11.最終奥義の伏線
木曜日の午後一六時三〇分。
東京都。北千住。おおいわ通りにて。
夕焼けに照らされた人々の顔に笑みが浮かんでる。
人はこうして生きていくべきだ――。
不幸に顔を歪めるなんて、あっちゃならねえ。
俺は天幕を閉める。
今日は霧ヶ峰を呼び出した。
もしも万が一、窮地に陥った場合に備え、コールドリーダーとしての最終奥義を発動する為の下ごしらえをする為だ。
最終奥義――。
これは本来ならやりたくねえ。
だが、人の命がかかってる。
機会が訪れたなら、やるしかない。
なお、涼子は開錠の練習で不在だ。直也はいつも通りいる。
十分後、天幕の外に人影が見えた。
「お入りください」俺は声をかけた。
「先生......どうも」霧ヶ峰だった。
「どうぞお席におかけになられてください」
席に座った霧ヶ峰と相対する。
――いつもなら曲がった雰囲気を感じさせるこの男、今日はそれが和らいでいた。
「今日は良いことでもありました?」
「......! そうなんですよ、先生。実はね」
霧ヶ峰は語りだした。
「こないだ、占いをしてもらったじゃないですか。不幸に備えて紫色の小物を見に付けろって。でね、俺は鉱物が好きなもんだから、アメジストの原石の小さい物を筆記用具ケースに入れておいたんですよ。そしたらね、新しいお客さんと打ち合わせした時にそれで盛り上がったんですよ! しかもね、そのお客さんの名前、優子って言うんですよ。ほら、前にユウと付く人と出会うって言ってたじゃないですか。もう俺、感動ですよ。やっぱ先生の占いって凄いですよねえ!」
「いえいえ、僕はただオーラを読んだだけですから」
「かあ~ッ! 出来る人は謙虚ですね! 今日も......先生に頼っちゃいます!」
「それでは近い未来のことを占って差し上げましょう」
「よろしくお願いします!」
俺は手を霧ヶ峰の顔にかざした。
しばらくそのままにしておいて――。
驚いた表情を俺は浮かべた。
「これは――大変なことです」
「な、なんでしょう」
俺はそこで、最終奥義の布石を打った。
「――――――――――」
「――――」
「――――――――――――――――」
「――――――――」
「――――――」
「と、そういうわけです」俺は言った。
「......わかりました。失礼の無いように、致します」霧ヶ峰は神妙な面持ちで答えた。
「今日のお代は三〇〇〇円です」
「はいッ」
俺は霧ヶ峰が去った後、早々に天幕を仕舞った。
「やりたくねえなあ」
ぼそっと呟いた俺の一言に直也が反応する。
「先輩がさっき言ってたこと、俺はよくわかんねえっす」
「まあ、普通は通じない最終奥義の下準備だ。コールドリーダーとして、信頼を勝ち得た者のみ実行、成功させることが出来る」
「ふーん。使う機会が無いと良いっすね」
「全くだ。おい直也、この後暇か? ちょっと軽食でもしていかねえか。もち俺の奢りでな」
「お、良いっすねえ。マクドっすか?」
「そうだ。照り焼きバーガー食わせてやるよ......フッフフ......!」
「太っ腹っすねえ。俺も占いで稼げるようになりたいっす」
「まあ、あと半年は修行だな。そうしたら俺監督の元、接客させてやる」
「楽しみっす!」
このさりげない会話。
俺にとっては大事な思い出だった。
いつまでも、こんな感じで後輩たちと話せたらと、俺は思った――。
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明日(2021/09/01)に続きを投稿します。