05.住所割り出し
理科準備室というものは浜に打ち上げられた宝箱みたいなものだ。
誰にも見つからず、それでいて妖艶に満ちている。
――なんてな。フッフフ......! 適当に言ってみただけだ。
「先輩、もう例の場所へ行きますか?」涼子が言う。
「ああ、そろそろ行く。その前に、お前らにアレを言っておこうと思う」
「アレ?」直也の声だ。
「失敗を誤魔化す方法さ! あまりにも俺が天才過ぎて――失敗した時のリカバリー例を見せてないと思ってな」
「ああ、気になるっすねえ」直也が好奇心を膨らませた。良いことだ。
「よし、涼子、ここに座ってみろ」
「はい」
大人しく涼子は差し出された椅子に座る。
「よし、涼子。率直に言うが、今のお前からは鶏のイメージが浮かんでくる。何か心当たりは?」
「無いです」ばっさりだ。
「本当に?」
「本当です」
「絶対と言えるか? 確実に? どうだ?」
そこで涼子は悩むように、
「うーん絶対と言われると、ちょっと」
と言った。
俺は直也を見た。
「まず、ここまではどうだ?」
「絶対や確実といったキーワードでプレッシャーをかけてるっすね」
「そうだ。イメージの内容が無難であれば、大抵の場合はここで落ちる」
「落ちない場合は?」
「それをこれから見せる」
俺は涼子の瞳を見る。
「どうやら思い当たることが無いようだな」
「まあ、はい」
「おかしいなあ。フッフフ......! 俺には鶏のイメージがどうしても思い浮かんでくるんだ」
「そうですか」
「涼子」
「はい」
「引き続き、このことを考えてくれるか? 俺にとっては鶏のイメージは真実であり、それは率直に伝えるしか無いんだ。恐らく簡単に思い出せるものではないのだろう。お前の深層心理に根差したものかもしれない」
「わ、わかりました」
俺は両手を肩まで上げた。
「これよ」俺は言う。
「なんだかゴリ押しっすね」直也の感想は率直なものだった。
「この方法のポイントは、対象者が思い出せない限り、占い者のほうからは二度と話題にしないという点にある。いつの間にか、風化されるというか、忘れ去られるリーディングということだな」
「なるほど、成功したリーディングのみ積み上げられる感じってことっすね」
「そうだ! 誤魔化し方をよく覚えておけ! 必ず役に立つ!」
俺はタロットカードを手に持った。
「というわけで、そろそろ行くとしよう」
東京都。北千住。おおいわ通りにて。
ここは本当に人が占いによく来る。俺が見た感じ、ゆっくり歩いている人間が多い。恐らく、意味なくぶらぶら歩いているだけなのだろう。
天幕の外に人影が見える――。
「どうぞ」俺は人影に向かって言った。
やはり、霧ヶ峰だった。
「先生、家の写真持ってきましたよ」なんだか嬉し気だ。
「ありがとうございます」
それから、霧ヶ峰は携帯電話を見せてきた。
俺は連絡先を教えるので、そこに写真を送信してくれと言った。
「どうしてですか?」
「家のオーラを見極める為に、時間や集中出来る環境が必要なのです。なに、明日までに結果をお知らせしますよ」
「わかりました、先生」
これだけで終わるのは何だか気まずいので、軽くリーディングをすることにした。
「ところで霧ヶ峰さん」
「はい!」
「実は、先ほどから貴方からとあるイメージが浮かんでくるのですが」
「何でしょうか」
「ユウ、という文字です」
「ユウ......?」
「思い当たるものはありませんか」
「いやあ先生、実は全く」
「そうですか。もしかしたらこれから出会う人の名前かもしれませんね」
「なるほど......!」
アンタならわかってると思うが念のために説明しておくと、ユウという文字を含む名前はかなり多い。男の名前にも、女の名前にも含まれることが多い。的中率は想像よりデカい。
それに......この先一生出会うことが無かったとしても、問題は無い。理科準備室で直也と涼子に説明した通り、時間経過と共に忘れられるからだ。
霧ヶ峰は去った。
さて、俺たちは天幕を仕舞い、学校へ帰った。
そしてコンピュータ室へ向かう。
「霧ヶ峰から送られてきた家の写真、こいつからどうやって住所を割り出すか、その答え合わせだ」
「楽しみです」涼子が言う。
俺はコンピュータを立ち上げ、まず、特殊なタスクマネージャソフトをダウンロードした。
「それは?」直也の声。
「フィルタリングソフトを破壊するためだ」
学校のパソコンには不適切なサイトを覗けないようにする為のフィルターがかかっている。
俺は特殊なタスクマネージャソフトで、フィルタープログラムを凍結させた。
そしてそのフィルタープログラムを監視しているプログラムを停止させ、それからフィルタープログラムを停止させた。
「これで不適切サイトを覗けるはずだ」
二人は無言だった。だが、顔には驚きが浮かんでいる。
「よし、ここだ」
そこは僅かな手がかりで住所を割り出す連中が集まっている掲示板サイトだった。
俺はそこに、こう書き込んだ。
『オラッ! てめえらに俺の家がわかるか? わかんねえだろうなあ』
そして書き込みに家の写真を添付した。
十分後、連中は見事に家の住所を割り出した――。
「凄いっすね。本当に住所がわかっちゃった」直也の声に尊敬が混じっている。
「フッフフ......! 明後日は土曜日だ。早朝に現地偵察してくるぜ」
「先輩」涼子が言う。
「何だ」
「無茶、しないで下さいね」
「......ああ」
言葉の調子とは裏腹に、俺の心臓は高鳴っていた。
俺が、奴が連続殺人鬼である証拠を掴んで見せる――。
そう、心臓が叫んでいたのだ。
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今日の夜(2021/08/29)に続きを投稿します。