第一章 第五幕 第一部隊
今回はちょっと重たいです。
防衛軍の大型ヘリから飛び出した私はその光景に息をのむ。
敵戦艦の防空網を避ける為、高度はかなり高く取られておりそこから飛び降りた私達の前に浮かぶ戦艦と数多の揚陸艇を真上から見据える形となっている。
普段の舞華なら人類初のパラシュートなしでの超高度からフリーダイブだ等と軽口の一つも挟んでいただろうが、この時ばからりそんな気にはなれなかった。
だけど共に降下しているのは訓練所でも成績を上位から集められた6人だ。
簡単に殺られる事などあり得ない。
気後れする必要なんてないのだ。
今回の作戦、プランEは既に地表に降り立った敵の掃討が主目的だ。
降下時に空中に浮かぶ敵艦船への攻撃は可能ならば行うといったところである。
地表に到着するまでには大きいのを一撃撃てればいいところだけどどうしようかと、わたしが考えていると不意に隣を降下する仲間に一本のレーザー光が浴びせられた。
彼女は築地 歩実。
この第一部隊の隊長だ。
魔導ドライブの適合値は92%、日本支部3位。
防衛軍全体を見ても上位10位以内に入るだろう。
訓練での成績でも文句無しのトップである。
わたし達ヴァルキリーならたった一本のレーザー光線くらいどうと言う事はない。
だけど気になる事にそのレーザーには赤い色がつけられていたのだ。
これまでの戦いで敵が使ってきたのは白いレーザーだと舞華は聞いている。
色のついたレーザーというのは聞いた事がない。
とりあえず警戒した方が良いのだろうか?
でも特別威力の高いようにも思えない。
そう思った時だった。
次の瞬間に赤いレーサーを浴びせられた歩実の元に数多の白いレーザー光線が殺到した。
戦艦からはもちろんの事ながら周囲の多数の揚陸艇、更には地表に展開している部隊から、目につくところにあるほぼ全てのレーザー砲が彼女をめがけて火を吹いている。
現在の降下速度はかなりのモノだ。
それにピッタリとあわせてくる。
驚異的な射撃管制だ。
「ちょっ、まっ……ダメ、障壁が……もたな……」
彼女の魔導エネルギーの反応が霧散して散っていくのがわかった。
精鋭部隊の隊長で、適合値3位っていうのはいったい何だったのだろうか。
まさかあの隊長ですら全員で地表に降り立つ事がかなわないなんて、思ってすらいなかった。
おそらく、あの赤いレーザーはポインターだ。
赤いレーザーが狙った獲物を他の全員で狙う。
そういう作戦なのだろう。
驚異的なタフさを誇るヴァルキリーを葬るのにこれ以上に簡単で効果的な手段は他にないだろう。
こんな簡単な方法で歩実がやられたのかと思うと悔しくて仕方がない。
だがそんな事ばかりきにしてはいられない。
次に狙われるのは自分かもしれない。
それに地表はもう目の前だ。
流石のヴァルキリーといえどもあの高さから飛び降りて、着地に失敗すれば無事ではいられない。
それで死んでしまうことはないが、そのまま戦闘に移行するのは難しくなるだろう。
既に隊長が殺られている。
着地場所が安全ではないのは火を見るより明らかだ。
焦る気持ちを抑えなんとか着地を成功させる。
通常時なら簡単な事なのに、それひとつをこなすのにこんなに気を使う事になるとは思いもしなかった。
着地しても一瞬たりとも気は抜けない。
周囲は既に敵だらけ、観測術を飛ばしている余裕すらない。
既にもう一人の仲間が赤いレーザーを照射を受けている。
彼女は柊 利津子。
わたしの1つ上の16。
わたしと1番歳が近かったのもあって、無愛想な私にもよく話しかけてくれた。
私が隊に馴染めたのは彼女のおかげだろう。
幾多ものレーザー光に包まれたと思うと利津子の魔導力も霧散してすぐに感じられなくなった。
そこからは仲間の反応も早かった。
仲間の1人、服隊長の雨宮 美奈子がわたしの首根っこを掴んだと思うと近くのビルの壁を体当たりで突き破って飛び込んだ。
この瞬間のわたしを除いた三人の連携は見事だった。
田中 未来が敵の視覚、聴覚果てには生体反応までを誤魔化す魔導術を一瞬放ち、大山 陽子がデコイを放つ。
そして私を捕まえでビル飛び込んだ美奈子は、敵の視界から逃れ隠蔽結界でわたし達を隠したのだ。
しかし、わたしには美奈子の行動の意味ががいまひとつ理解できなかった。
ここは敵陣の真っ只中。
デコイがバレるのも時間の問題だ。
そうなったら1番に調べられるのは、このビルに違いない。
ここから反撃しようにも、このレーザー網の中ではこのビルでも遮蔽物にはならない。
終わりを先延ばしにしたに過ぎないのだ。
美奈子にもそれがわからないハズがない。
状況を打破する為の情報が足りなかった。
でも透子の観測なら、もしかしたらレーザー網の穴を見つけられるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
藁にもすがりたい気持ちだった。
透子とは出撃前に2分おきに観測情報を送って貰える様に話をつけている。
でも、その2分が長かった。
「まだ2分たたないの……早く、2分たってよ……」
轟音と共に建物が崩れだす。
未来と陽子が戦闘のどさくさに紛れてビルを破壊したのだ。
とっさに建物から飛び出そうとすると美奈子がわたしを押し倒し、覆い被さった。
ビルは倒壊し瓦礫の山が降ってくる。
それを遮ってちるのは美奈子の身体だ。
暫くすると倒壊する音が止みわたし達は完全に瓦礫に埋まった。
わたしが押し潰されていないのは美奈子が支えているからだ。
この状況で完全に押し潰されずに人が1人収まる空間を確保しているのは流石といえる。
雨宮美奈子。
第一部隊では最年長で隊のお姉さん的存在だった。
訓練の成績は部隊の中では最下位で少しドジだったけど、いつも元気で隊の雰囲気明るくしてくれた。
ポツリ、ポツリと生暖かな何かが顔に垂れる。
「美奈子、血が……早く治療を」
「ダメだよ舞華。いま魔導術を使ったら敵にバレる。治癒系の魔導術は魔導エネルギーの流出反応が大きいから、この隠蔽決壊じゃ隠しきれない」
ここにきて三人の行動の意味が漸くわかった。
「美奈子……なんでこんなこと……」
それでもわたしは敢えて美奈子に聞いた。
「隊の皆で話し合って決めてたんだ。もしもの時には1番小さい舞華だけは絶対生かそうって」
「わたしなんかの為に……皆馬鹿よ……」
「わたしならエネルギーの流出を抑えて治癒術を発動させる事くらい出来るわ」
「ダメだよ……そう言うと思って、実はちゃんと用意してたんだ」
美奈子は結界の中で更に別の結界を発動させる。
「魔導封じの術式を混ぜた結界の多重発動!?……普段はちょっと抜けてる癖に、なんでこんな時だけこんな高等術式を……」
「抜けてるは酷いよ、舞華ぁ」
「こんなのすぐに解いてみせる」
「第一部隊の皆で組んだ取って置きの術式だよ……これは舞華でも簡単にはとけないと思うなぁ……」
結界を解除しようと必死に結界の解析を行うが、だんだん美奈子の息遣いが弱くなっていくのを感じて焦りから集中が乱れてしまっていた。
時間だけがどんどん過ぎていく。
倒壊したビル一個分の瓦礫をもろに受け止め、負傷しながらも支え続けている。
出血は止まる気配はない。
更に魔導封じの術式と隠蔽術式を混ぜた多重結界という消耗の大きい術式を行使し続けている。
いくら強靭な肉体を誇るヴァルキリーでも限界は近いだろう。
「舞華ぁ……」
「美奈子、喋らないで。体力を温存して」
「帰ったらさ……二人でご飯食べよう……固形燃料じゃなくて……人間らしい……食事……」
「そうね」
早く結界を解きたい舞華はぞんざいに返事を返す。
でも、すぐにそれを後悔した。
結界が消えたのだ。
それも舞華が解いたのではない。
術者の生命力が尽きて結界が維持されなくなったのだ。
「美奈子……」
美奈子は動かない。
ヴァルキリーの身体は死んでもなお頑強だった。
瓦礫を背負ったままなのにびくともしない。
それともこれは死後硬直というものだろうか。
「返事をしてよ……一緒にご飯、食べるんでしょ……」
東京編もうちょっと続きます。
美奈子の年齢ですか?
女性に歳を聞くのはナンセンスですよ。