機獣乙女《ワルキュリア》2-1
☆
そこは村というより、集落に近い場所だった。
村を囲む塀は簡単に飛び越えられそうな高さだし、村の出入口である扉は本来の役目を果たしてない。
危険を知らせる鳴り鐘のの高台はやや傾いているし、数年も経たないうちに村自体が消滅するくらい寂れていた。
民家は数軒、まだ日も高いのに誰も外に出てない。
が、家の中に気配があることから何かに怯えているように零には思えた。
━━期待はできないな。
死を待つだけの村。
そんなイメージだ。
ナノはあまり気にはしてないのか、まっすぐ歩いている。
「どこに向かっている?」
「村長さんのところなのです。そこにお姉ちゃんとアル様もいるのです」
「アル?」
「ハイなのです。アルはお姉ちゃんの契約者さんでレイズ皇国の勇者様の1人なのです」
「勇者?」
零は首を傾げた。
幼馴染みのリア充三人組以外にも召喚されたらしい人間が?
それならリア充三人組が召喚されたのは王道の世界平和的なことではない?
必要あるのか?
まあ、悩んでもはじまらないので考えるのをやめて。
「俺はナノの姉やアル様とやらに会いたくないが?」
「どうしてなのです!?ナノはナノはご主人様を紹介したいのですよ!?」
━━紹介されても困る。
「その姉とやらはナノを大事にしているのか?」
「ハイなのです。ナノは小さい時によく男の子たちにいじめられていたのですがお姉ちゃんがいつも助けてくれたのです」
「ナノをいじめたあとのその少年はどうした?」
「それがですね次の日から姿が見えなくなったのです。その男の子たちの家族もいなくなっていて」
「・・・・・」
あきらかにナノの姉とやらが何かをしたのだろう。
家族にまで何かをしたのなら━━どれほどナノを溺愛しているというのか。
━━死亡フラグか?
このままナノと一緒に姿を見せれば世にも恐ろしい目に。
「ナノ。俺はまだ死にたくないぞ?」
「はへ?なぜそんな話に?」
「昔ナノをいじめいた奴らの末路を教えてやろうか?」
「どうしてご主人様が知っているのです?」
「俺はそういったことを予測できる」
「まさかご主人様にそんな力が!?」
「知りたいか?知ったら後戻りができないぞ?ナノが姉を見る目をかえるかもしれない」
「あうっ・・・・なのです」
ナノは蒼白になって震えた。
「それでも知りたいのです。お姉ちゃんのことが大好きだから。覚悟はしているのです」
「そこまで覚悟しているのなら話してやる。ナノをいじめいた奴らは今、この世にはいない」
「ええーっ!?」
「ナノの姉は奴らを樹海にいる大獣に喰わしたか、足に重石をつけて大海原に沈めたかしたはずだ。そして家族たちは奴隷商にでも売られたんだろうな」
「!?そんな!?お姉ちゃんが!?」
ナノが「あわあわ」しだした。
目に涙を浮かべ、激しく混乱している。
「ナノの姉は2つの顔を持っている。ナノに優しいのが表の顔、平気で手を汚して闇商人と癒着しているのが裏の顔だ。ナノが知っているのは姉の一部だけというところだな」
「お姉ちゃんにそんな顔が?」
「だから俺もナノのそばにいると恐ろしいことをされ━━」
と。
零は唐突に風がなるような音を聞いた。
☆
それは奇跡だったのかもしれない━━あるいは生きるための本能だったのか。
動物にたとえるなら、である。
実際に【それ】が見えていたわけではないが零は足を止め、反射的に後ろへと跳んだ。
まったく何も反応できずにいるナノの近くの地面━━つまり零がさきほどまで立っていた場所に何かが突き刺さっていた。
━━緑色の矢か?
それに気づいた時、緑色の矢は溶けるように消えた。
━━どけから狙った?
それは考えるまでもなかった。
零たちから少し離れた場所、弓矢を構えていた人物が立っていたからだ。