第一話
「はぁ………」
溜息を吐くのはこれで何回目だろう。
放課後、私は教室の自分の席で、水色の半透明なウィンドウに映る《抽選結果:落選》の文字を見ていた。これはサービス開始が来週に迫った世界初となる完全没入型VRMMOのゲームソフト『Never Dream Online』(通称NDO)の予約抽選の結果通知である。
結果は見ての通り落選。サービス開始は来週の金曜なのだが、ダウンロード版の販売開始はさらにそれから4日経った火曜日。たかが4日と思うかもしれないが、4日もあれば色々と情報も出てきてしまうだろうから、自分で新しいことを探す楽しみも半減してしまうかもしれない。
「まぁ、今更思っても仕方ないんだけどね」
私は一人、自然と小声で呟き、席を立つ。部活は今日は休みの連絡をもらっているため帰路につく。
夕飯どうしよっかなーって昨日のカレーが冷蔵庫にまだあったか。
高校から徒歩三分ほどの距離にあるマンション。ここで私は一人暮らしをしている。高校で一人暮らしは珍しいかもしれないが、これには少し理由がある。
いや、自宅にめちゃくちゃ近い私立と、自宅からはめっちゃ遠いけどレベルの高い進学校を併願したら運良く両方合格できたからレベルの高い方に来たというだけなんだけど。
ちなみに夏休みに帰省するつもりはない。いやだって一人暮らしの楽しさ知っちゃったらさ、そんな時間かけて帰ろうとか思わないじゃん? 来週から始まる夏休み、心ゆくまで一人で楽しむんだ……!!
そんなことを考えていたらもう家に着いた。徒歩三分の距離近すぎ! っと……郵便受けになんか入ってるね。
「んー、不在連絡票? お母さんがなんか送ってくれたのかな」
とりあえず荷物を置き、ネットで再配達日を指定する。
「あっ、今日でも大丈夫じゃん。早く帰ってきてよかったー」
これで今日の夕方五時以降に来てくれる筈だ。
そして早めに夕飯を取り、食べ終えて食器を洗っている頃、ピンポーーン とチャイムが鳴った。どうやら宅配便が来てくれたようだ。
「ありがとうございます」
私は荷物を受け取ると差出人を確認しつつ開封する。
「えっと……あれ? 誰だろ」
差出人の名前を見てもピンとこなかった。しかし中を開け、すぐに知る。
「えっ!? これNDOじゃない!? 一体なんで……ってもしかしてこの間のスーパーの懸賞?」
たまたまスーパーで1000円以上お買い物をすると応募券をもらえる懸賞をやっていた。普段は面倒だからとスルーするのだが、B賞の景品がNDOであったため、一応と思い応募していた。
「こういう懸賞って当たることあるんだ……」
いや、当たる人はいるとは思うけど、自分に当たるとか普通思わなくない? というか懸賞に当たったのとかの初めてだし……。
そして暫く思考がズレていったが、冷静に状況を整理してから、頭から布団を被り叫ぶ。
「やったあああああああああぁ!!」
超絶嬉しい。高校入学して一番嬉しいことかもしれない。いやまだ入学から4ヶ月経ってないけど。
幸い今日は金曜日。さっさと今週の宿題と来週出されるであろう宿題を終わらせ……量多いっ!
0時過ぎにやっと終わった。早速パッケージを開けていく。
なんでかって? NDOはサービス開始前でもキャラメイクだけはできるからね! 今日中に作っちゃう。来週まで遊べないけど、今は一刻も早くこのゲームを体感したい!
ちなみにVRゲームのハードであるFUTURO(通称フツロ)はVRMMOを買うと決めた時点で買っており、初期設定だけは済ませてあるが、まだ一切ゲームをしていない状態だ。
とりあえずNDOの説明書を軽く流し読み、FUTUROをさっさと頭に被り、布団に横になって電源を入れる。ホームページでは『ダイブイン』と言っていたが、『ログイン』の方が分かりやすいし語呂もいいと思うのは私だけだろうか。
電源を入れると意識が一瞬遠退く感覚があり、その後意識がはっきりしてくると視界が広がっていき、周りが真っ白になると変化は止まった。
今、私はたしかに目を開けている。“起きている”という自覚がある。でも周りの感覚が違った。
さっきまで布団の上に横になっていたのに、背中から感じるのは床の少し硬い質感。布団のすぐ横には壁があるのに、いくら手を伸ばしてもぶつからない。
「話には聞いてたけど……凄い……!!」
あまりの“現実感”に興奮が止まらない。すぐに起き上がって周りを見渡すと一人の女の子がこちらに歩いてきて口を開く。
「こんにちは! 私がキャラメイクと初期案内を担当させて頂きます!」
「あの……え、えっと?」
「キャラメイクのためにきた、ということでよろしいですか?」
「えっ、あの、はい。そうです。よろしいです」
やばい、AI相手なのに私なんか凄いキョドっちゃってない? リアルで殆ど話さないことの弊害がこんなところにあるとは……恐ろしや。
「それではキャラメイクについて説明していきますね」
「あ、はい。お願いします」
「まず初めに、年齢、誕生日、リアルネーム、キャラクターネーム、を入力して頂きます。キャラクターネームは普段から頭上に表示される名前で、同名のプレイヤーがいる場合は設定できません。リアルネームは犯罪等、予期せぬことが起こった場合の保護、保障、補填の為にのみ使われます。もちろん、年齢、誕生日、リアルネームは非公開ですのでご安心下さい」
FUTUROのゲームでリアルネームが必要になるのは有名な話だね。賛否両論だけど、なんかあった時のためって言われると仕方ないかな。
「えっと、年齢は16、誕生日は6月30日で、リアルネームが葉山詩穂。キャラクターネーム……うーん、じゃあ“スイ”でいいかな」
「キャラクターネーム検索中————被りはありません。以上の設定でよろしいですか?」
「えっと、はい。大丈夫です」
「登録が完了しました。次に初期スキルを選択して頂きます」
ピコン! という効果音とともに新たなウィンドウが開かれた。
「そちらのウィンドウで初期スキルとして取得できる全300種類のスキルがご覧いただけますので、その中から10個選択してください。ここで選んだスキルによって初期ジョブが自動的に決定いたします。
また、ジョブは装備中のアクティブスキルによって決まります。今後、ジョブを変えたくなったら装備中のスキルを外すか変えるかしてみてください。その都度ジョブが更新されます」
「えっと、ジョブが変わると具体的になにが変わるんですか?」
「ジョブによってステータスや特定の行動に補正がかかったり、あとは受注可能なクエストが変わったりしますね」
ステータス補正にクエストの変動……かなり重要そうだね。
「それじゃあクエストを受注した後にジョブが変わったらどうなるんですか?」
「クエスト中はジョブが変わりません。クエスト中にアクティブスキルを変更しようとしても、一部のスキルはロックが掛かって外せなくなっています。スキルを取得できる行動をした場合でも、スキル獲得はクエストクリア後になります」
え、結構きつい縛りっぽくない? すぐにクリアできないクエストは受けないほうがいいかもね。
まあ、おいおい考えるとして、とりあえずスキルを10種類選ぶんだよね。よし、ちゃっちゃと決めちゃおう。
~1時間後~
「よし、決まった!」
「おっ、そちらで確定でよろしいですか?」
「あ、はい。よろしいです」
ってもう1時間経ってるの!? いやー悩んだねぇ。
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○戦闘
【演奏】【テイム】【光魔法】【水魔法】【催眠術】
○生産
【——】
○その他
【隠蔽】【鑑定】【気配察知】【採取】【魅了】
=============
ふふっ、これぞ完璧なテイマー的スキル! テイムするのに使えそうなスキルと、テイムした子に前衛を頑張ってもらうから後衛で援護するためのスキル。このスキル構成ならテイマーになれる筈! ………と思ったんだけどなあ。
「ジョブ検索中ーーーーあなたの初期ジョブは白魔導士になりました」
なぜ!? と一瞬思ったけど。そっか、魔法入ったら魔導士か。『魔法を使えるテイマー』より『テイムもできる魔導士』の方が優先されるのかもね。
「次は初期ステータスポイントの割り振りに移ります」
するとまた、ピコン! という効果音とともに新たなウィンドウが現れる。
「初期SP25ptを割り振ってください。割り振り可能なステータスはSTR,VIT,INT,MIND,AGI,DEXの6種類があり、このゲームではレベルアップの度に手に入るSPをこれらに割り振ることによって強くなります」
ちなみにSTRは力、VITはタフさ、INTは魔法攻撃に影響して、MINDが状態異常耐性、AGIが俊敏でDEXが器用さって感じらしい。かっこホームページ調べかっこ閉じ。
「HPとかMPはないんですか?」
「割り振れないだけでHPとMPは存在し、確認も可能です。HPはSTRとVIT、MPはINTとMINDによって独自の計算式により算出されます」
うーん、後衛だし魔法攻撃で近づいてくる前に倒せばいいよね。でも移動遅いのはストレスになりそうだからNG。ってことでこんな感じでいいかな。
INT:1pt → 14pt
AGI:1pt → 13pt
「こちらでよろしいですか? ----はい。最後にあなたの外見を決めていただきます」
凄い。足元からスーっと鏡が出てきた。
「そちらにはあなた自身の姿を基にしたアバターが映っていると思います。変更したい部分を意識するとその部分のエディット画面に移ります。なお性別は変えられません」
おお、ほんとだ。なんかめちゃくちゃ細かく設定できるんだけど。まつ毛の長さをミリ単位で調整できるとか誰得っていう。とりあえずリアルばれのない程度にあらゆるところを少しずつ変えればいいかな……」
~30分後~
「うーん、もう少し目に影が欲しいかな。あと髪のグラデーションが少し不自然かな……」
~さらに30分後~
「うーん、なんか違う! ーーーーーーーーー」
~そして、それから1時間後~
「んーこんな感じでいいかな」
そうして鏡で完成形を確認してうなずいた。
一言で言って可愛い。薄い黄緑の髪色と黄色い瞳がいい感じなんじゃないかな? ちょっと長めの後ろ髪をシュシュでまとめたのも私的にかなりきてる。まあ元が私の顔だから完璧とは言い難いけどね。……でもこれリアルの私とイメージ真逆だなぁ。リアルの友達とは絶対にできないね。……私、友達いないけど。
「可愛くていいと思いますよ。こちらでよろしいですか?」
「えっと、はい。お願いします」
「はい。確定しました。以上でキャラメイクを終了します。現在のステータスや持ち物はメニューを開けばご覧いただけます。また、オンラインサービス開始は1週間後です」
これで今できることは終わりみたいだね。メニューで内容を確認できるんだよね。……どうすればメニュー開けるのかな。うーん、とりあえず心で唱えてみようかな? メニューでろでろーー……おっ、出てきた。
上からアイテム、キャラ、コンフィグ、ダイブアウトの4項目……あと右上に今の時間が表示されてるのか。今の時間は………午前3時!? もう作り始めてから3時間以上経ってるの!? これはまずいね。明日は土曜日、プラスチックゴミの回収日だ。週に一度のこの日を逃したら次は来週だよ? ……うん。今から急いで寝れば7時には起きられる。8時には回収車が来ちゃうからかなり忙しいけど、一応大丈夫そう……かな。とりあえずダイブアウトしようか。
布団の上で意識が目覚めた。
「うん。人類の可能性を感じたよ……」
一人、何となく呟いてみる。そして一息ついてから周りの状況を確認し、ゆっくりしてられなかったことに気づく。
「まだシャワー浴びてない! って炊飯器もセットしてないよね!? あっ! 洗濯物も畳んでない!」
この日、結局寝たのは午前4時前で。翌朝は当たり前のように寝坊し、ゴミ出しには間に合わなかった。
教訓。早寝早起きは大事。
これで私は一つ賢くなった。……16歳にしてこんな大切なことに気づくとか私、実は天才なんじゃない?
そんなことを考えても出せなかったゴミが無くなるわけではない。ふと冷静になり、一人虚しさを感じた。
作者の別作品『後輩と一緒にVRMMO!〜弓使いとして精一杯楽しむわ〜』と同じ世界線です。
あくまで、上記作品の息抜きとして投稿していくので、不定期更新になります。ご了承下さい。