プロローグ 『願いを叶える為に』
帝紀294年
オストマキナ国 東方戦線 アドミラ
通称 死の丘
鳴り響く怒号と衝撃を肌で感じた途端に俺はいつも思う。
いつも思い出してしまう。
何時しか見た夢。
いつも見ている夢。
幾たびも思い続けている夢。
暖かな布団に包み込まれながら俺は朝を迎える。
外は分け隔てもなく平等に銀色に輝く雪を積もらせている。
何一つ差別のない世界。
そして俺は窓から漏れて出る穏やかな朝日を感じながらいつも通りにベットから置き上がる。
息は白い、体は小刻みに揺れている。
床は冷たくそこに着地した足をすぐさま冷やし強張らせてしまう。
部屋は震えるくらいに外の温度を伝え、白く白く濁った息から体中の熱が段々と外に漏れ出てしまうような錯覚に囚われている俺がそこにはいる。
そして俺は立ち止まる。
そして俺はいつも通りにとある言葉を口走る。
そうして俺は手筈通りに手慣れたように、何の疑いもなく呟く。
幾度も望んだ。
幾度も憧れた。
幾度も諦めた。
そして那由他の数だけ挑戦した。
【着火】
其処に奇跡は起こるのだ。
そこに力が宿る。これは「何でもないこと」いわば「日常」でしかない、これは普通の範疇を超えてすらいない。
ただ確実に希望の灯はそこに宿っている。
何事もなかったかのようにソファーにどかりと腰を下ろし、部屋が温まるまで特に意味もなくじぃーっと揺れる火を俺は見つめている。
そうして、そうして俺はいつしか夢の国に旅立っているのであった。
気付く間もなく、悟りもせずに、いつの間にか俺は二度寝の幸せをこの身で感じている。
暖かい、温かい、心地よい。
とてもとても俺は穏やかな顔をして寝ている。
そこにいる俺はとても幸せなのだ……。
そんな世界はきっと良いんだろうな。
そんな夢みたいなこと。
そんな夢でしかないこと。
諦めていること、無理だと分かっていること、それでも捨てきれないこと。
それでも抱き続けている願い。
夢だからそれは美しく、きらきらと眩しく光り輝いている。
叶わないからこそ俺は憧れている。
こんな時になってもしょうもなくも俺は泣いている。
もう慣れた筈だ。
受け入れた筈だ。
俺は理解している。
俺は俺の意志で望んで此処にいる。
「クルゾォォォォォ」
神の鉄槌は全てを薙ぎ払わんと上空から襲来する。
それは炎であり、水であり、雷であり、氷であり、風であり、刃である。
いとも簡単に全てが全て宙へと投げ出される。
眼の前で見るも無残な破壊の限りが行われる。
ただ俺は分かっている。
知った、生きる為に理解した。
何度も経験した。
ここで足を止めれば、ここで臆して防御陣を張れば、ここで死を恐れてしまったのならばいとも簡単に死神は臆した者のそっ首を落して、去っていく。
ただでさえ動く的でしかないのに止まった奴は最早ただの的と大差無くなってしまう。
絶対に足は止めてはならない。
絶対に死から目を反らしてはならない。
生きたいのならばここで死にかけなければならない。
殺意を実体化した物が皮膚を削っていく。怒り交じりの烈火が肌を焦がす。
恐怖と痛みを植え付けて数多くの弾は後方へと流れゆく。
自らの身体を盾に、自らの命を守るのだ。
敵のそれはいとも簡単に人を殺す。
幸せの為の技術は人々に絶望を見せる。
俺は沢山見て来た、大勢の者達が一瞬で骸へと姿を変えるその瞬間を。かつての友、かつての仲間、嫌いな上官、優しい先輩、俺を認めてくれた者。
でももういない、もう彼らはいない、死は平等訪れる。
先の攻撃でも確実に死んだろうな、何処かの誰かの大切な誰かが。
走れ走れ走れ走れ。
誰かが叫ぶ、誰かの心の思いを誰かが声にする。
思うにこれが最後の機会。
これを逃したら最早命などない。
エルドレッド列国同盟の術師の部隊は杖を地と平行に突きだした。
杖先が此方を捕らえている。
【死】
そんな一言が頭にしっかりと奥深くまで刻み込まれる。
死は平等に訪れるのだ、勿論俺にも。
俺は震えている。
俺は恐れている。
確実な殺意を持って敵は力を絞るのだ。
杖は笑った、導師は笑った。
次あれが放たれた時点で俺の死体は残らない。この距離だとあの一斉砲火を受けた時点で墨さえも残らない。
俺は沢山見てきている。
力の限り母なる大地を踏み台に俺は宙へと浮かぶのだ。
最高の自己犠牲を皆に見せる為に。
杖は怪しく各々違った色に光り、戦場を照らす。
俺はただ一言呟いた。
俺はただ一つの言葉を呟いた。
迫り来る死を振り払うように全てをその一言に自らの全てを差し出した。
幾たびも幾たびも思う。
そしてこの瞬間に諦める。
ゆっくりゆっくりと静かに瞼を下すのであった。
――俺は非力だ。
体中を説明できぬ衝撃が、言葉では到底表せぬ痛みが俺の身体を無残にも蹂躙し尽くす。それはとても辛く受け入れがたい事実。
ただこれも俺にとっては普通で日常で覚悟の上の事なのだ。
俺は涙した。
そして悪鬼の様に彼ら全てを嘲笑った。
「ただの囮に集中砲火を有難う」
俺に向かって幾つかの人智を超えた力が発射され、ただただ俺は何の抵抗もなくそれを受け容れるのであった。
俺には受け入れることしか出来ない。
そして自分は傷付き、血を流す。
血を流しただけじゃ許されないようだ。
始まる……。
無慈悲なまでの殲滅が。
脳裏に浮かぶ仲間の死にざま。
ぼやけた視界に映る大勢の敵の影。
これだけ傷付いても俺は生まれて来てしまった罪を償うことは出来ないようだ……。
ああ、世界とはいつもいつも俺にばかり厳しい。
でも俺は。
だからこそ俺は抗い、もがき、戦い続ける。
命尽きるギリギリまで。
俺は死ぬまで諦めるつもりはない。
周囲に鮮やかな鮮血が踊り舞った。