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主人の筆入れ  作者: 鬚爺
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第1話 1本目の万年筆 セーラー プロフィット F

初めての万年筆は高校合格の記念にやってきた。それまで筆記用具といえばシャープペンシルが主で、加えて赤のボールペン、蛍光ペン、消しゴムが筆入れを我が物顔で幅をきかせていた。主人は万年筆を持ち歩きたがったが、黒い鏡面仕上げのボディに傷が付くのを恐れ、専ら自宅の机の上が活躍の場となった。


主人は万年筆を数学以外の勉強では利用しなかった。万年筆は主人の得意科目で利用されることを誇りに感じていた。一方で普通科に通う主人の勉強は当然のことながら5教科全てに及ぶため、利用される時間は限られ、より長い時間を共有するシャープペンシルをうらやましい目で見るのであった。

それでも万年筆とこのシャープペンシルはお互いを認め合う仲だ。この2本に加え、モノ消しゴムは机の上にあるペントレーに自分の居場所を確保していた。モノ消しゴムは代替わりしていくので、自ずとペントレーの主はこの2本であった。主人が自宅で筆入れにあるシャープペンシルを使うことはない。必ずペントレーからこのぺんてるのサイドノックシャープペンシルを手に取った。お互い、相方が出勤する際には「インク詰まりをおこすなよ」とか「芯が折れないよう気をつけてね」などと声を掛け合うのが常であった。帰ってくるまで無事にやり遂げた際には胸を張って、失敗してしまったときには少し照れながらペントレーに帰ってくる。今日は2本とも利用され、お互い失敗することなく仕事を終えていた。そのような日にはいつもより話が弾むのであった。

「いつもより長かったんじゃないのか?」

「今日の微分積分は、主人の不得意分野なのよ。キャップをして悩んでいた時間が長かったでしょう。数学でも参加してたじゃない」

「あぁ、数学でもグラフを描くのには僕がいいみたいだ」

「私も助かるわ。ペン先を定規に充てられるのはいやだもの」


明くる日。数式を書いていると、文字がかすれてきた。シャープペンシルは遠くで腹の音が聞こえていたが、黒い肌を赤らめていたため、目をそらせていた。主人もそれに気づいたようだ。インクを交換する。インクはメーカー指定のブルーブラックのみ。他の色が入れられたことはない。この日はシャープペンシルも芯がなくなってしまい、こちらはBを入れられ、いつもより短めの仕事が終わった。

「いつもより短くなかったか?」

「えぇ、心なしか温かかったし、体調でも悪いのかしら?」

「温かかった?そうだったかなぁ?」

「あなたと違ってインクは温度変化に敏感なのよ」

「ふーん、そんなものか。こじらせないといいけどな」


万年筆が心配したとおり、主人は風邪を引いてしまっていた。それでも週明けのテストに向け、少しでも勉強しておこうと机に向かっていたのだ。

翌日も温かい主人の手に収まりながら、数式を書き連ねる万年筆。今日は微分積分にもかかわらず、スムーズに筆が進んでいる。シャープペンシルは「今日は調子がいいみたいだな」とつぶやいた。ところが次の瞬間「カラン」という音ともに何かが落ちた。主人も気づいたようで手を机の下に伸ばす。悲しげなのは万年筆。すでに何かを悟っているようだ。落胆した顔をする主人。そう、落としたのは万年筆のキャップ、しかも縁が欠けてしまっていた。


万年筆は自分がキズモノになってしまったことで主人の愛情が遠のくのを恐れた。それを表すかのように主人はしばらく万年筆をペントレーの上から持ち上げなかった。


テストが終わった週末。万年筆は、主人の心はすでに離れてしまったと気を落としていた。午後に机に戻ってきた主人はペントレーから万年筆とシャープペンシル、モノ消しゴムを机の中に移動させた。

「やっぱり、キズモノになった私を主人は見捨てたんだわ・・・」

「そんなことないっ! それなら僕やモノまで一緒な訳ないだろう?」

シャープペンシルは半分本音、半分期待を胸に万年筆へ声をかけた。

ガタゴトという音がする。ウゥーと唸るのは掃除機か。様々な音がするなか、真っ暗な引出のなか、肩を寄せ合い万年筆とシャープペンシルは不安な時間を過ごした。


引出に光がさし込む。主人の手はシャープペンシルとモノ消しゴムに伸び、1本とひとつをすくい上げていった。そのときの万年筆の悲痛な様子をシャープペンシルは心に焼き付けておこうと考えた。シャープペンシルらをペントレーに載せた主人の手は再び引出の中へ。そこから出てきたのは万年筆であった。ペントレーへ向かう万年筆が見たものは机の下に敷かれたカーペット。万年筆は主人の配慮に感謝し、引き続き主人とともに歩んでいくことを心に誓った。


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