10.再び高橋先輩、そして責任
「駄目だ!」
俺はそう叫んだ。
涼子を――危険に晒すことは出来ない!
「でも先輩、金庫を開錠出来るんですか?」涼子は言う。
「出来ねえ......が、それでも涼子、お前を死地に向かわせるわけにはいかん」
俺は机を叩く。「お前に万が一のことがあったら、お前の親にどういう顔をして会えば良いんだ!」
「先輩、そろそろ私にも出番が欲しいですよ?」
「ふざけるなッ!」
「私、先輩の役に立ちたいです。ほら、玄関の鍵を渡してください」
俺はにやりと笑った。
「無理だな......!」
そして涼子もにっこり笑った。
「それじゃあ先輩、録音データを警察に送りますね」
「あァ!?」
「あーあ、警察の気配がした途端に証拠を隠滅しちゃうんだろうなあ。犯人は捕まらなくなっちゃうんだろうなあ」
「......ぐっ!」
「先輩」
「何だ......!」
「女を舐めないで下さいね」
「......お前に俺も同行する。万が一の場合が起きた時、お前だけは逃げられるように」
「それは駄目です」
「何故だ!?」
「先輩がいるとその場で殺されかねませんから。でも私一人なら、ただの泥棒だと勘違いしてくれるから」
それは一理あった。涼子の顔を霧ヶ峰は知らない。ただの泥棒なら、殺しはせずに警察に突き出すだろう。
だが、俺の感情は暴れていた。そして理性が押さえつけようとしている。
やがて。
「涼子」
「何です」
「お前に何かあったら、俺は責任を取って死ぬ」
「いいですよ。きっと大丈夫ですから」
「何故そう言える」
「だって先輩、二度も侵入した実績があるじゃないですか。平日の昼間なら大丈夫ですよ」
「......」
俺の感情を理性が完全に抑え込んだ――。
決行は金曜日の昼間に決まった。
それまでに涼子は開錠の精度を高めることに専念する。
俺と直也は――。
路上格闘部に向かった。
「先輩」直也がジャンプしながら言う。ウォーミングアップだろう。
「何だ」
「早乙女さんが死んだら、先輩死ぬでしょ?」
「ああ」
「俺も死にますから」
俺は直也の顔を殴った。本気ではないが、そこそこの強さで。
「てめえは良いんだよッ!」
すると直也は、体を捻ってボディブローをかまして来た。
俺は痛みに片膝をつく。
「先輩が何度もリスク背負ってんのに、のうのうと見てる俺が情けねえんすよッ!」
「うるせえッ!」
俺は直也に飛び掛かった。
その時。
高橋先輩が俺の体をホールドした。
「鷹狩......お前......落ち着け......」
「......ッ!」
俺は胡坐をかいた。
そして立ち上がり、高橋先輩に言った。
「高橋先輩......ちょいと喧嘩しましょうや。落ち着かねえんで......!」
「......良いぞ......お前にとって俺は強すぎると思うが......」
「うるせえッ」
俺は右フックを高橋先輩に放った。
あっさりかわされ、体勢を崩す。
「......!」
「鷹狩......お前は......何でも一人でやろうとするな......」
「そりゃあそうっすよ。俺は未成年だ。社会的には責任が取れる年齢じゃねえ」
「だがこう考えてみないか......今の内なら大抵のことは許して貰える......」
「そりゃあ頭イカれてますね!」
俺は右上段蹴りを放った。
高橋先輩はそれを左腕で受け止め、右手で俺の顔面に何かを放った。
「ウッ......!」
「砂だ......路上の喧嘩じゃあ当たり前の手段だな......」
そして身動きが取れない俺に高橋先輩はチョークスリーパーを行う。
「が......があッ......!」
そして俺は意識を失った。
目覚めたら、お馴染み室内運動室の天井があった。
「直也」
「何です」
「俺は高橋先輩に勝てるかな」
「無理っすよ。俺でも無理っす」
「強すぎだろ、あの筋肉ダルマ......」
「筋肉ダルマ......良い響きだな......」
俺は高橋先輩の声に反応し、起き上がって礼をした。
「高橋先輩、喧嘩ありがとうございました」
「冷静になったな......お前の強みを忘れるなよ......」
「わかりました。――直也、もうちょい運動していこう」
「おーけーっす」
俺は努めて冷静になろうとした。
だが涼子の顔がちらついて、難しかった。
責任という言葉は重い。俺はそう実感する。
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今日中(2021/08/31)にまた、続きを投稿します。