08.霧ヶ峰家への侵入
俺は手元にある、銀にきらめく物を見つめた。
――ディンプルキーの複製。
これこそが殺人鬼である霧ヶ峰を捉えるものであり、切り札となるものだった。
葵山高校。午前一二時、四〇分。
俺は涼子と直也を呼び出し、鍵を見せた。
直也は緊張した顔になったが、涼子はクールな表情を崩さなかった。
「先輩、マジでやるんすね?」直也は言った。
「ああ、マジだ」俺は答える。
「死なないで下さいね」涼子......縁起でも無いことを言うな。
「で、いつ行くんすか。週末は危険そうだし、行くなら早朝にこっそり、ですかね」
直也の疑問に俺はこう答えた。
「今からだ」
「いかな殺人鬼とは言え、平日の昼間は働く必要があるもんだ。それに、霧ヶ峰は毎回夕方にスーツで現れるだろう? どっかで会社員やってる可能性が高いね」
「そういうことっすか。でも授業は?」
「録音を頼んだ。ジュースを奢るはめになったが、やむを得ん」
「先輩、マジでやばかったら引き返して下さいね」
「フッフフ......! 分かってる、分かってる」
俺は職員室に向かい、担当教諭に体調不良で早退することを言った。
東京都。北千住。一馬原にて。
俺は念のため、自宅に寄って私服に着替えた後、霧ヶ峰の家に向かった。
商店街の外れにある家だが、賑やかな音は聞こえない。
慎重に周囲を確認し、そして、キーを鍵穴に差し込んだ。
――回す。
――ドアノブを下げる。
――ドアを引く。
俺は、霧ヶ峰の家に侵入を開始した――。
綺麗な玄関だった。
靴は几帳面に揃えられ、ひまわりの絵が飾ってある。
霧ヶ峰がいつも履いていた靴が無いことを確認する。
俺は鍵を占め、チェーンをかけた。アンタ、不思議に思っているだろう? フッフフ......いくらなんでも、殺人鬼と鉢合わせするよりかはマシだってもんさ。
俺はビニール袋で靴を覆い、そのまま土足で上がる。殺人鬼の家で靴を脱ぐなんて、到底出来るものではない。
玄関を抜けた先は細長い廊下が続いていた。廊下にはリビングが面しており、二階にも続いていた。
リビングに入り、ざっと見渡す。
あの暗い男にしちゃあ、明るい雰囲気の部屋だな。もしかして頻繁に人の出入りがあるのだろうか? 俺はそんなことを思った。
リビングには開放的なキッチンが備えられていた。壁にはデカい包丁がかけられていた。鉈と言っても良いかもしれない。
それから俺は、こっそり二階に上がっていった。
二階の廊下は左右に分かれており、それぞれの奥にドアが続いていた。
まず右側のドアへ向かう。
俺を迎えたのは、大量の本だった。
書斎らしい。
その書斎の中で一際目立つものがあった。
俺の肩までありそうな馬鹿でかい金庫だ。ダイヤル式。メーカーは『TOWA』製。
俺は携帯電話のカメラ機能で金庫を写し、書斎を去った。
それから別のドアに向かう。
「ウッ......!」
――それはドアノブを回す前から分かった。
異臭。
嗅いだことの無い、悪魔の匂い。
俺はマスクをし、ドアを開けた。
それはシンプルな部屋だった。
いや、シンプル過ぎた。
なにせ、カーペット以外、何も無いのである。
明らかに、異臭は引き戸の収納の中から発せられてくる。
俺の心臓が高鳴る。
ここで引き返せたら、どんなに良いだろう。
だが、それは無理だ。被害者のことを考えたら、それは無理な話だ。
俺は引き戸を開けた。
そこには――。
南京錠のかけられた大きな木箱があった。
――これだ。
直観がそう告げる。
この中に奴の戦利品がある!
おれは南京錠を調べた。
ピンの数が多いだけの典型的な南京錠だ。これならピッキング出来る。
俺は学生カバンの中から、ピッキングのツールであるピックとテンションを取り出し、ピッキングを開始した。
恐らく、今までの人生で一番緊張していたのだろう。
ピッキングはうまくいかなかった。
俺は中身を見ることを断念し、部屋を去った。
事前に定めた時間が来たからだ。
これ以上は無理......というか、耐えられん!
俺は一階に降り、玄関に向かう。
玄関のチェーンを外し、魚眼レンズで外の様子を見る。
誰もいない。
本当か?
いや、本当だ!
俺は外に出た。
そしてキーで鍵を閉め、跡を残さず、立ち去った。
もう少し。
もう少しで――。
奴を絞首刑に出来る!
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明日(2021/08/31)に続きを投稿します。