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三歩先の暗然 / brxu vhfxulwb その2



「取り込み中のところ失礼するぜ」


 ヴェインがつかつかとこちらに歩み寄ってきてレインの耳元に顔を近づけた。なにかを話しているみたいだった。

 レインは彼の伝言に小さな声で了解したと告げる。するとヴェインはさっと立ち上がって部屋を出てしまった。


「機械兵が降ってきたそうよ。数は不明とのこと。どうする? シンク」

「うーん。今出て行くのは少々危険かもしれませんね。かといって契機を逃すのももったいないですし。そうですね、レインさん、あなたにお任せしますよ」

「そう。じゃあ出るわ。『この子』を軽く見て頂戴」


 私から意図的に距離をとったレインは、腰に着けた仰々しい棒をシンクライダーに投げつけた。シンクライダーは怯えた顔をしてそれを両手で受け取った。


「レシュア、あなたはここに残る?」


 一番聞きたくない言葉が耳に入り、咄嗟にメイルのほうを向いてしまった。

 彼もまた見てはいけないものを見たような気がしたのか目を逸らしてしまった。

 あれだけ危険だと説明された機械兵のもとにまるで食事にでも誘うみたいな口調で問いかけるレインと、それを不審がらずに受け答えしようとしている自分。

 おそらく彼の目には普通ではない者に見えていることだろう。

 残念ではあったが、嫌われるのがこんなに早いならそれはそれで清々しい心地がした。


「……行ってこいよ。あんた、強いんだろ」

「どうして、それを……」

「ここまで連れてこられて気づかないやつがいるかよ。それとな、言いたいことがあるんだったら帰ってきてから言え。もたもたしてたら侵入されるぞ」

「……で、でも」

「俺はあんたを心置きなく戦わせるための補助をするために呼ばれた。なあ、そうなんだろ?」


 レインの渡した棒を確認し終えたシンクライダーがメイルに笑顔で応えた。


「……あの、レインさん。よろしくお願いします」

「そうこなくっちゃね。あと、戦場でレインさんはやめて。戦いの妨げになるだけだから。呼び捨てが好ましいわ。なんだったらリリーでもいいのよ」


 医療室に残る男性二人に背を向けて歩き出そうとしたがなかなか前に進まなかった。彼の突き放した言葉も十分堪えたが、それ以上に『あんた』と言われたことがとても悲しかった。

 もう彼の目には事務的に処理をする対象としか映っていないのかもしれない。辛い現実になってしまったがそれならそうで今は受け入れるしかない。冷めた関係でも遠くに行ってしまうよりはましだった。

 一度も振り向かずに医療室の扉を抜けると、建物の壁に凭れたヴェインが凛々しい瞳を光らせて待っていた。


「避難通路から外に出る。ついてきな」

「あ、あの。私は」

「心配すんな。こちとら姫の足を引っ張るほど能無しでもねえよ」


 小走りで追いかけたがためにヴェインの背中が近くに寄ってしまったのですぐに領域分の距離をとった。すると後ろから右肩に温かい手が乗っかってきた。

 レインの手は想像していたよりも小ぶりでふんわりとしていた。


「あまり気にし過ぎないように。あなたはあなたの安全に集中しなさい。さっきも忠告したけれど、人のこといちいち気にしている余裕があるなら一体でも多く行動不能にして頂戴。無理だと思ったら下手に手を出さずに観察。いいわね?」

「……分かりました」

「あとね、お節介だったら無視してもらって構わないけれど、これが終わって帰ったら、話したいこと全部話してしまいなさい」


 相槌を打つのが若干照れ臭かったのではにかんでみせると、仮面に空いている穴の暗がりに目を細めている女性が一瞬だけ見えた。


「サクッと片付けるわよ」




 周囲を慎重に見渡してから外に出た私達は、都市正面出入り口からほぼ真逆の場所にいた。例によって機械兵を誘導するために岩山を経由してから遠く離れた平地に移動する。三十から四十の機械があちこちを歩行していた。

 日中に見る機械兵は初めて見た時と同様かそれ以上に黒かった。夢であって欲しかった光景が実際に映り込んでくる。不意にデイミロアスとロッカリーザの顔が浮かび上がった。精神は自分で感じているよりもずっとうまく準備できているみたいだった。



 一番に飛び込んだのはヴェインだった。彼も腰に武器らしきものをぶら下げていたが使うまでもないと言わんばかりの剛腕が振り込まれる。青く発光する彼の身体は広範囲に及んで飛び回り機械兵を一纏めにした。



 レインはこちらに目配せをした後、あの腰の棒を左手で掲げた。

 解放したアイテルの黄色い発光に連動して、仰々しい棒からかつて一度目撃した禍々しい大鎌が一つ、二つと生えてきた。白いレインの仮面が鎌の出現とともに変色する。あの時に見た模様だった。

 レインは慣れた手つきで鎌を振り回し静かに構えると、一瞬姿が消えて見えるくらいの速度で飛び出していった。

 あの不自然な高さの靴は大鎌を自由に振り回すために履いていたことに気づく。多くの謎の一つに説明がついたことで、胸のつかえが少し下りた気がした。



 こんな状況からでしか得られない情報があるということは、彼らはまさにこういった場所を生きる人間なのだと思った。そのうちきっと自分も同じように分類されるのだろう。



 しかも、彼らへ向ける眼差しより、もっと恐ろしいモノを見る目で……。



 なぜ私が戦わなければならないのか。答えは一つしかない。強かったからだ。アイテル能力の有無を除外しても遥かに強い。

 ヴェインとレインの力を測ったのはゼメロムでの戦闘の時だった。あの時点で既に二人はきな臭かった。執拗に警戒していたのは都合よく使われることが嫌だったからだ。

 彼らは私抜きで事足りる戦力を持っていた。これだけ確かめられればもう遠慮はいらない……。



 私は乱闘の塊に突入した。

 レインとヴェイン。両者が一体に費やす時間は約十秒。

 私の気配に反応してすかさず間合いを調整する。さすがだ。

 なにも考えない。両手を前に突き出す。

 ……来た。



 掴む捻る切れる掴む捻る切れる掴む掴む捻る切れる。

 大体三秒。



 今度は複数体をまとめて処理する。五秒で三体はいける。

 ……。



 後半は私の一人舞台になっていた。レインとヴェインの二人が腕を組みながらこちらの動きを観察して、自分は黙々と捻り切る作業。これが本気ではないなんて言ってしまえば彼らの自尊心を傷つけてしまうだろうから内緒にしておこうと思った。



 残りの十九体を全て切り取り終わると、私の周りには残骸の沼ができていた。

 ここまで披露してしまったので今更かしこまっても仕方がない。アイテルでは再現不可能な『00』の移動を最後に見せてあげてから二人のもとに寄った。

 どん、という音が遅れて鳴り響く。こちらの動きに大気が追いつかないと鳴ることがあった。

 私はこれを『空気が破れる現象』と勝手に呼んでいた。


「……マジですげえな。全部処理しやがった。ションベンちびっちまうところだったぜ。これ見た男は確実にへたるぞ」

「これはちょっと、体に悪いわね。戦力とかの次元じゃない。まさかここまでだったなんて……」


 褒められているというより人として蔑まれていると受け取った。決して驕っているわけではない。アイテルの代替に位置づけてもまだ足りないくらいだ。交換できるものならすぐにでもしたい。

 この身体と私は、絶大な力を持っている反面非常に相性が悪かった。


「すみません。これで良かったのでしょうか……」

「ええ。これでいいはずよ。あとは適当に都市の中に持ち込んでも問題なさそうな部品を拾って帰るだけだから」

「拾った後の残りはこのままにしておくんですか?」

「その必要はないわ。ほら」


 レインが指差した方向に、おそらく三体の見たことがない小型の機械が立っていた。立っていたという表現が正しいかどうか自信がないが、それらの足は四本あった。


「はじまる前に拾っておきましょう」


 二人は黙々と選別作業をしている。あれも破壊してしまえばいいのにと発言したかったが、どうせまた難解な回答をしてくるだろうと思って諦めた。

 適当に拾い終えて遠ざかると、三体の四つ足は見えないなにかで機械兵の残骸を吸い寄せるように集めた。空中に飛び上がり、一繋ぎにくっついた残骸の線が風に揺られて小さくなる。三体はそれぞれ別の方向に飛び去っていき、地上に作られた機械の沼は綺麗さっぱりなくなっていた。


「あれはなんだったんですか?」

「見ての通り、カウザの機械兵よ」

「さっきまでのとは形が違いますよね」

「そうね。きっと用途が人型と異なるのだと思うわ。あの『犬型』にはちょっと頭を悩ましていてね。ねえ、ヴェイン?」

「あーのワンコロの野郎、こっちが攻撃を仕掛けても逃げやがるばっかりでな。しかもやけにすばしっこいときてる。部品回収のためだけに来ているみたいだが、たぶんあれは人型よりも強い。ほんと、頭にくるぜ」

「あの、イヌってどういう意味なんですか?」

「あらあなた、もしかして人間以外の動物を知らないの?」

「話でだけ聞いたことはありますけど、見たことはありません」

「そう。犬っていうのは大昔の人間が個人的な理由で飼っていた動物のことよ。当時の人間は異種の生物との共同生活を娯楽の一つとして捉えていたみたい。文明崩壊の際に生き残った人類の側で助かった犬や猫なんかが現代にもわずかに生き残っているの。都市に戻ればいるかもしれないわね」

「しっかし奇妙だよな。カウザっていう奴等の星にも犬の形をした動物がいるんだろ? まさか人間そっくりなやつもいたりしてな」

「そういう分野についてはシンクが詳しいでしょうから戻った時に聞いてみるといいわ。それよりも、レシュア……」

「はい」

「……私と、軽く手合わせしてみない?」


 あの仰々しく戻った派手な装飾の棒を地面に突き立てて背伸びをしたり首を回したりしている。

 意図が掴めない。私の『00』を舐めているのだろうか。

 アイテルなしの体術勝負なんかしたら死んでしまうかもしれないのに。


「心配しないで。私も鬼じゃないから、手加減はしてあげる」

「は?」

「それじゃあ、こっちから行くわね。しっかり受け止めなさいよ」


 瞬きをし終える前に彼女は適応内に侵入していた。

 反射的に両手を構える。

 こちらの手加減を意識する時間も与えない速度の手の平が私の脇を抜けた。



 ……そんな!? うそ、でしょ?……。



「これが、大人の授業よ」



 ヴェインは胡坐をかいて退屈そうに空を眺めていた。




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