第8話 万年筆 PLATIUM 18K<細軟>
本日は私のインク入替え。iroshizuku「夕焼け」が気に入っていた私は少し残念だったが、そこは主人のチョイス、品のない色にはならないだろうと期待を持ちながら洗浄を受けていた。久しぶりにペン先もとっての大掃除。その後、インクが取り出される。その箱にはどこかで見たようなタッチの絵がある。え~っと、なんだったかしらと考えることしばし、ようやく「フィンセント・ファン・ゴッホ」だと思い出す。その箱から出されたのは上から見ると丸い瓶。デザイン性を感じさせるiroshizukuより角が落ちる感じ。いやいや瓶はあくまでインクを入れるものであり、勝負はインク。ふたが開けられ、ペン先がインクに浸される。コンバーターをクルクルと回すことで、インクが私の体内へ取り込まれていく。ペン先に光るインクは青。「ゴッホコバルト」と名付けられたそれは2014年に国立新美術館で行われた「チューリヒ美術館展」で来日した「サント=マリーの白い小屋 」の空をモチーフに作られたらしい。ペン先を拭われ、早速ペン先が紙上をなでる。すると群青よりは青、透明感がある。透明感があるのは細い私の筆跡ですら生じるグラデーションからだろう。まさに「サント=マリーの白い小屋 」の空のようなグラデーションが紙面に再現されていた。
iroshizuku「夕焼け」から「ゴッホコバルト」に入れ替えられた私、iroshizuku「山栗」の銀色の君。赤系はフリクションボールスリムが一手に担うこととなった。
しかし、その状況は長く続かなかった。人の書類を添削するときはともかく、主人自らの校正の際、テンションを維持できなかったのが原因なのだろう。しばらくすると新人、というには老成した万年筆が加入してきた。
「お初にお目にかかる。吾輩はPLATINUM 18K。ペン種は『細軟』なり」
年齢は私よりも上であろうことは確か。ペン種の記載が漢字だというのは現行商品にはないだろう。最近はいずれの万年筆にもコンバーターを付けるのが主人のセオリーだったが、老紳士にはカートリッジの赤が差し込まれた。脇には大量のインク。そういえば主人の職場の机にはプラチナのカートリッジインクが入っていた。その時は「あぁ、インクのストックか」と思ったが、そもそも老紳士が加入するまで、プラチナの万年筆はいなかった。
「早速、出立のようですな」
確かに書類の校正が始まるらしい。老紳士の首軸は赤。金色のペン先が紙面を進む。と、主人は考え込む。その間には当然、キャップが締められる。このキャップは私や銀色の君と異なり、ネジが切ってないため、差し込むだけと簡便だ。確かに考えながら書き込む校正にあたってはネジ式キャップの我々よりも理に適っているのかもしれない。「細軟」の表記どおり、力が入る部分ではペン先が逃げる。文字が暴れるような印象。まだ、そのペン先の特徴をつかみきれていないのだろう。
「さてさて、リサイクルショップから招聘された第二の人生、老骨に鞭打ってお仕えいたすか」
そう言った姿は我々も見習わなければと感じさせるのに十分だった。