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第二話 『女兼い、女兼い、女子き、嫌いだ』

魔法が当たり前となってしまった時代。

 魔法がまるで変わりない日常の一部となってしまった世界。


 ――それはきっと俺にはとてもとても生き辛い世の中だろう。


「そこまで」

 気が付くと俺は地面に倒れている。

 知っていたさ、気が付かなくても未来は変わらない。

こんなことは誰もが予想してたし、俺ですらもこうなると思っていた。


「痛ったぁぁ」

 ズキズキと痛みを訴える全身。

 まぁ死ぬことは無い痛みだが、何度も何度も受けて来た。痛いと言うことは俺自身がまだ生きているという証。

 痛みはまだ自分が人間であると言うことを証明してくれる、人智や限界を教えてくれる大切な摂理だと師匠は昔俺に教えてくれたが俺は痛みなんて大切だとは思わない。


 自分は自分の関与していない所で自らの身体に勝手に限界を定めている、こうであってほしいという願いもも何もかもをも頭ごなしに否定される。

 痛みは人間であると証明してくれる。でもこの身の上はそもそも『真っ当な人間』としては扱っては貰えない、だからいっそのこと俺は痛みを捨てて化け物にでもなりたかった。

 

 どうやら現実はそうなる兆し一つも全く見えないようだ。 

 慣れた、慣れた、痛くない、痛くないと言い聞かせて来た。覚悟を持って散々受けて来た、筈だった。心に隙を見せた瞬間に奴らは全てが全てを書き換え、いとも簡単に心変わりを起こさせる。

 例え下位魔法でも、護身用魔法でもこれだけは変わりない。


 少なくとも俺は絶対に痛みになんて慣れることは無いだろう。

 慣れた筈なのに……。



「エドラル、またお前負けちまったのか、筆記は高得点でも実技は零点文官は辛いねー」

 何の疑問もなく差し伸べられた手を握り俺は立ち上がる、冬のやけに冷たい地べたに堕とされた最悪の底辺にも手を差し伸べる可笑しな奴である親友の手を取り。

「約束、忘れんなよ」

 この学校の数少ない俺の理解者であるジークは置き上がり際で俺にそっと耳打ちする。


「貴方ふざけているの?」

 対戦相手であるアストレアお嬢様は今日も今日とて機嫌が悪く、いつも通りに俺に厳しい。まっ、彼女が怒る理由は真っ当で正しいと思う。

 こんな俺なんかが此処にいるのに腹を立てるのも理解できる。

 先程の魔法での痛み以外にも体の内がズキズキと痛む。


「いやはや~、お嬢様が強すぎるだけですよ」

 ハハハ、と心無い事を言って笑って見せる。

「そう? 私は貴方がこの実技を手を抜いてサボっているようにしか見えなかったのだけど……」

「例え護身魔法でも女性に向かって撃つのは気が引けるな~、これ結構痛いんだよ、一瞬頭が真っ白になる位に感電って痛いんだよ」

「まっ、そうエドラルを責めてやんなよ。アストレアお嬢様とやったら大抵の奴は今みたいに瞬殺だからな、それになもっと素直になった方が可愛げがあるぜ」

 見かねたジークが俺を助けるためにお嬢様へのご機嫌伺いを代わりに取っておいてくれる。

 ほんと此奴はいい奴だよ。


「瞬殺は当たり前よ」

 美しい銀髪を靡かせて自慢気に胸を張るアストレアお嬢様。

 多分彼女を見る目には一種の憧れ以上のものが入っていると思う。決してそうは成れないから、そんな自信なんてものは一生持てないだろうから、俺は自分に自信を持てるお嬢様の事が好きだ。



 恋愛的な意味ではない……。と思う。

 でもね、彼奴と違ってね、お嬢様とても素晴らしいものをお持ちなんですよ、ツルでペタな彼奴と違って、彼女の名誉の為に何がとは言わんが。

 それで顔も結構好み、性格がもうちょっと良ければ危なかった。


 こんな全身棘ばかりのある意味触れる者全てを傷付けちゃいそうな性格じゃねぇ……。


「対魔陣も、陣破壊、身体強化の回避行動も取ろうとすらしないことに、私はふざけているのと聞いているのよ」

 そうだろうな。

 魔法戦闘で先手を取られた場合は魔方陣を張って防御に入るか、敵の陣を破壊するブレイクスペルを狙うか、自身の身体を一時的に強化して迫り来る攻撃を躱すか、これが魔導戦で後手の取らねばならない行動だ。

 お嬢様が怒ることは無理もない。

 ただただ、俺はこの三つの選択肢を取らずに素でお嬢様の攻撃を躱そうとしたのだがね……。勿論、見立て通りに自身よりも高速で動く雷系の魔法は回避できなかった。


「私を怒らせたのなら貴方の目的は無事達成されたわ」

 お嬢様の掌に顕現する電気が迸る魔方陣。

 初級魔法だが迸る雷光が威力を物語っている、全然可愛らしい威力ではないことは誰の眼にも明らかだ。


「【雷撃】」

「【武装コード・対魔陣】」

 ほぼゼロ距離から放たれるお嬢様の一撃をジークは冷汗をだらだら垂らしながら魔方陣を張って防御する。

 流石ジーク君です。


「やーい、弱い者いじめかっこ悪い~」

「ちょまて、煽るな、これ以上お嬢様を怒らせたら……」

 うぁぁぁぁぁ、あの蔑みしかない眼、何人かやったかのような冷ややかな眼差し。如何やら如何やらお嬢様はかなりご乱心のご様子。

 俺の事そんなに嫌い?


「ジーク、邪魔するなら貴方にも容赦しないわ」

 ニコッと冷たい視線で威圧するお嬢様、でも俺は信じてるよ、ジーク君は俺の事最後まで助けてくれるって。

「あっ、すいません。エドラルを引き渡します」

 エッ……。

 そこには頼り甲斐のあるカッコいい親友の姿など何処にもなかった。


「おいちょっと待てよ、お前」

 展開した魔方陣を消し去り、親友は生贄を差し出すのだ。

「おいそこ、騒がしいぞ」

 やっとのことで此方に気が付き仲裁に入る先生。お前はいつも遅いんだよ、早く発見してくれよ、ほらほら虐めとかも早期発見が大事って言うじゃないか……。


「先生」

 アストレアお嬢様、意味深な笑みを浮かべ何やら教師に近づいていく。

「先程の実技試験、どうも調子が悪くて実力の6%しか発揮できなかったのでもう一度受けることは可能でしょうか……。彼と」

 教師もクラスの皆々も知っている。こうなってしまったアストレアお嬢様は誰にも止めることは出来ないと。

 そして教師はため息交じりに渋々お嬢様の提案を認めるのだ。


 つまり教師までもお嬢様の火の鎮火に俺を生贄に捧げる。

 クルリと俺に向き直り百点満点の笑顔なお嬢様。


「私あなた次第で次も本気が出せないかもね~」

(訳)本気出せ、本気出すまで何度でもやるぞ。

 んな事言われても……。

 俺は十分に全力を尽くしてやった、俺はさっきのですら本気だった。


「隠したって無駄よ、ちゃんと真面目に戦いなさい」

「何かを隠してる気なんて全くないんだけどねぇ」

「嘘ね、私は知る権利があるの、エドラル、本気を出しなさい」

 

「おかしいなぁ、何時も本気でやってるつもりなのに」

 そう言って位置に付く俺。

 ふうっと覚悟を決める俺。

「嘘ね」

 何の根拠か知らないが彼女は俺が手を抜いていると思い込んでいるようだ、そして俺が手を抜いていないと釈明すればするほどにお嬢様は不機嫌になって行っている。

 氷塊の如く冷たく固く不愛想になってしまったお嬢様。

 

 最早詰んでいる。

 お嬢様はきっと俺の言葉なんて聞いてくれない、そして負けても生半可な試合認定。

 このループを崩すには、お嬢様を納得させるには道はただ一つ。いつもは無理だ、でも今回は。この最終局面に立たされた俺なら。

 体中から無性に自身が溢れ出してくる。

 敵は神から全てを与えられたお嬢様、対するは神に見向きもされない最弱の男。

 これは正しく、これは正にだ。

 体がいつもよりも軽く、心は驚くべきことに踊っている。今度こそ、今度こそだ、本で読んだ自分より格上の敵と戦って覚醒する主人公のように俺も……。

 格上の、百戦百敗の絶対に勝てない敵を前に遂に俺は成し遂げるんだ。


 シナリオなら、物語ならきっとそうだ。

 だから俺も……。


「始め」

 振り下ろされる手と共に斬られる戦いの幕。

 魔導の才も、容姿も、実家の財力も、頭脳もそれに胸も……。誰もが羨むモノをすべて持っているお嬢様が定石である雷系魔法の陣を顕現させた。


 今までならここで負けていた。

 でも、今の俺なら……。

 覚悟を決めた俺なら、きっと。親友の様に俺は。


 アストレア・ステラスは魔法を放つ。

 雷が迸る、稲妻が地を薙ぎ払う。


 俺は征く、俺は圧倒的な力を前にしても決して後退などしない、決して、決して。


 諦めない気持ちが奇跡を起こす。

 見向きも去れないなら無理にでも首根っこを掴んで神様とやらに俺を見て貰う。


「【武装コード・対魔陣】」

 痛い、痛い、痛い。

 力は衝撃と痛みに変換されて体中を駆け巡る。


 明後日に行きそうな足をしっかりと地に突き付け体を固定、そしてもう一歩……。

 そこまでは覚えている、そこまでは俺は体に命令を与えておいた。


 あれ?

 視界がおかしい、ああ今何やってるんだっけ。

 なんだか頭がふわふわする、ある意味一種の天国にいる気分。


 今がいつだか、此処がどこだかもう分からない。

 全ては自らの本能が知るのみ。

「俺は死なない、俺は死ねない、俺は……。俺は」

 多分何かを口走っている、でも白と黒しかない世界では声は色を纏うことは無い。


 バーン。

 塗りつぶされた、綿密でしっかりぎっしり敷き詰まった密度の高い一撃。


 ハッ。

 一瞬だけ、思考も視界も全てが現実に引き戻される。


「【雷撃】・【雷撃】・【雷撃】・【雷撃】・【雷撃】」 


 恐ろし気な、怯えたような顔のお嬢様、ただアストレアお嬢様も俺が正気を取り戻したことを知った瞬間に自らも錯乱していたことに気が付いたようだ。

 ああ、現実はいつも残酷。

 どうせなら、俺はまだ彼方に居たかった、彼方に居たままこれを浴びせられたかった。


 お嬢様は誰かと同じ目をした。じじいであり師匠である御方、死神、愛しきあの娘、そして自称妹誰と同じ眼なんだろうか。

 

 俺は知っている。その残酷なまでに怯えたその眼を、その悪魔でも見ているかのように酷く怯えているその眼を。


 俺は……。 


「おい大丈夫かぁぁぁぁぁぁ、やり過ぎだぁぁっ」

「早く保健室に連れていけぇ」


「エッ……」


 エドラルの眼の前は真っ白になった……。

 最後に眼の奥に映ったのは、とてもとても驚き失望しているアストレア・ステラスの顔であった。

 

 最後の最後で思い出す、あの怯えた眼が誰のものだったのか、この失望に溢れた眼は誰から向けられたものなのか。

 無残にも記憶の蓋が開けられる。

 まるであの人たちと同じ顔だ。


 まるで……。

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