第2話 ぺんてる サイドノックシャープペンシル
主人の筆入れには万年筆が1本入っている。その他にはサイドノックのシャープペンシル、1本にボールペンが3種類、シャーペンが入った複合ペン、蛍光ペン、そしてノック式の消しゴムが入っていた。以前は自宅の机のみが活躍の場であった万年筆であったが、キズモノになって以降、筆入れに移され、出先で利用されるようになった。特に主人が大学生になり、机に特定の文房具を置かなくなってからは筆入れが指定席である。ペントレーでともに過ごしたサイドノックのシャープペンシルは筆入れには指定席を確保したが、利用頻度は思わしくない。それは複合ペンの存在による。この複合ペン、主人が大学入学の記念に入ってきた新参者だ。ところが主人はペンを持ち替えずに多色を使い分けられる三菱の複合ペンがお気に入りであり、机にはボールペンの替え芯までストックしてあった。
以前は数学でのみ利用されていた万年筆であったが、最近はその場も複合ペンに奪われてしまった。一方で文章に利用されるようになった。主人は万年筆を利用すると文章を綴るテンションが保てるらしい。ただし漢字が思いつかない、添削するといった理由から下書きを経て本書するという第三者から見ると非効率的とも思える手順を踏んでいた。下書きははじめに書くのも添削するのもブルーブラック一色であるため、非常に見づらい。使ってもらえるのはうれしいと思う反面、別の色で添削した方が見やすいのではないかと考える万年筆であった。
利用頻度の高い複合ペンであるが、唯一のウィークポイントは重いこと。その点ではサイドノックに軍配が上がる。そのため、長く書き続ける際には利用されている。
「最近は出番が少なくて。たまに利用されるときにはヘトヘトになるまで利用されるしさぁ」
「主人が高校時代から利用され続けているのも私とあなただけじゃない。長く主人に仕えられることを誇りに思わなくては」
「まぁ、複合ペンがいるからこそ、筆入れが窮屈じゃないのだから、かえって感謝しないとな」
「そうよ、何事も前向きにね」
他の文房具が寝静まったあと、こうしてヒソヒソ話をするのが昨今の2本のやりとりであった。
この日、はじめは複合ペンを利用していた主人であるが、書き疲れたのかサイドノックが手に取られた。サイドノックに入れてある芯はB。これも万年筆のブルーブラック同様、今まで異なる芯が入れられたことはない。一方で複合ペンにはBだったり、HBだったり、時にはFが入れられ、特に決まっていなかった。複合ペンはサイドノックをうらやましく思っていた。決まった芯を入れてもらえるのが何か「特別」な気持ちがゆえだと考えたのだ。
「サイドノックがいなければ、主人は私にもっと目を向けてもらえるのかしら・・・」
ふと口から紡ぎ出されたその言葉。これを耳にしたのはサイドノックと長く主人に仕えてきた万年筆であった。
「あなたにはあなたの利点があるのよ。最近のサイドノックを見てみなさいな。特殊な機構を持つのはあなたも一緒かもしれないけど、あなたは金属、彼はプラスチック。最近は節々が痛いと漏らすこともあるわ。彼を見て、主人に愛される方法を学んで欲しい。いつまでも筆入れがこのメンバーでいることはないのよ」
口から出てしまった独り言を聞かれてしまい、顔を赤らめた一方で、先輩文房具からの助言を胸に気持ちを新たにするのであった。
こんなことがあったのよ、と万年筆はサイドノックへ伝えた。サイドノックは何も言わずに黙っていた。周りの文房具はすでに寝静まっており、そのような中、万年筆がかけた言葉に対して無言を貫くサイドノックは珍しい。何かあったのかといぶかしく思い、目線をそらさない万年筆。するとサイドノックは白状するように言葉を紡いでいった。
「さすがに長いこと主人に仕えているだけのことはあるな。おそらく僕はもうそれほど長くないだろう。頼れる後輩もできた。しかもお前もいる。何も思い残すことはないよ」
それを聞いた万年筆は声をかけられず、肩を寄せ合いながらゆとりのある筆入れの中、眠りについた。