血を食む兎は、かくいわんや。
ここから第1話スタートです!
また長くなる予感だし、時間がかかりすぎたので、ここで切っておきますね!
ふたつの月が、藍色の天鵞絨に浮かんでは共鳴し、呼応し、揺らぐ。
氷の湖面みたいな銀色の大地では、今日も月の民たちが激しい戦をしているのだろうか。
月をじっくり眺めていた僕だけど、別に好きなわけじゃない。
むしろ、月なんて大嫌いだね。
醜い。
第三次世界大戦中の人間も大概だが、月の民もくだらないと、僕個人としては感じる。
2020年、東京オリンピックの直後に起こった世界恐慌が原因で、僕の父が一代で築き上げた巨万の富は、どこかに吹っ飛んだ。母は狂って、いまも神奈川の山間にある精神病院で入院している。
父が金策と母の世話で奔走するなかで、ひとりっ子の僕は全国に散らばる親戚の家に世話になるが、どこに行っても厄介者扱いされてきた。
最近になってようやくここ、東京下町でひとり暮らしを始めて、落ち着いてきたところだ。
高校生になってアルバイトを始められたことで、こんなに充実した毎日を送れるようになるとは、ふむ、神様はちゃんと見てくれているんだなとか、らしくないことを思ってみる。
その実、神様などという不確かなものは信じていないのだから、まったく救われない。
閑話休題するとして、とにかく月の民というヤツらは、アホなんじゃないかと僕は思う。
月の民は僕たち草の民の血を食糧にして生きているわけだが、要はその貴重な資源を奪い合っての戦をしている。----それも、百年もの間。
みんなで分け合えばいいじゃないの。なんでいちいち奪い合うのバカなの。
というか僕たちの意思とか訊いてからにしろよお前らは神かよ。ただの月の民だろ。
そういうわけで僕は、月なんて大嫌いだ。たまに金色に変わるとことか、意味不明でひたすら気持ち悪い。
僕はバイトの帰り道で、じっと見ていた月から目を離して歩きだす。
下町の情緒あふれる美しい桜並木を歩いていたらふいに、「そうだ、東京タワーに行こう」と思いついた。
仕事が終わった開放感でハイになり、ちょっと寄り道がしたくなったのだ。
僕はスカイツリーよりも、東京タワーが好きだ。
あの古っぽい、なんとも言えないノスタルジックな雰囲気が、僕の気分を跳ねあげさせる。
幼い頃に、両親と観光で来たことを思い出す。
その頃はまだ父の事業は軒並み赤マル急上昇だったし、母も元気だった。
だから単純に、楽しい家族の思い出だ。
ここで父に、東京タワーのストラップを買ってもらった。特別に高いものとかじゃないけど、めったにプレゼントなんかもらえない僕にとっては、宝物のように感じられた。
ボロボロになっても家の鍵に繋げていたのだが、いつの間にか失くしてしまって大慌てで探し回った。
だけど見つかることはなくて、失くして5年くらいになるいまでもときどき思い出す。
空っぽになった家の鍵を見て、同時に父からの愛情さえ失ったような、大げさな悲しみが溢れだした。
十分強で東京タワーの根元までたどり着いて、333メートルの見えない先端を、口を開けて眺める。
ライトアップされた夜桜と相まって、昼間に見るのとでは全然違う深い雰囲気だ。
あぁ、いつ見てもいいものだ。この造形美。これぞクールジャパン。
なんて思っていたところに。
ふわりと、縞パンツに包まれたお尻が舞い降りて、僕の顔面を覆う。
「むぐぐおぅ!?」
とかだいぶ間抜けな悲鳴をあげたところ、
「ひゃあ!?」
なんて可愛らしい悲鳴が重なった。
……柔らかい。
そしていい匂いがする。パンツを洗った洗剤の匂いなのか、パンツの主の匂いなのかわからんが……我が人生に、一片の悔いなし。
僕が縞パンツをじっくり堪能していると、縞パンツの主は股ぐらを僕の顔から退けて、パァン!と勢いよく僕の頬を引っぱたいた。
「ちょ、なにすんだよ!?めちゃくちゃ痛かったぞ!!」
たった一発で僕の頬は見事に腫れ上がり、じんじんズキズキと唸りだした。
だが縞パンツさんは悪びれることもせず、むしろ怒りをあらわにしている。
「うるさいっ!私のパンツ見て、それだけで済んでよかったと思いなさいっ!!」
「何様だよ!?だいたい、お前が勝手に降ってきたんだろ?僕が被害者だ!」
ここで僕は、縞パンツさんの容姿を初めてまじまじと見た。
美しい。この世の誰よりも、凄絶なまでの美しさを持っている。
残念ながら僕の語彙力では、これが限界である。
絹のような滑らかな銀髪をゆるくふたつにまとめて、育ちの良さが見え隠れ。ふさふさの銀の睫毛に縁取られたルビー色の瞳は、猫のような可愛らしさと鋭さが同居している。
細くてモデルのような胴体から、引き締まったみずみずしい長い手脚が伸びている。
そして出るところは出ている。おっぱいとお尻の形は絶妙だ。
どんなAV女優も、彼女の前では裸で逃げ出すだろう。……最初から裸か。
髪と瞳の色、そしてなにより髪の隙間から見えるとんがり耳から察するに、彼女は月の民であろう。それも、軍のお偉いさまとお見受けする。
彼女が身にまとっているのは、セーラー服のような形で胸に階級章やら勲章がジャラジャラついたスカート。
テレビでよく見ていた月の軍服とはだいぶ違うが、カラーリングは同じだし、なによりこれみよがしの階級章。たぶん軍服。
こんな女の子が軍人?縞パンツだぜ?
と僕が訝しんでいたら、少女は自分の腰元をまさぐって顔を青白させ、辺りをキョロキョロし始めた。
「どうかしたのか?」
「剣が……ない」
剣?はて、僕も辺りを見回してみるが、それらしいものは落ちていない。
金属が落ちた音もしなかったと記憶しているし、なにより僕の記憶には画面いっぱいの縞パンツの股しかない。
「そんな……お父様からいただいたのに……」
がくっと力なく膝を折る少女は、いまにも泣きだしそうな顔だった。
正直、僕はここで知らぬ存ぜぬサヨウナラでよかったと思う。だっていきなり叩かれて、いまもめっちゃ頬痛いし、踏んだり蹴ったりだぜ?
でも、それでも。
僕はまた、失くしたストラップを思い出していた。
通学路を行ったり来たりして、それでも見つからなかったストラップ。
なんだか父の気持ちすら落としてしまったみたいで、すごくやるせなかった。
落ち込む彼女の頭をぽんと撫でて、僕は言った。
「……泣くなよ。泣くのは死にものぐるいで探してからだぜ」
ストラップを失くしたからって、父の愛は変わらない。
だけどやっぱり大切にすることで、父と自分の絆が繋がっている気がしていたんだ。
さて、パンツパンツとうるさかったですが、これは一応真面目なお話です。
セーラー服と縞パンツは、最高の組み合わせだと思うの。