の一部です。(※違うかもしれない)
まず、さっきの残骸を用意します。
これを水に濡らして、ほぐして溶かして、こんな風にします。
ぺたぺたと埋める。
水溶きボンド(水多め)を染みこませたら、ピンセットの背で、とんとんと整えていく。
……っていうのを、何度か繰り返して穴を埋めます。
チェックのために、一度本を閉じて開いて……としたら、また破れて穴が開いてるんですよね。
可動部なので、徹底的にやります。
次に壊れるのを、ここにしない。
さらに紙を貼って補修……。
端は直線で、他は手で破ったりしてランダム感を出すのがコツです。
最後も、たっぷり水溶きボンドをつけましょう。
ケチると死ぬ。(紙が)
ちなみに写真右下はクッキングシート。
裏にボンドがつかないように、その都度、なんらかの手段で保護しましょう。
乾燥させて、補修そのものは終了。
――この後、『エイジング』をすると、最終的にこうなります。
ほぼ一体化しています。ぐいぐい開いても特に問題なし。
強度を優先した事もあり、がっつり補修跡は残りますが、それもまた古書の味だと言い張る。
ちなみにここは、「裏表紙側の見返しの上側」です。
写真の左側は、金具の固定で隠れる所。穴が開いています。
・補修2
さて、これはもう少し先の未来……。
本文のエイジングを終え、作業やチェックの際に、何度も見返し部分が開かれた後の事……。
これはひどい。
前回の補修箇所は、壊れなかったんですけど。
次のページが壊れた……。
……全てを諦めて、淡々と直しましょう。
補修用の道具を再び取り出します。
・水に弱い、質感の似た紙(前回の失敗した見返し)
・木工用ボンド(普通の&水溶き)
・押し込む道具(ネイル用へら・つまようじ)
・ピンセット(それほど精密でもない)
・寒冷紗(だと信じたい)
・コーヒー液(自作)
・ぼろ布(古タオル)
どれがどれかは、なんとなく察してくれると信じています。
(道具を展開する前に)『どういう風に壊れているのか』をチェック。
基本的には、見返しの一番負担の掛かる折り部分が破れているのですが、そんな風にならないために寒冷紗があるはず。
紙自体が破けている所は仕方ないとしても……『寒冷紗が取れている』(ように見える)のは見過ごせない。
これが取れているとなると、根本的に強度の計算が狂う。
そして調査の結果、正確には、寒冷紗が取れているとは言えない、という結論に達しました。良かった。
正確には、『寒冷紗の終わった所で紙が破けている』ですね。
……寒冷紗の延長をオススメします。
それか、見返しにもっと強い紙を使う事を……。
今回は、どちらも手遅れなので、とりあえず頑張る。
まず、寒冷紗を無理矢理延長します。私は、木工用ボンドを信じる。
無事な部分も引き剥がし、隙間に新しい寒冷紗をボンドで貼って、古い寒冷紗と見返しを接続。
前回の補修と同じ要領で、穴を埋めつつ、新しい紙を水溶きボンドで貼り、ボンドをその場でコーヒー液で溶きながら塗り重ねて固めていきます。(道具は、自分の指が一番おすすめ)
写真の上が新しい紙、下が加工済み。
下は濡れているというのもありますが、かなり違いますね。
それを繰り返して、端まできっちりと紙で穴を埋めて、貼っていきます。
とりあえずコーヒー液で古びさせる……。
今はボンドの白が濃いですが、落ち着いたらいい風情になります。
ちなみに今さらですが、補修のコンセプトは、
「ここを見ろ。よく見ると紙が違う。かつて誰かの手によって修復されたのだな……」
です。(誰が喋っているかは私にも分からない)
――とても真面目な事を言うと、古書の修復においては、あえて真新しい紙や布を使うのは、ごく普通の事です。
なぜなら、破損箇所を放置していると、今は無事な所まで傷める可能性があるために修復という選択肢が取られるわけですが、同時に、
『後世の人間が、修復年代や技術レベルを誤解してはいけない』
のです。
そこは、『後世に直された』と、一目で分かる必要がある。
当時の再現などではない。それはしてはいけない。
学術的な古書の修復とは、そういう事なのです。(美術的にはまた別の話)
で、この本は古書でもなんでもないし、まして学術目的ではないので、そういうルールに縛られないわけですが。
補修の痕跡っていいですよね。
※太陽光・野外にて撮影
これは、少し未来。
乾燥が終わって、他の作業も終わって、外に持ち出して撮影も出来るようになった後の事。
……うん、いい風情。
古び加工を丁寧にした甲斐がありました。
何かを作るための、全ての努力が、報われるといい。
せめて、本人だけでも、満足するといい。
※太陽光・野外にて撮影
……本当にいい風情です。
最後の空白ページ。
もう一枚めくれば、見返しのページ。
ぱたんと畳めば、裏表紙が見えてしまう。
物語の余韻を噛み締めながら、本から顔を上げるまで、後少し。
その時にふと、修理されている事に気が付いて、ほとんど継ぎ目のない補修痕に指を当てて、そっと撫でる。
――その幸せを、知っている幸せ。
強度を優先した事もあり、がっつり補修跡は残りますが、それもまた古書の味だと言い張る。(2回目)
……まだ完成もしていないのに、歴戦の古書感が出てるのいいのかな、悪いのかな……。
――とりあえず、見返しをきちんと貼り終えると、製本は完了です。
製本『は』。
次回は「古書12 ~本文・エイジング~」です。
……「地獄の釜の蓋が開く」って言葉が頭をよぎるんですよね。(つまり、まだ開いてなかった)