07.路上格闘部の高橋先輩
俺の通う葵山高校には、奇妙な施設や部屋がある。
例えばバンジー室だ。
天井が高く、広い。ただそれだけで『他には何もない』。
俺はコールドリーダー部を設立しようとした時、このバンジー室を使おうと思ったが、何もない空間が逆に嫌になって見送った。コールドリーディング以外、何も無い男と思われたら嫌じゃないか。
俺と直也は室内運動室に向かった。
室内運動室では演劇部や柔道部などが活動しているが、その中でも異色を放っているのが、路上格闘部だ。
時々、俺と直也は路上格闘部で運動をしている。
「直也、お前......本気で喧嘩したのはいつだ?」
「中二の頃っすねえ」
「フッフフ......お前が狂犬と言われていた時の頃だな。すっかり牙が抜かれてて先輩は悲しいぜ」
「......先輩は別の中学でしょ。どうして知ってるんですか」
「そりゃあ、横の繋がりがあってな。お前の悪名はよく響いてた」
「もう俺、尖がるのは卒業したんで」
「偉いぜお前......フッフフ......! 卒業して俺のところに来るのが偉い!」
室内運動室は畳のようなものが敷き詰められている部屋だった。畳では無いと思うが、実際のところ、なんて呼べばいいのかよくわからない床だった。とにかく柔らかくて、そこそこの弾力があった。
俺はバイシクルクランチをやっている高橋先輩に声をかけた。
「先輩ちす! 訓練に参加させて下さい!」
「おお......おお......よく来た。好きなだけやってけ」
そうして俺と直也は喧嘩まがいの訓練をすることになった。
「先輩、ナイフで人の体を刺したことは?」直也が言う。
「ねえなあ......お前、もしかして」
「いや、さすがに無いっす。でもこれ、良いですよねえ」
直也が手にしているのはゴム製のバタフライナイフだ。
切りつけられると、熱く感じる。
「フッフフ......! 自由にしろよ! 俺はいつも通り......得物は無しだ」
「先輩は柔道強いっすよねえ。何年やってたんですか」
「やってねえよ」
「え?」
「独学だ。全部独学で......学んだ!」
俺は――。
そう言うなり、直也の体に抱きついて、体を捻った。
小外刈と呼ばれる技のアレンジだ。
直也は倒れ、その上に俺が乗っかかる形になった。
「先輩」
「フ......フフ......何だ」
「先輩の負けっす」
「!?」
俺の脇腹に直也の得物が突き付けられていた。
素直に俺は退いた。
直也が立ち上がる。
「やっぱ柔道は武器に弱いっすよねえ。で、どうするんすか?」
「なら――こいつはどうだ?」
俺は直也の両腕を掴み――。
巴投げをした。
「先輩」
「何だ」
「痛いっす」
「すまん」
「いや、いいっす。喧嘩っすから」
「そうか」
と、そこに。
高橋先輩が声をかけてきた。
「お前ら......俺に挑んでくる気は......?」
「......! 高橋先輩には挑みたくねえなあ」俺は言う。
「同意っす。半殺しだもん」
「......むう」
高橋先輩はつまらなそうに背を向けた。
――チャンス到来。
俺は高橋先輩の肩に手をかけようとした。
その瞬間。
視界が天井に吸い込まれ、意識が遠のいた――。
「......? どうなった」
俺はずきずきする頭を抱えて起き上がった。
時刻は一七時三〇分だと、室内運動室の時計が教えてくれた。
「先輩無謀っすねえ。高橋先輩に顎ぶん殴られて気絶っすよ」
「......!」
俺は記憶をチェックするが、顎を殴られた記憶は無い。
「俺が高橋先輩の肩に手をかけた後か? それは」
「いや、肩に手が触れそうになる前っすね」
「......!」
高橋とかいう男は思った以上に異常らしいな......フッフフ......!
敵意を見せられる前に相手を制圧して来やがった――。
「直也、もうちょい運動しよう......フッフフ!」
「大丈夫すか?」
「大丈夫だ。ホラ」
俺と直也はそれから、簡単に技をかけたり、かけられたりして遊んだ。
久々の運動は何もかもを忘れさせてくれた。
殺人鬼を客にしているという現実ですらも――。
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今日の夜(2021/08/30)に続きを投稿します。