自転車事故
その日、速人は何時ものように、自転車の二人乗りをしていた。
速人が漕いで、後ろに乗せた恋人の莉蕗は立ち乗りをしていた。
何時も通りの光景。
前方に丁字路が見える。
普通ならば一時停止し、左右を確認してから何方かに曲がる事になる其処を、速人は速度をほぼ落とさずに曲がった。
キキーーッ
ドンッ
飛び出した自転車に気付き急ブレーキをかけた観月は、ハンドルにしがみ付いたまま、恐る恐る路上を確認した。
壊れた自転車と倒れている人間が目に入り、暫し呆然とする。
「大丈夫か?!」
事故に気付いた誰かの声に我に返り、観月は慌てて自動車を降りて駆け寄った。
「しっかりして!」
しかし、少女は、ぐったりとしたまま動かない。
「救急車呼んで!」
「警察も!」
次々と集まって来た人々が、救急車や警察に電話をかけたり・スマホで撮影したり・止血しようとしたりと動く。
チラリと見て、通り過ぎて行く者もいた。
「うぅ……」
痛む体を起こした速人は、頭から血を流し倒れている莉蕗に気付いて慌て飛び起きた。
「莉蕗!」
「動かないで! 貴方も頭を打ってない?」
心配そうな初老女性に声を掛けられたが、速人の耳には入らなかった。
ピクリとも動かない少女の姿に、釘付けとなっていた。
「人殺し! 娘を返して!」
大切な娘を失った母親は、速人に掴みかかった。
彼が一時停止無視をした所為なのだから、当然だろう。
「す、済みません……」
速人には謝る事しか出来なかった。
自転車保険に入っていないので、彼の両親が払う事になる賠償額はかなりのものになるだろう。
「謝罪なんていらないから、娘を返して! 返してよお!」
「申し訳……ありません」
速人の両親も、ひたすら頭を下げる。
まさか、息子の所為で人が死ぬなんて、思っても居なかった。
だから、警察から電話が来た時、最初、自動車と衝突したのだと思った。
だが、違った。
どうして、こんな事になったのか。
交通ルールは教えた筈なのに。
「本当に、申し訳ありません」
「はぁ……。やっと帰れる」
警察から解放された観月は、車の中で呟いた。
事切れた幼い少女の姿が、頭から離れない。
「明日仕事なのに、寝れるかな?」
観月は何時もより慎重に運転して、帰路に就いた。