第6話 パイロット フリクションボールスリム(赤)
主人の同僚の書類に対しても筆入れする機会が増えてきた。従前どおりあっさりとした書類は、私が対応している。一方で込み入った文書では、何度も直そうとすると、いくら細い私の筆跡であっても裏抜けしてしまう。昨今は経費削減なのか、資源の有効活用なのか両面印刷される書類も多い。こうなると私も出場の機会を切望しづらい。
そのなかで利用されるようになったのが、消せるボールペンだ。主人ははじめ、フリクションボール3を招聘した。これは0.38mmのボールペン3色、赤、黒、青が利用できる。ところが、芯を1本使い切ったところで気づいたのだ。赤しか減らないと。フリクションは添削でしか利用されず、添削に利用するのは赤のみ。主人は黒よりもブルーブラックを、ないと青を重用する。そのため、青は一時利用していたが、そのうち利用頻度が落ちていった。
「私の活躍の場が減ってしまったわ」
「その点では申し開きのしようもありません。まだまだ若輩の身、主人に仕えるにあたっての心構えなど、色々ご教示ください」
「とはいえ、あなたも赤以外は活躍の場をいただけないようね」
「えぇ。添削では赤しか出る幕がありません。はじめはボールペンが消えるという現象自体を楽しまれていたようです。今となっては、主人自ら文章を創作される際にはあなたや銀色の君が利用されています。『万年筆で書く』ということ自体が気分を高揚されるのではないでしょうか」
なかなか鋭い指摘だと思った。彼になら添削という舞台を任せられると思う程度には。
ところが、彼は突如として去ってしまった。出先で筆入れから仕事に向かった後、戻ってこなかったのだ。続いて招聘されたのは赤単色のフリクションボールスリム。フリクションボール3と同じ替え芯が1本入っている。同じフリクションシリーズから選定されたあたり、主人の彼に向けていた信頼が垣間見える。彼女の私へのあいさつから、前任だった彼の最後を推測できた。
「添削担当に抜擢されたフリクションボールスリムで~す。お姉様、よろしくお願いしま~す」
「(大丈夫なのだろうか、この子)よ、よろしくね。何か付けているのね?」
「そうなんですよぉ。ノック部分に穴が開いているんですけど、アクセサリーみたいじゃないですかぁ。前任だったフリクションボール3さんは使役している方が多かったみみたいで、まぎれてしまったのかもしれませんね。だから、私にみんなと区別がつくようにって付けてくれたんですよぉ」
そういう彼女のノック部分を見ると、リングが通され、そこには確かにアクセサリーのようなものが揺れていた。ただし彼女のそのアクセサリーに文字が書いてあるため、幼い子が付ける名札のように思えてならない。その口調がそれを後押ししているのは確かだ。
「・・・それはうらやましいわね。私には通すところもないし、に、似合ってるわよ(お子様には・・・)」
「ありがと~ございますぅ。何かあれば言ってくださいねぇ」
この子に添削を任せて大丈夫なのだろうか。そう心の中で繰り返しつつも、主人が見繕ってきたのだから問題ないだろうと言い聞かせているうちに夜は更けて行った。