7話
大変遅くなってすみません。
杖を失っていたことに気付いたシャドラクは、頭をガクッとうなだれ、小さく言葉を漏らした。
「俺はこれからどうするんだろうか…。アロン様の杖をなくした自分には、もう居場所など…」
まるでこの世の終わりといった様子で震えるシャドラクに対し、アロンは静かに語りかけた。
「お主は我が敬虔とみとめた者である。その故にお主が25歳の時、我が一枝を杖として授けた。我が与えた使命、お主は杖によって忠実に果たしてきた。その使命が故に、今、杖を失ってしまったのであろう?」
アロンはシャドラクを讃えつつ、世界樹に歩み寄っていった。
「ならば、お主の敬虔と献身を認め、ここに再び杖を授けることとしよう」
世界樹の足元に来たアロンは、その幹に右前足でやさしく触れた。するとあたり一面がまばゆい光に覆われ、かすかに風が流れてきた。
ポトリ…
光が収まり夕麻が目を開けてみると、アロンは一本の杖を咥えていた。
「さぁ、シャドラクよ。我が力を享受するのだ」
(あれ、物を咥えてしゃべってる?やっぱりテレパシー的なものでしゃべってるのか?)
厳かな空気のなか、夕麻はふざけた疑問を浮かべていた。アロンに名を呼ばれたシャドラクは、感極まった面持ちでアロンの前に跪き頭を垂れ、両手を差し出した。
「八方が魂、主とともにあり…」
「よろしい。面を上げよ」
アロンは杖の授与を終えると、夕麻に向き直った。
「お主は慈悲深く、賢いようだな。少し疑いがあった故、先のように試すような真似をしたのだ。すまなかったな」
「いやいや、もう済んだことだろ?お前が俺を直接傷つけたわけじゃないし、杖一本で許すぞ?」
「ぬ?」
夕麻が提示した高望みな要求に、アロンはポカンとした顔で声を漏らした。そんなアロンに対して夕麻は雰囲気を一転させ、杖をおねだりし始めた。
「死にかけたんだよ?お前の信者さんにハリネズミにされそうになったんだよ?」
「しかしお主にはその魔力あふれる杖と剣で返り討ちにしたではないか、それも完膚なきまでに…」
「これは別なんだって。使者としての道具なんだって。ねぇ、一本くらいさぁ。あんなに枝たくさんあるし減るもんじゃないだろ?」
目の前でゴネている少年が、寸時前に自分を圧倒した少年と同じとは思いたくない。そんな様子で、シャドラクはしばらく頭を抱えていた。
しばらく夕麻とアロンの応酬は続いたが、その間にシャドラクは新しい杖で信号を送り、仲間の到着を待っていた。
「駄目なものは駄目なのだ。お主は我が信者ですら無いではないか。シャドラク、代わりの案内役はまだなのか?」
「もうすぐ来るはずなのですが。何ぶん、方向音痴な奴でして…」
「ケチ〜ケチ〜…。もういいや、疲れた…」
ゴネ得とは行かなかった夕麻は、地面に座り込んで草薙の剣を取り出した。戦っている時や腰に携えている時はそんなに気にならないのだが、今はその重さが両腕に感じられる。
「やっぱ刀が良かったなぁ〜。刀で居合とかしてみたかったな〜」
「ん?カタナとは何でしょう?」
シャドラクは手持ち無沙汰だからか、夕麻の横に腰を下ろし、気になった言葉について聞いてきた。
「あ、敬語はもういいぞ、キモいし。」
「そ、そうか。それより、そんな立派な剣を前にしてもお前が求めるという、そのカタナというのは?」
「刀ってのは俺の故郷で作られている剣なんだ。反りのある片刃の剣で、強くて、美しくて、カッコいい。俺にとっては憧れの武器だ。」
夕麻はそう言いつつ、草薙の剣が刀だったとしたらどんな形だっただろうと、想像を手元のそれに重ねていた。するといつの間にか、脳内にしか無いはずの刀が手元にあった。
「そうそうこんな感じの……!!??」
「いま、剣が一瞬歪んだような…」
おそるおそる柄を握って鞘から抜いてみると、反りを持つ刀身が現れ、先程と同じように霧が漂い始めた。
「これ、草薙の剣…だよな?変形能力持ちだったのか?」
「俺に聞かないでくれ。それより人に刃を向けるな」
「ああ、すまんな」
夕麻は初めて見る真剣を前に興奮していた。まっすぐな両刃だった刀身は、反りのある片刃へと変わり、切先からハバキにかけて美しい波が漂っていた。
「これがカタナと言うものか?」
「そう、これこそまさしく刀というモノだ。突くことも斬ることもできるし、居合って言う必殺の一撃も出せるんだぞ。」
「なるほど、機能美という言葉が相応しいな。それで、居合っていうのはどんなものなんだ?」
インドア少年である夕麻が、剣術など修めているはずがない。もちろん、そのロマンに惹かれて、メディアを通して見たことはある。しかし、素人の見様見真似でできるようなものではない。
「あれは剣の達人にしかできないシロモノだからな。俺は剣に関しては素人だし…」
「そうなのか。じゃあ、さっき俺に切りかかってきた時はどうなんだ?素人にしてはしっかり振れてたんじゃないか?」
「う〜ん…?」
そう言われてみれば、素人にしてはキレイに剣を振れていた気がしてくる。あの時は剣の気に触れて少し昂ぶっていたからか、気付いていなかったようだ。何かしらの補助機能でもついているのか、はたまた夕麻の才能なのか。
「居合、ちょっとやってみるか」
先ほどとは違い反りのついている鞘に左手を置き、右手で柄をしっかりと握る。そして、自宅のパソコン画面で厨二心を委ねていた、あの素早い剣捌きを思い出す。
「それが居合の構えなのか」
「ちょっと黙っててくれ、集中してるんだ」
夕麻はそう言って、集中するべく目を閉じた。視覚を遮断し、それっぽく感覚を研ぎ澄ましていく。
すると突然、居合を実現するためのイメージが鮮明に浮かび上がってきた。彼は目を開け、そのイメージに沿って腕を動かそうとした。
次の瞬間、
チャキッ…ヒュゴオォッ!
「うおっ!?」
夕麻の体はイメージをトレースするように、目にも止まらぬ斬撃を放っていた。
「今のが居合と言うやつなのか!?全く反応できなかったぞ…」
「あっ、まぁ、今のが居合という技だ。居合なんだが…おかしいなぁ。できるわけが無いんだけどなぁ。」
(アシスト付みたいだな。変形ありのアシスト付って…。人類の空想を固めた剣だから何でもアリってところか。)
しかし夕麻のヒキメンボディは、高速の一閃をしたことにより悲鳴を上げていた。
「イテテテ…。肩が少しズキッとしたぞ…」
「おいおい、大丈夫か」
「ああ、普段の運動不足が響いたようだな…」
「おーい!シャドラクー!」
遠くからシャドラクを呼ぶ声が聞こえてくる。どうやら、シャドラクが呼んだ人物が来たようだ。
「こっちだぞー!ミリアムー!」
「ミリアム…?ああ、シャドラク、お主の玄孫だったか?」
「はい、私の玄孫でございます。お陰様でこの間17になりました」
「やしゃご…」
玄孫【やしゃご】とはひ孫の子供、つまり孫の孫のことである。しかしシャドラクの外観は、どう見ても夕麻より少し年上くらいの青年である。そんな彼が遠い子孫を持っている様子には、尋常でない違和感を感じざるを得ない。
「ひいひいひいおじーちゃん?」
「そんな面倒くさい代名詞は使う必要ないぞ。ジジイの自覚は全くないからな」
そう話していると、
ガサガサガサッ!!
すぐそばの森から金髪の少女が現れた。やはり彼女もシャドラクと同様、白い衣装を身に着けていた。
「シャドラクが呼び出すなんて珍しいから急いできちゃった。何か凄いことでもあったの?」
「ああ、凄いことだ。アロン様が姿を表わされたぞ」
「え!?本当!?」
シャドラクが道をあけると、彼女からもアロンが見えるようになった。彼女はその姿を見つけると、不思議そうにシャドラクに尋ねた。
「へ?アロン様って、ライオンだったっけ?」
「ミリアム。アロン様がライオンの姿をしておられることは、前にも教えただろう?」
「そ、そうだったね、ハハ…」
半ば呆れた様子のシャドラクは、アロンにミリアムを紹介し始めた。
「こちらが私の玄孫、ミリアムでございます。私のひ孫が出産して、報告のために連れてきた時以来の顔合わせでしょうか。」
「そうだな。赤子の時の姿しか我は知らぬが、健やかに成長したようだな。」
「ほら、お前もちゃんと挨拶しろ」
シャドラクに促されたミリアムは、ペコリと頭を下げて自己紹介をした。
「ミズラハ魔法学校2年生、ミリアムです!」
「ほう、学徒であるか…」
「はい!シャドラクみたいなすごい魔術師になるのが夢なんです!」
ミリアムが発した固有名詞が気になり、夕麻はこっそりカバンから資料集を取り出した。
「ミズラハ魔法学校てなに?」
小声で資料集に問いかけると、パラパラとページがめくられていき、巨大なゴシック調の建築物が現れた。
[ミズラハ魔法学校:高度な魔法技術を持つ魔術師を養成する教育機関。要調査対象。
アナナキの一言:
【シェオル魔術】とか言うものを研究・教育しているようなのじゃ。見てきてちょーだい☆]
(なるほど、俺が来た目的が一つ見つかったわけだ。それにしても魔術か…)
【魔術】という言葉のファンタジーな響きに夕麻はワクワクしつつ、資料集をカバンにしまい込んだ。その時、アロンが声をかけてきた。
「そういえば、少年よ。名前をまだ聞いていなかったな。」
「名前?ああ、夕麻だ」
「ユウマ、か。名前としては聞かない響きだな」
そういってアロンはミリアムに向き直った。
「ミリアムよ、ユウマというこの少年はネルガルから来た使者である。ヨルドの人々について知るため、降り立ったというのだ。シャドラクの代わりに彼をラモトまで連れてってやってくれ」
「使者…?」
ミリアムはきょとんとした表情で夕麻の顔を見ると、シャドラクに質問をした。
「使者ってなんだっけ?」
「ハァ~~…私の子孫であるというのに情けないぞ。自分で調べる事だな」
「はーい、分かりましたー。」
無知なミリアムに呆れ、シャドラクは手をひらひらと振って出発を促した。