第一章 第八幕 チート
「やっぱり、未来の記録どうりに事が運ばないのはアンタが現代に渡ってきたからではないの?」
「いえ、それは考えにくいです。ワタシのいた未来でも魔導技術は未来からきたワタシの手によってもたらされたと記録されています。ですからワタシが未来からこの時代に渡ってくるのは確定事項なんです」
私達は今、未来人を名乗った如月の拠点へ向かっている。
レンとマキは如月に着いていく事に反対したが、現状他に目的もないし睦月と舞華が彼女の事が気になると、強く主張した事から彼女に着いていく事になった。
虎穴に入らずんばなんとやら、である。
未来人の拠点への入り口は意外に近く、私達の使っていた簡易隠し拠点のあるビルのエレベーターから通じていた。
「まさかこんな近くに未来人の拠点があったなんて……」
「あそこでお母さん達と再開するのは解ってましたので近くに出入口をつくっておくのは当たり前です」
「それにしてもこのエレベーター長いわね。いったい何処まで降りるのかしら」
「地下30キロくらいまでですね」
「なんだとっ!?」
「それってまさか……」
「マントルの中ね……」
「ええっ!そんなの死んじゃう??」
「大丈夫です。ワタシ達ヴァルキリーならそれくらいでは死にません」
如月は驚愕の事実をサラッと述べた。
未来人はいったいどこまで非常識なのだろうか。
「そうは言っても異星人の生態感知をすり抜けるにはそれくらいしないとですね。拠点を丸々隠蔽結界で常時覆い続けるのは非効率です」
そう隠蔽結界はあの結界発生装置を使っても、かなりのエネルギーを使う。
隠し拠点の結界だって範囲が狭いとはいえ、睦月がいなければ結界の維持だけで精一杯で戦うだけのエネルギーは残せなかっただろう。
「それに防衛軍にも拠点の存在は知られるわけにはいきませんでしたし」
「えっ、それってどう言う事ですか??」
そこに食いついたのはマキだった。
「ワタシ達は基本的にあの人達の事は信用していません」
「まあ、私達って基本的にモノ扱いだし……」
「あれは信用はされなくて当然ね。わたしも信用してないわ」
「でもそれじゃあ、いったいどうして技術供与を?」
「私達ヴァルキリーを産み出せるだけの権力、資金力を持った組織っていうのは他にありませんでしたから。仕方なく、ですね」
「少し暑くなってきたわね」
「だいぶマントルに近付いてきてますからね。現在の室温は60度。魔導技術を用いた最新の防熱加工でもこの辺が限界ですね。普通の人間には既に厳しい温度です」
ちなみに肉体的には常人と変わらない状態になっている舞華も、周囲にいる睦月達の魔導エネルギーを利用しているので今は他のヴァルキリーとなんら変わりはない。
「私達ヴァルキリーってつくづくチートな存在ですよね。その上、如月さんの適合値100%って……それ、いったいどれだけの魔導エネルギーを引き出せるんです?」
「適合値が1%違うだけで2倍の魔導エネルギーを引き出せるって言われてるから96%の睦月の16倍よ」
「睦月先輩でも充分チートなのに更にその16倍って……」
「ワタシは未来で作られた最新式の魔導ドライブを埋め込んでますので更にその10倍、160倍の力が出ます」
「わかりました。睦月先輩みたいにコントロールがガバガバなんです。きっとそうに違いありません……」
「ワタシは舞華お母さんの素養も受け継いでいるのでコントロールも完璧ですよ」
「チートです……本物のチートがここに……」
ちなみにマキは2期生ではトップの69%だが、1期生最下位70%の舞華の半分の力しか引き出せない。
睦月はマキの134,217,728倍、如月にいたってはマキの21,474,836,480倍の力が出る事になる。
ガタンと音を立ててエレベーターが動きを止める。
「止まったな。着いたのか?」
「はい、でもちょっと待ってください。ここで待機してる様に言っておいたのに……」
「どういう事だ?待機??」
「ワタシ達の拠点はマントルの中を泳ぐ船なんです。ここで待ってる様に言っておいたのに離れてしまっている様で……今扉を開けるとマントルの中にダイブしちゃいます」
ガシャガシャと何かが接続されている様な音がした。
「戻ってきたみたいですね。それでは参りましょう」
「皐月、どうして待っていなかったんですか?」
管制室と思われる部屋に飛び込むと如月は中にいた女性を問い詰める。
彼女も当然ヴァルキリーだ。
「姉さん、待ってる間に周囲の観測器から情報を拾ってくるって言っておいたじゃないですか。忘れるなんてホントにそそっかしいんだから。それよりも、早くお母さん達にわたくしを紹介して下さい」
「えっーと、この子は城野 皐月。お母さん達の四番目の娘です」
「よっ、よろしく、四番目って……いったい私達は何人子供を作ってるんでしょう……」
「わたくし達がこの時代に旅立った時点で八番目まで誕生していますね。1人目がとんでもない化け物だったせいで期待されてるんですよ。ヴァルキリーは数も少ないですから子供はどんどん増やさないといけませんし」
「化け物って……」
「それで、未来はいったいどうなっているだ?」
「防衛軍は異星人に敗北、生き残ったヴァルキリーは地中奥深くに隠れ、このアースガルダを初めとする多くのマントル潜航艦を造りました。地上の全ては異星人達に持ち去られました。人も動物も植物も水も鉱物も……地上にはもう何も残ってはいません」
「そんな……」
「お母さん達は防衛軍と手を切ってワタシ達と行動を共にしてほしいんです」
「そっ、それは……」
「防衛軍では異星人には絶対に勝てない。それは歴史が証明してます。このまま防衛軍に戻ってもお母さん達はろくな目にあわない。それは解りきっています。あんなところにお母さん達をみすみす返す訳にはいきません」
「姉さん、お母さん達に甘えたいから戻らないで、って素直に言ったらどうです?」
「ちょっと皐月、何を言い出すの!」
「行動を共にするって言ったけど、あなた達はいったい何をするつもりなのかしら?」
「なるべく多くのヴァルキリーをこのアースガルダに集めます。それだけですね。さしあたっては名古屋で防衛軍に置き去りにされた1団の収用と言ったところでしょうか」
「名古屋!まさか透子達は無事なの?」
舞華の身体の変化に伴い透子との共鳴反応はなくなっている。
今の舞華に、かつての同室メンバーの安否を知る術はない。
「ええ、透子おばさまはご存命ですよ。名古屋に取り残された1団をまとめあげて異星人にゲリラ戦を仕掛けています」
「透子……」
「他に人の気配を感じないのだが、ここには2人しかいないのか?」
「ええ、わたくし達2人だけですわ」
「こんな大きな船を、たった2人で……」
「船に関しては、姉さんは何もしないので実質わたくし1人で動かしていますわ」
「ワタシは地上で色々とやる事があるからね」
「どうして2人だけで?」
「記録にない人員を連れてくる訳にはいかなかった。それだけです」
「まあ、すぐに答えを出す必要はないでしょう。部屋は用意してあります。少しゆっくり考えてみてください」
全員に個室が用意されていたが彼女達は自ずとひとつの部屋に集まっていた。
これからの事を話し合う為である。
「舞華ちゃんはここに残りたいんですよね?」
「ええ。透子達の事が気になるから、防衛軍は透子達を救出する気も無さそうだし。それに、ここならまともなご飯が食べられる」
「私は反対です。ヴァルキリーはともかく普通の人達はここじゃあ収用できない」
反対したのはマキだ。
このマントル潜航艦内の室温は80度近くある。
普通の人が暮らせる温度ではない。
「ワタシは1人でもここに残る。アンタ達はアンタ達で好きに決めれば良いわ」
舞華はそう残して部屋を出ていった。