第9話 パイロット 万年筆 フォルカン
万年筆はペン先が命。私は「HF」。銀色の君は「MS」。そして老紳士は「細軟」。標準的な万年筆のペン先としては太い順にB(太字)、M(中字)、F(細字)、EF(極細)となる。この他にMF(中細)やZ(ズーム、筆記角度により細字から太字まで自在に書ける)、MS(ミュージック、本来は楽譜用)とある。同じFでも国産の万年筆のほうが外国産と比べると細い。これはアルファベットと漢字、いずれを書くのが細かいのかと考えれば容易に理解できるだろう。国産では、私や銀色の君のセーラー、老紳士のプラチナ、さらにパイロットが主要メーカーとなる。この3社で比べてもMSの場合、セーラーのみがスリット1本、他2社はスリット2本と異なる。メーカーも多く、さらに同じペン先でも異なる書き味。万年筆のコレクターがいるというのもうなずける。
主人も最近、そんな沼に足を踏み込んでしまったのかもしれない。新たなメンバーが加入してきたのだ。国内主要メーカーで唯一いなかったパイロットからカスタムヘリテイジ912が参戦してきた。外観は銀色の君と同様、黒いボディに銀色のクリップやペン先。ただし、銀色の君が上下とも丸みを帯びているのに対してスパッと切られたように平らになっている。彼のペン先は「FA」。
「ワタシ、FAと書いてフォルカン言う。英語で書くとfalchion、意味としては偃月刀ある」
彼にはiroshizuku「霧雨」が入れられた。我々セーラーのコンバーターはその端部をクルクルと回し、中のパッキンが移動させてインクを吸入する。一方で偃月刀はコンバーターのおしりの部分がボタンになっており、これを押して吸引する構造であった。押すこと数回、インクが8割方吸入されたところで早速ペン先を紙に載せる。すると怖いようにペン先がしなった。FAのペン先で特徴的なのは中程にある左右の切り欠き。半円状に左右が抜けているのだ。これによりペン先が開きやすくなっている。そのため、少し力を加えただけでペン先がしなり、スリットが開く。結果として文字を書くと力の加減やペン先の向きによって線の太さに変化が生じ、独特な文字が綴られていくのだ。ネットではその独特な軌跡を紹介する動画がアップされている。さすがにあのような使い方をしてはペン先がすぐに傷んでしまうだろうと思う。その筋の人がやるには問題ないのだろうか...。
ペン先は万年筆それぞれのもの。興味はインクに移る。今回彼に入れられたのはiroshizuku「霧雨」。瓶に入っている状態では黒に見えた。ただし、少し赤みがかっている。確かに紙面を見るとグレーなのだが、セピア色のような雰囲気が醸し出されている。そもそも、これらiroshizukuは彼同様、パイロットが生産している。「夕暮れ」や「山栗」はイメージに色がある。「夕暮れ」は赤いだろうし、「山栗」は茶色だろうと。一方でこの「霧雨」、同じグレー系の「冬将軍」はどのくらいの人が色をイメージできるのだろうか。このiroshizukuの開発者のセンスが十全に発揮された結果なのだろう。
ここに至り、「ゴッホコバルト」の私、「山栗」の銀色の君、カートリッジインク(赤)の老紳士、そして「霧雨」の偃月刀と役者がそろった。このほか、パイロットのフリクションボールスリム(赤)、北星鉛筆の大人の鉛筆(黒と赤)、ゼブラのマッキー(赤と青)、パイロットの蛍光ペン(黄)、カッターが主人お手製のネオクリッツ風筆入れに入れられている。
さぁ、今日も職場へ向かおう!