第4話 iroshizuku【山栗】【夕焼け】【??】
これまで文章や相関図を書く際、私のブルーブラック一色だった。銀色の君が来てからは主な立ち回りは彼の役割となり、私は彼の手助けや主人がプリンタから打ち出した文章を添削する立場となった。私のペン先の側面には「F」と打刻されている。一方、彼の側面には「MS」との打刻がある。彼が紙面を走り抜けると、その向きによって線の太さが変わる。
「MSとはミュージックを表し、縦では太く、横では細く書けるため、楽譜を書くのに用いられていたようです。」
まだ新参者の万年筆ではあったが、主人は分け隔てなく、筆入れに彼を通し、筆入れの住人たちもまた、迎え入れた。そのためか、彼は丁寧な口調でみなへ自己紹介をするのであった。主人が彼に注いだ【山栗】で彼がペン先を走らせると、線の太さのほか、色の濃淡によるグラデーションが生まれる。これまでは決まった幅の線だけが紙面を彩っていたが、線幅という異なるテンポが加わり、華やかな雰囲気となった。
銀色の君が来てから、もう一つ変化があった。これまでA6サイズのMDノートが主人の常用であったが、これがルーズリーフになった。利用するのは決まってコクヨのキャンパス方眼タイプ。授業の板書には複合ペンや蛍光ペンを用いる。この場合はルーズリーフを両面利用するが、銀色の君の活躍の場は片面のみだ。私がペン先を滑らした際には裏抜けすることは少ないが、銀色の君の軌線が曲がる部分では多くの場合、裏抜けしていた。幅の広いペン先へ送り出されるインクフローが潤沢なのが理由であろう。私と銀色の君では同じコンバーターが差し込まれている。利用頻度もあるだろうが、銀色の君がインクの吸入を受ける頻度は私の倍以上だ。そのため、机にならべられたインク瓶では【山栗】の減りが早い。
主人が銀色の君の軌跡に目を通し、気になった部分にチェックや校正を入れるのが私の仕事だ。私には銀色の君が我がメンバーへ迎え入れられた際、iroshizuku【夕焼け】が吸入された。インク瓶で見た美しさは、自分の軌跡を見て、改めて再認識された。銀色の君ほどではないが、ペン先の緩急により、私の軌跡にも濃淡がつく。薄いとオレンジ、濃いと赤に見える軌跡。私自身、その美しさに魅了されながら自分の務めに勤しむのであった。特に銀色の君の軌跡への加筆は私のお気に入りとなった。セピア色の彼の軌跡は例えるなら樹木の幹から枝のよう。そこへ私がペン先を走らせると花が咲き乱れ、結実したようにも感じた。銀色の君もまんざらでもない様子で私の軌跡を目で追い、紙面が彩られる様子に感嘆するのであった。
その夜、私もそろそろ眠りにつこうかと考え始めた時分、銀色の君が声をかけてきた。
「もう主人に仕えて長いのですか?」
「えぇ、もう7年近くになるわね」
「筆入れのメンバーも変わっていますか?」
「主人の成長に合わせて変わっているわ。私が入ったころには既に鉛筆はいなかった。ボールペンで替芯を使うようになったのは複合ペンからだし、蛍光ペンはその時の気分で特に種類が決まっているわけでもない。あぁ、消しゴムは今でこそペンタイプになったけど昔からモノ一筋ね」
「シャープペンシルは昔から複合ペン?」
「いいえ、あなたが来る少し前まで6年以上主人に仕えていたシャープペンシルがいたわ。その後、新たにシャープペンシルが来るのではないかしらとみんなで話していたところへあなたが来たの」
「そうだったのですか・・・
もしかすると、あと1本、メンバーが増える可能性があります。」
「どういうこと?」
「私とコンバーターが2本、それとiroshizukuのうち、【夕焼け】があなたへ、【山栗】が私へ吸入されました。主人はもう1瓶、iroshizukuを迎え入れていました」
「そう・・・
今日はもう遅いわ、もうそろそろ眠りましょう」
主人がiroshizukuをもう1瓶迎え入れていた。銀色の君が言うとおり、もう1本万年筆が加わるのだろうか。それとも私か銀色の君、いずれかのインクが変えられる可能性があるのだろうか。銀色の君へ眠りを促した一方で、そのような考えが頭をめぐり、私が眠りについたのは夜明け近くになってからであった。