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その命、俺が貰ったる  作者: おもち
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未遂と告白

(お父さん、お母さん、親不孝な娘でごめんな……)



放課後の夕陽がが眩しいくらい輝く夕方、一人の少女は無言で涙を流しながら屋上のフェンスによじ登っていた。



彼女の名は、片倉音祢(かたくらおとね)



四月からこの私立、石蕗(つわぶき)学園高等部に入学した一年生であった。



彼女は今自分の生涯を終わらせようとしていた。



そう思い至ったのは、五月の連休明けから始まったいじめに疲れてしまったから。



一通りのテンプレートの嫌がらせは受けても耐え忍んできたが、先ほど複数の男子生徒に代わる代わる犯された。



“死んでしまおう”



耐え難い屈辱に音祢は、衝動的に命を絶とうと決めた。



死んだところで自分をいじめた人たちが後悔するとは思えなかったが、この精神的な苦痛からとにかく解放されたかった。



屋上のフェンスはさほど高くなく、小柄な音祢でも超えることが出来た。



(ここから飛び降りたら、死ねる……)



音祢はごくりと息を呑むと少しずつゆっくりと近付いていく。



あと一歩で身を投げ出そうというところだった。



「片倉!」



背後から自分を呼ぶ男性の大きな声が聞こえた。



思わず立ち止まって振り返る。



そこにいた人物に音祢は驚いたのか目を見張った。



「一条先生……?」



時代遅れな黒縁眼鏡を掛けた、地味で人が人が良さそうな印象を受ける。



彼は一条辰弥(いちじょうたつや)

この石蕗学園に勤める非常勤の美術教師であった。

音祢はかつては美術部員で顧問であった彼とは面識があった。



一条は音祢の元へ近付いてきた。



「っ、これ以上来んといて!」



我に返った音祢は負けじと声を張り上げた。



「き、来たら飛び降りるから」



しかし、一条はそんな音祢の声を無視して歩み寄っていく。



「え……」



フェンスを半分位登ると、一条は腕を伸ばし、音祢の脇に手を入れる。



ふわりと身体が浮く。



一条が音祢を抱き上げてフェンスの内側へ引き寄せようとしていた。



「ちょ、離せ、降ろせや」



音祢は手足をバタバタと動かして抵抗をしたが、異性の力に抗えることが出来なかった。



「わっ」



思い切り引っ張られて、音祢は一条と倒れ込む。



こうして音祢の自殺は未遂に終わった。



一条に抱き留められたおかげでぶつからずに済んだが、音祢は放心状態になっていた。



(死に損なったわ……)



音祢は恨めしそうに一条に睨み付ける。



「あと少しで死ねたのに、なんで邪魔するんよ」


「そんなん片倉に死なれると俺が困るからに決まっとるやろ」



一条の返事に、音祢は腸が煮えくり返るのを感じた。



(そりゃあ、目の前で生徒に自殺されたら、周りの教師や世間から責められるもんな……)



教師は口では生徒が大事だと吐かすが、結局自分の保身が何よりも大事なのだ。



音祢がいじめを通じて学習したことである。



「先生離してや」


「絶対離さへん」


「なんでよ……あたしのことなんか放って置けばええやん」


「どうせ離したら、死のうとするんやろ?」


「当たり前やん。もうあたしは早うこの世と見切りつけたい……!」



音祢は溢れ出した涙を拭うことなく、一条の胸を押し返すが、一条は逃がさないと言わんばかりに更に力強く抱き締めた。



「そんなん俺が許さん」



耳元で囁かれて、音祢の抵抗がピタリと止まる。



「知らんよ……先生の許可とか」


「世界中の人間が片倉に死ね言うても、俺は許さへんから」


「善人振るのもいい加減にしてや……! どいつもこいつも自分の立場が大事なんやろ!?」



音祢の脳裏に一つの記憶が蘇ってくる。



いじめられていることを担任の教師に相談したことがあった。



“いじめってそれは片倉の思い込みじゃないか?”


“ち、違います……あたし、本当に”


“無視されてるって言うけど、片倉が話しかけないからじゃないか? 片倉が心を開いたら周りも変わるから”


“でも……”


“もっと努力してみなさい。今の状況は片倉が受身だから起きていることだから”



先月勇気を振り絞って相談してみたが、見放され、自分が悪いと遠回しに言われた。



二度と教師なんか信じない。



音祢はこの出来事を期に固く固く誓った――――



(きっと、こいつも匙を投げる)



一条も自分を面倒臭い生徒と認識し、臭いものに蓋をするように距離を置くだろう。



音祢はそう思っていたが、一条の口から思いがけない返事が来た。



「片倉、さっきのこと、教師として言うたつもりはないで」


「は?」



意味が分からなかった。



音祢の脳内は疑問符で埋め尽くされる。



呆気に取られる音祢に、一条はにやりと微笑む。



「顔が意味分からんって言うとる。分かりやすく教えたるわ」



一条は音祢の耳元に唇を寄せると。



「……っ!?」



音祢は目を見開き、驚愕する。



“……片倉に死んで欲しくないのは、片倉のこと一人の女として好きやからに決まっとるやろ”



それは教師の言葉とは思えぬ告白だった――――



「い、意味分からん」



音祢は一条の胸を押し返し、後ずさりをする。



「まだ分からんの? じゃあ、もっと分かりやすく言うわ。俺は片倉を愛し――――」


「自分、教師やないの」



音祢は動揺を隠すことが出来なかった。



教師に愛の告白をされて、動揺しない者がいたらお目にかかりたいくらいだ。



「別に教師も生徒も関係ないで。俺は男やし、片倉は女やし」



しれっと答える一条に、音祢は開いた口が塞がらない。



「ってか、先生キャラ違う……」



音祢が告白の他に気になったのは、一条の物言いであった。



音祢の知る一条は、おっとりしており、気弱そうな性格だ。



今の一条はそんな面影が見られないほど別人だ。。



「女ってああいう頼りなさ気な男は恋愛対象にせんやろ? キャーキャー言い寄られるん面倒臭いから都合ええんよ」



そう言って一条は、ダサい黒縁眼鏡を外す。



その時、音祢は更なる衝撃を受けた。



普段のよく知る一条は三十前後の地味なおじさんという印象だが、今の一条は二十代前半でも通用する程若々しい。



まるで貴族のような気品さが溢れており、王子様のような美形だ。



イケメン、美男子と言った言葉は彼の為にあるのではないか。



大きな黒縁眼鏡を外し、露わになった容貌はとても端整な顔立ちだった。


「ほんまに一条先生なん?」



音祢は未だに信じられないのか、動揺を隠せない。



「正真正銘の一条辰弥やで」



一条はふっ、と不敵に微笑みながら、音祢のショートの青みがかった黒髪を撫でる。



(先生、めっちゃ男前やん……なんであたしのことを?)



目の覚めるような美男子がいじめられっ子な女子高生に好意を抱いているなど、不思議で仕方ない。



「片倉、その命捨てるんやったら俺にくれへんか?」


「え……」



(どういう意味なんやろ……芸術に携わっとる人間の考えとることなんて理解出来ひんわ)



「片倉、この学校の特待生やのに、理解力ないんやな」


「失礼やな」



石蕗学園は関西随一の名門校である。

大半の生徒は良家の子息子女だか、音祢は老舗とはいえ豆腐屋の娘だ。

音祢のような普通家庭の人間は極小数だが特待生制度を利用して在籍していた。



「俺は片倉に結婚を前提とした交際を申し込んどるんやで」


「ああ、なるほど……はぁ!?」



音祢はなるほどと頷きかけたが、一条の発言に驚き、目を見張った。



「……先生、なんなん? そのタチ悪い冗談」


「本気やって。俺と結婚して損はないと思うで? 金には困らんし」


「先生、非常勤やなかったっけ?」



教職に興味を持ち、調べたことがあったが、非常勤はお世辞にも高給とは言えず、下手をすればアルバイトより薄給であった。



音祢は胡散臭い詐欺師からウマイ話を聞いているような心地だった。



「片倉、俺の苗字見て気付かんの?」


「苗字?」


「ここの理事長誰か分かるか?」


「ええと、一条……」



苗字を呟いたきり音祢は絶句する。



「あの、まさかと思いますが……」



思わず敬語になってしまう。



「俺な、この学園を経営する一条家の息子なんよ」



しかし、一条は音祢の予想通りの応えを口にしたのだった。



(有り得へん……!)



衝撃的な事実に目の前が真っ暗になり、意識を手放してしまいそうになった。



驚愕するのも無理はない。



一条家と言えば、この石蕗学園を始め、関西は勿論のこと国内でもトップクラスの企業グループを経営している一族なのだから。



高校生の音祢でも知っているほどの有名な企業で、関西では就職出来れば勝ち組だと言われている。



「なんであたしなん?」



(豆腐屋の子どもやし、美人でもない。こんな王子様みたいね先生に相応しくないやん)



すると一条は音祢の隣に座り、肩を抱いた。



ドキ……っ!



胸が痛くなるほどの高鳴りを感じた。



先ほど複数の男子生徒に襲われたとはいえ、彼氏いない歴イコール年齢なので充分な刺激だった。



何故か恐怖や嫌悪感は湧いてこなかった。



「俺のこと男として好きになったら教えたるよ」



一条は不敵に微笑むと、恥ずかしげに俯く音祢に囁いた。



「先生、ほんとにあたしのこと好きなん?」



俯いた顔を上げると、音祢は不安げな顔を見せる。



「本当やで」


「そう、それなら、あたしのこと諦めて」



音祢の言葉に一条の顔が強ばりだした。



「仮にあたしが先生に好意を持っとったとしても、結婚とか付き合うとか、出来ひん。先生以外の人にも」



(もうあたしは汚いから、誰も好きになったらあかんの……)



音祢は先ほどの忌々しい出来事を思い出してしまい、青ざめた顔で小刻みに震えた。



そんな音祢を一条は優しく抱き締めた。



「先生?」


「でも、俺は諦めへんよ」


「そんなん言われても、困る」



音祢は思わず一条から目を逸らしてしまった。



一条の眼差しが真っ直ぐで熱かったから。



「覚悟せえよ。本気で片倉のこと落とすから」


「……!」



一条は音祢の頬に手を添えて、自分の方へ顔を向かせると、額にそっと口付けを落とした。


音祢は何が起きたのかすぐに理解することが出来なかった。



(今……額にキスした?)



音祢は手のひらを額に当て、固まったまま唖然となっていた。



「その初々しい反応ええなぁ。もしかしてキスは初めて?」


「ち、ち、違う!」



ふ、と優美に微笑みながら、からかう一条に、音祢は激しくかぶりを振る。



(もう、ファーストキスは奪われとる……)



名前の知らない上級生の男子生徒に無理矢理奪われた上に、舌も入れられた。



感覚が今でも鮮明に覚えており、思い出すだけで吐き気をもよおしそうになる。



「妬けるな……でも、片倉やったら、彼氏の一人や二人おってもおかしないな。めっちゃ可愛いし」



そう言って一条は音祢の頬を優しくなでる。



「は……? 先生、目ぇ大丈夫なん?」



(あたしが可愛かったら、世の中の女の子はもっと可愛いやろ。クラスの女子にブスとか、整形費用出したろかって言われとるんやで)



「自分、自覚してへんの?」


「なにそれ」



音祢のきょとんとした表情に、一条は小さく呆れ気味に溜息をついた。



「まあええか。片倉立てるか?」


「うん」



フェンスから派手に落ちた割に、怪我は無かったので難なく立ち上がることが出来た。



「もう、遅いし家まで送ったるわ」


「いや、ええよ。近いし歩いてすぐや」



丁重に断ってみたが、一条は音祢のセーラー服の胸ポケットに入っている携帯を抜き取った。



「ちょ、返して」



音祢は背伸びして奮闘するが、180近くある一条から取り返すことは至難の業であった。



「大人しく俺に送られたら返したるよ」


「お、お願いします」



音祢は観念して、一条の厚意に甘えることにした。


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