第一章 第六幕 光の柱
今回は視点移動が少し複雑です。
透子→睦月→舞華の順になっています。
東京湾岸沿いに設置された臨時のヘリポート。
そこに1人のヴァルキリーがたたずんでいいる。
少し離れたところには一機の大型輸送ヘリがあり周囲に幾人かのヴァルキリーが彼女の様子をうかがっていた。
既に本隊は撤退済み。
残っているのはこのヘリ一機だけだった。
敵の侵攻速度は予想よりも遥かに早く、ヴァルキリー部隊の到着前に受けた東京の被害が大きすぎた。
それに加えて精鋭だったハズの第一部隊が出撃直後の反応喪失である。
防衛軍は戦力のそれ以上の損失を恐れ、あっさりと撤退命令を出した。
観測の魔女、若宮 透子。
七三に分けられた前髪は乱れトレードマークだった少し小洒落たメガネにもヒビが入っている。
今は私のたっての希望でこの場に留まり、残存部隊の捜索と敵の動きの観測を行い続けている。
彼女の観測能力は人間の、否、科学の限界を越えており、ありとあらゆるエネルギーの動きを観測できるからだ。
しかしホントに私が探しているのは第一部隊ではない。
同室だった舞華を探しているのだ。
ヴァルキリーが持つ魔導ドライブの放つ魔導エネルギーの波動や熱紋にはじまり、果てはドラブ独特の駆動音にいたるまで、ありとあらゆる手段で東京中を観測していく。
それも1度や2度ではない。
繰り返し何度も何度も、何度も繰り返した。
だけど当然の様に生きたヴァルキリーの反応は返ってこない。
それでも私は諦めなかった。
諦めたくなかった。
胎内にある魔導ドライブが舞華はまだ生きていると告げている。
でも、それでは何故なんの反応も観測できないのだろうかと不安がおさえられない。
舞華の持つ魔導エネルギー量はさほど多くない。
否、かなり少ないと言っていい。
その彼女がエネルギーを多量に消費する高度な隠蔽結界をこんな長時間にわたって維持し続ける事は不可能である。
「透子さん、もうこれ以上は危険です」
やんわりと私を止めたのは睦月だった。
戦闘行為は既に行われておらず、敵は着々と略奪範囲を広げている。
ここまで敵の略奪部隊がくるの時間の問題だ。
既に無事ここから離脱できるかどうかはかなりあやしい。
「ごめんなさい、後少しだけ……」
そう言った時だった。
お腹の奥から何か大事なモノが消えていく様な感触が私を襲った。
身体の力が抜け崩れ落ちそうになったところを睦月に支えられた。
魔導ドライブの共鳴反応がなくなってしまったのだ。
つまり、舞華が死んだという事だ。
睦月に連れられヘリに乗り込んだ後は、ただ茫然と虚空を見つめていた。
頭をよぎるのは出撃前の舞華との最後の会話だ。
何故リアルタイムで観測結界を送って欲しいと言った舞華に素直に頷いてあげる事ができなかったのか。
私にできる事なんて観測結果を送る事くらしかできないというのに。
舞華はあれで結構聡い子だ。
私の送った観測データがあれば突破口を見つける事ができたかもしれない。
今更そんな事を考えても遅いのはわかっている。
だけど、私はそれを振り切る事ができなかった。
私達の乗ったヘリが東京から遠ざかっていく。
東京に住んでいるハズの家族はどうなっただろうか。
ふとそんな考えがよぎった。
だけど、そんな事はすぐどうでもよくなった。
だってもう顔すら思い出せないんだから。
それよりも目の前で痛ましい姿を晒している透子の事の方が今は重要だ。
透子に何と話しかけようか。
それとも、このまま黙って肩を抱いているのが正解だろうか。
そんな事を考えていると不意に周囲が騒がしくなった。
どうやら敵の追撃部隊に見つかった様だ。
私達もここまでかもしれない。
だけど簡単に諦める気はない。
死ぬ時は1人でも敵を道連れに、それが戦乙女の心意気だ。
後部ハッチを開けて、まだ戦える状態のヴァルキリー破壊の光槍を飛ばす。
私も破壊の光槍を飛ばそうとしたがレンに止められた。
この状況では前に飛ばなければヘリに当たってしまうからだ。
私の光槍の威力だと、かすっただけでもこのヘリは沈んでしまう。
それが前に飛ぶかもわからないとなるとレンが私を止めるのも当然だった。
ヘリからの射撃では戦闘機には当てるのは難しく撃墜する事も振り切る事もかなわない。
だけどそんな時、巨大な光の柱が現れて敵の戦闘機を飲み込んだのだった。
皆、唖然とその光の柱を眺めている。
敵の、いや、防衛軍の新兵器だろうか。
「あれは、魔導エネルギー……あんな膨大な量の魔導エネルギーをいったいどうやって……」
ずっと黙って虚空を見つめいた透子だ。
魔導エネルギーを操作できるのは私達ヴァルキリーと防衛軍の魔導兵器だけだ。
つまりこれは味方の攻撃なのは間違いない。
しかし、透子の言うようにあの光の柱に籠められた魔導エネルギーは相当なものだ。
それが一本どころか東京の街に何本も突き立っている。
あんなもの一本ですら私達が束になっても再現すらできないだろう。
結局それが何かは解明する事はなかった。
しかし、この光の柱のおかげで私達は敵に占領された東京から無事に脱出する事ができたのだった。
瓦礫を吹き飛ばして1人の少女が瓦礫の中から這い出しくる。
ずっと瓦礫の下に閉じ込められていた舞華だ。
美奈子が力尽きた後も、自力で隠蔽結界を展開し瓦礫の下に潜伏し続けていたのだ。
しかし消費の激しい隠蔽結界を維持するのも限界に達し、美奈子の亡骸に別れを告げ瓦礫の下から這い出してきた。
今の東京は異星人の略奪部隊が生きた人間を探して暴れまわる魔境だ。
隠蔽結界がなければ隠れていても無駄なのである。
瓦礫を吹き飛ばすのに想像以上に魔導エネルギーを使ってしまったせいで、もう舞華には微塵も魔導エネルギーが残っていなかった。
ヴァルキリーの戦装束すら維持できずに裸になってしまう。
技巧の魔女なんて呼ばれて調子に乗っていたツケがこれなのだろうか。
結局わたしは戦闘でも何もできず、隊の仲間もなけなしの魔導力も全て失って裸でこんな所にいる。
だけど私は死ぬわけにはいかない。
美奈子が、隊の皆が命がけでわたしの命を繋いだ。
簡単には諦めてはいけない。
涙を拭って顔を上げた。
そして、顔を上げた視線の先にあったあるモノを見てわたしは息をのんだ。
あれはいったい何なのだろうか。
巨大な渦の様に見える。
それを確かめるべく、わたしは瓦礫の山を登った。
そんな事をしている場合ではない事はわかっていたが、どうしてだかあの渦を確認せずにはいられなかった。
それは膨大な量の魔導エネルギーの渦だった。
広大な範囲でばらまかれた様々な魔導術の残滓、あるい戦いで死んでいったヴァルキリー達の霧散した魔導エネルギー、それが上空に集まり巨大な渦になっている。
瓦礫の山の頂上。
そこは渦の中心、それはまるで台風の目の様だった。
「美奈子……利津子……未来……陽子……歩実……みんなそこにいるの??」
部隊の仲間の魔導力の気配を感じて、わたしは渦の中心に手を伸ばす。
だけどそこは、一見すると台風の目の様に凪いでいる様に見えて激しい魔導エネルギーの奔流の中心地だった。
劇痛に顔をしかめ腕を引っ込めようとするが遅かった。
全身が激しい痛みに教われた。
訓練で身体中に穴が空いた時すら優しく思える程の劇痛だ。
すぐに意識を失うが、すぐまた意識を取り戻し劇痛に意識を手放す。
そんな事を何度か繰り返して漸く痛みから解放される。
その時わたしはわたしの身体が変わっている事に気付いく。
視覚的には以前の舞華と何も変わってはいない。
だが魔導的視点で見ると違いは明らかだ。
全身の表面に無数の魔導的な穴が空いていた。
それにより常に自身の身体から魔導エネルギーが抜けていき、自身の体内に魔導エネルギーを保持する事が出来なくなっている。
なけなしの魔導力を本当に全て失った形になる。
しかし、その身体中の魔導的な穴、ひとつひとつがそれぞれ魔導デバイス的な役割を、いやそれ以上の役割を果たし、身体の外にある魔導エネルギーと自身を自由に繋げる事ができる様になっていたのだ。
そう、眼前に広がる巨大な魔導エネルギーの渦。
それを今、わたしは自由に操る事ができる。
「まだ生きてる人間がいたか、しかも裸じゃん。誘ってんのか」
瓦礫の山を降りた舞華を見つけた1人の異星人の兵士が下品な声を上げて舞華の腕を掴む。
わたしは一瞬恐怖に身を震わせたが、すぐさま魔導エネルギー集め腕を振り払う。
それだけで兵士の身体は消し飛んだ。
こんな奴に皆殺されたのかと思うと悔しくなった。
もう東京に味方は残っていない事をさとったわたしは魔導エネルギーの渦を使って敵に攻撃を始める。
流石にこれだけのエネルギーを操作するのは初めてだ。
周囲に仲間がいる状況では気が引ける。
渦の力は絶大で、その一撃一撃が巨大な光の柱となって敵に襲いかかる。
だけどその莫大なエ魔導ネルギーを操る為に、脳にかかる負担も絶大で、わたしはすぐにまた意識を失ってしまった。
それから意識の戻った後はもう散々だった。
敵に捕まりこそしなかったが、自身の体内に魔導エネルギーを留めておけない身体になってしまったわたしは周囲に魔導エネルギーが存在していない状況では普通の人間となんら変わりがない。
頼みの綱だった魔導エネルギーの渦はもうなくなっていた。
そこからはもうホントになりふりかまわずだ。
敵に連れ去られて人の居なくなった人家に侵入して衣服や食糧を手に入れた。
久しぶりの、否ヴァルキリーになって初めて食べる人間のご飯、美奈子や、隊の仲間と一緒に食べたかった。
敵に破壊された防衛軍の魔導兵器をあさり、そこから少しづつ魔導エネルギーをかき集め隠蔽結界を可能な限り省エネで駆使してなんとか東京から脱出する事に成功する。
人とほとんど変わらないこの身体で敵の目を掻い潜って撤退した本隊を追いかけるのはホントに大変だった。
名古屋防衛戦にも間に合わず結局大阪まで1人で歩く羽目になり、9ヶ月もの月日をかけてしまう事になる。
出撃前の透子と舞華のやり取りを少し修正しました。
流石に戦場で10分も情報送らないとか透子さんスパルタすぎるので。