01.序章
アンタなら知ってると思うが、大抵の金持ちってのは金の使い方を知らないもんなのさ。
俺は椅子にふんぞり返って、後輩の早乙女涼子に声をかけた。
「なあ涼子、お前は金持ちと縁を持ったことがあるか?」
「縁......?それってどういうことですか?」
「フッフッフ......! つまりさあ、金持ちと話しをしたり、どこかに一緒にお出かけしたことがあるかって聞いているんだ」
「うーん......ないですね」
「そうかい。なら俺と仲良くしとけ」
「どうしてですか?」
「俺ァ、本物の金持ちになる男だからさ......! 金の使い方を知ってる、本物の金持ちになるんだ......!」
「どういうことかよくわかりませんけど、先輩の自信家なところ、好きですよ」
「フ......フフ......! その調子だ。その調子で俺に媚を売っておけ......!」
俺はコンビニで買ったラムネをかみ砕いた。遠くで猫の泣き声がする。夕焼けの景色が窓から飛び込んでくる。クーラーの効いた部屋が心地いい。学校の片隅で俺たちは微睡んでいた――。
「涼子」
「はい」
「タロットカードを持ってこい。それと直也のやつを呼べ。これから町に行く」
「わかりました......占いですね?」
「ああ」
俺は立ちあがって言った。
「今日も暴いてやるぜ......! コールドリーダー部、活動開始だ......!」
東京都。北千住。おおいわ通りにて。
最初の客は冴えないサラリーマンだった。
俺はにかっと笑って、男に着席を促した。
少しばかり大きな迷彩色の防災天幕と机と椅子。これが俺、いや、俺たちの戦場だ。
「貴方、学生さん?」男が着席して言う。
「ええ。葵山高校の一年生です。占い部に所属していて、その為、町で占いをしています」
フ......フフ......! 本当は二年生で、コールドリーダー部だがな!
「それじゃあ、ちょっと占ってみてよ」男は気楽そうに言う。
俺は手を男の頭上にかざした。
......人を見る時、本物の占い師である俺には水晶玉の類は必要ねえ!
俺は首をかしげ、
「うーん。水のいやな感じがしますね。どういうことだろう」
と言った。
男は不思議そうな顔をしてオウム返しに言った。「水のいやな感じ?」
「ええ。水のイメージがするんです。それも嫌な雰囲気です。なんでだろう」
「水......水......」男は言う。
「洗濯物かなあ、それとも料理関係かなあ。どうも嫌な臭いがしますよ」
「あ!」男は叫んだ。
「何か心当たりがありますか?」
「いや実はね......こないだ、洗濯物が雨に濡れちゃったんだよ」
男はそれから洪水のように情報を吐き出した。
一人暮らしをしていること。
仕事のこと。
両親のこと。
俺はうんうん、と話しを聞いていた。
三十分頃経って、男は恥じらいを見せた。
「いやあ......若い子にこんなこと言っちゃってなんだか恥ずかしいな」
「いえいえ。僕は高校生である前に、占い師ですから。それでは最後に貴方の未来について見てみましょう」
俺はタロットカードを取り出した。
スプレッドは――ワンオラクル。
これはつまり、シャッフルしたカードから一枚抜いて分析するという意味だ。
俺はカードを一枚抜く。
<隠者>の正位置だ。
俺は男に告げる。
「貴方は今、問題を抱えています。しかしご安心を。過去にヒントがあります。それを見つけ出すのです」
最初の客をこなして俺は機嫌が良かった。
「フ......フフ......! こんなもんさ......!」
天幕の裏側から声がする。
「鷹狩先輩」直也の声だ。
「何だ?」
「どうして洗濯物が雨に濡れたことがわかったんですか?」
「フフ......フ......! お前、本を読んでねえな!?」
「読んでないっす」
「読め! 基本だ!」
「いやあ、先輩の口から聞きたいっす!」
「しょうがねえやつだ......! いいか、洗濯物が雨に濡れたことなんて、俺にはわかってなかったんだ」
「でも、水のイメージとか言ってたじゃないですか」
「それは誰にでも当てはまることさ......! あの男は自分の中で勝手に洗濯物の話だと解釈したのさ......!」
「えー? なんか納得いかないなあ」
「それじゃあこう話してやろうか――」
俺は両手を合わせた。
「あの男、着ているスーツがよれよれだった。そういう男は一人暮らしってもんさ。妻がいたら、指摘されるはずだからな。そんでもって、こないだ大雨が来ていただろう? 靴に水が染みたままで嫌な臭いがするとか、洗濯物を取り込むのを忘れるとか、いかにも一人暮らしの男に発生しそうなことじゃないか――」
「ふーん。結局はありがちなことを言ってるだけなんすね」
「フフ......フ......! 直也お前、からいぜ......! からい奴だ......!」
俺は天幕をまくった。
直也と涼子がパイプ椅子に座っている。
「いいか、コールドリーディング、すなわち事前情報無しで相手を占うことは奥が深い! 場数を踏め! 本を読め! 研究しろ! そうすりゃ、ビッグなことが出来る!」
「ビッグなこと?」直也が言う。
俺は答えた。
「人から信頼されることさ――これ以上にビッグなことは中々ねえよ」
きっと二人からは俺のことがこう見えただろう。
――変人。
俺はにやりと笑い、タロットカードをシャッフルした――。
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明日(2021/08/26)に続きを投稿します。