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出会いも別れも舞う桜の花びらに

作者: 日下部良介

『ごめんなさい。もう会えない…』

 彼女から届いた一通の手紙。僕は何度も読み返し、読み返すたびに涙のしずくで文字をにじませた。

 もう、何十年も前の話なのだけれど、今も鮮明に覚えている、





 中学2年の時にクラス替えで初めて彼女に出会った。出会った瞬間に僕は彼女に恋をした。


 無口でおとなしかった僕は告白するなんて、とんでもなくて、ただ彼女を見守ることしかできなかった。

 修学旅行で泊まった旅館でのこと。

「啓介は?」

 突然話を振られて焦った。

 クラスの男子が集まって、どの女子が一番人気なのか順位をつけようということになった。みんな、それぞれにお気に入りの女子の名前を口にした。そして僕に話が振られたのだ。

「坂下かな…」

「へー、坂下ねぇ…。まあまあだけどな」

 そう。彼女はまあまあなのだ。だから、みんな、一番には名前を挙げない。だけど、僕の中では断トツの一番だった。彼女はそれほど目立ちはしなかったけれど、明るくて、それでいて落ち着いた雰囲気があった。僕はそんな彼女が好きだった。

 一番人気になったのは松井明日香だった。確かに彼女は綺麗だったし、女子バスケットボール部のエースで成績も優秀だった。そして、坂下圭子の名前を出したのは僕だけだった。


 翌日のグループ行動。僕は彼女と同じグループだった。それが何よりも嬉しかった。同じグループだからと言って、特に親しく話をするわけでもなかったのだけれど、一緒に居られるだけで満足だった。思い起こせばこの日、僕はどこに行って何を見て来たのかほとんど覚えていない。

 昼食を日本蕎麦屋で取ることになった。店に入るときに、他の連中が何やらこそこそ相談しているようだったけれど、メニューの食品サンプルを見ながら彼女が僕に声を掛けて来たので、気にも留めなかった。

「ねえ、啓介君はどれにする?」

「僕はかつ丼セットかな…」

「いいわね。デザートに白玉が付くのね!」

「私も同じのにしようかな…。でも、卵は苦手なんだよな…」

「じゃあ、これは?」

 僕は彼女に天丼セットを勧めてみた。同じようにデザートが付く。

「そうね。セットのお蕎麦も色々選べるのね。私は鴨南蛮傍にしようかしら」

「いいと思うよ」

「啓介君はどのお蕎麦にする?」

「僕はカレー南蛮にする」

「あっ! カレーもいいなぁ…。ねえ、半分ずつにしない?」

「えっ! あ、いいけど」

 席に着くと、この後の予定についてみんなで話し合った。


 食事が終わると、彼女がトイレに行きたいと言った。

「啓介、お前、坂下を待っててやれよ。俺たちは先に出てるから」

「いいけど…」

 僕たちを残して他のみんなは先に店を出た。

「ごめんなさい。お待たせしちゃって」

「ああ、大丈夫だから」

 僕たちが店を出ると、他の連中の姿が見当たらない。

「みんなどこへ行っちゃったんだろう?」

「やられたわね」

「やられたって?」

「ごめんね。昨夜、女子の部屋で好きな人の名前を言い合いっこしてたの。それで、私が啓介君の名前を言ったものだから、私たちを二人っきりにしようとしたんだわ。ごめんね。私のせいで…」

 驚いた。彼女が僕のことを好きだって? 信じられない。夢でも見ているのか? 

「早くみんなを探して合流しよう…」

 彼女の言葉を遮るように僕は口を開いた。意を決して。

「いいけど…。僕はこのままでもいいけど」

「えっ?」

「男子も同じようなことをしてた。僕は坂下さんの名前を言った」

「えっ!」


 それ以来、僕たちは今までより少しだけ話をする時間が増えた。3年になっても同じクラスだった。僕はそれがとても嬉しかったし、彼女も喜んでいた。けれど、今までと同じようなわけにはいかなかった。

 この時期、女子は急に大人の女性に変わっていく。まあまあの彼女も見違えるほど綺麗になった。彼女は次第に男子たちの注目を集め始めた。それでも彼女は変わらず僕と接してくれたのだけれど、僕は彼女ほど大人になり切れなかった。


 高校は別々の学校に進学することになった。僕は彼女に手紙を書いた。

『今迄みたいに会えないから、せめて手紙を書いてもいい?』

 彼女からすぐに返事が来た。

『もちろんよ。これからもよろしくお願いします』

 僕は有頂天だった。それから月に一度は手紙を書いた。彼女もすぐに返事を書いてくれた。そんなやり取りが2年ほど続いた。そんな時、受け取った彼女からの手紙にはこう書かれていた。

『ごめんなさい。もう会えない…』

 僕は居ても立ってもいられずに彼女の家に電話を掛けた。

「もう会えないって?」

 答えは解かっていた。

「ごめんなさい。付き合っている人が居るの」

 予想通りの返事。

「そっか…。よかったね」

 それだけ言うと、僕は電話を切った。


 窓の外には桜の木。僕の涙を覆い隠すように花びらを散らせてくれている。

 初めて彼女に出会ったときもこんな風に桜の花びらが舞っていた。あの時はときめく僕の心の音を鎮めるように包み込んでくれた桜の花びらが、今度は僕の傷ついた心を癒してくれている。





初恋に

ときめく心

舞う桜

いつか来る日の

別れにも似て




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― 新着の感想 ―
[良い点] 胸がキュッとなるようなとても良いお話でした
2019/02/25 22:31 退会済み
管理
[一言] 物語に起伏があって面白かったです。 これ以上ないシチュエーションにも尻込みしてしまう男子の心境、わかるなー(笑) とても好みで楽しませていただきました。 ありがとうございました!
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