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それでも二人は歩いてゆく / ...but joy comes in the morning



 ……誰かが声をかけてきた。



 耳がくすぐったくなるほどに可愛らしいその声は、ありったけの力を振り絞って私を呼んでいた。暗いどこかに閉じ込められたこの意識に、出口を教えてくれているみたいに……



 声を頼りに先へ進むと、そこは、光に覆われただけの真っ白な世界だった。



 ころころとした『彼女』の愛くるしい声が、私の頬をそっと撫でる。目が慣れてくるにつれ、おぼろげにその姿を捉えることもできた。



 こちらからもなにかを話そうと思い大きく息を吸い込む。すると彼女は、空間の奥のほうへと駆け足で行ってしまった。

 楽しそうに走る後姿がなんとも可愛らしくて、自然と笑みが零れた……。



 白い光が少女の背中のあとを追うように、影を細くしていく。

 そして、形がなくなる寸前のところで急に立ち止まった彼女は、溢れ出している光の一点を背にして手招きをはじめた。



 ……まだ短い両腕を必死に動かして、進むべき先を教えてくれている……。

 私は、重たい手足を動かして小さな女の子のいるほうへと向かった。



 どんなに力を入れても歩き慣れない身体がなかなか前に進んでくれなかった。

 眩しくて、瞼も思うように開いてくれない。

 それでも私は行きたかった。声が枯れそうになっても呼びかけ続ける小さな笑顔を抱きしめるために、なんとしても辿り着きたかった。



 ……徐々に近づいていく。光が次第に強くなっていく。

 呼びかける声も、段々大きくなってくる……。



 『彼女』は私に同じ言葉を送っていた。

 はっきりとは聞こえないけれど、どこか懐かしい響きの呼び声だった。



 ……かつての自分もこの言葉を誰かに送っていた記憶がある。

 それは、温かいものに対して送る愛情表現の一つだったかもしれなかった……。



「……あと、ちょっとだから、ね」


 彼女はすぐそこにいた。

 手を伸ばせば届く距離にいた。

 だから、私は笑顔を見せた。

 ……でも、彼女の笑顔はなぜか見えなかった。



 目の前で必死に叫んでいる女の子の顔には、目も口も鼻もついていなかった……



 こちらの姿が見えていないらしく、耳が痛くなるくらいの大声で誰かの助けを求め続けている……。



 そっと手を伸ばし、彼女を力強く抱きしめた。

 気づいてもらえたのだろうか、今にも潰れてしまいそうな喉は、その動きを止めてくれた。


「……私を、呼んでくれていたんだね」


 返事はなかった。そのかわりに肩の辺りから顎が小さく動く感触があった。


「……一緒に、来てくれる?」


 顎が横に動いた。それは、悲しみをなんとか抑えつけようとする彼女なりの強がりのように、弱々しく揺れた。

 少しでもその気持ちに応えたくて、彼女の頭を優しく撫でてあげる。

 すると、肩から伝わる強張りが少し緩んだ。


「……また、会いに来てくれる?」


 今度は元気よく動いた。

 私はこの子のことを忘れないように、しっかりと抱き直した。


「……起こしてくれて、ありがとうね……」


 そう言い終えると、眼前に広がっていた白い光が見えるもの全てを覆い隠して、彼女の存在を消した……。

 全身に感触だけが残る……。不思議とそこに悲しみはなかった。


「……あなたもずっと一緒にいてくれるから、私はもう、泣かないよ」



 ……『彼女の時間』を流れる空間が、ゆっくりと上下に分かれていった。

 純白に覆われた光の世界が、青白い世界へと切り替わっていく……。



 ……視界が完全に開かれると、その奥には私の知っている世界があった……。



「……あ、あ」

「お目覚めになられましたか? レシュア様!」

「……ア、ザミ、さん?」

「はい。そうです」

「……ここは、どこ、ですか?」

「地下三階、ゾルトランスの間です」

「……眠って、いたんだ……」

「どうやら無事に終えられたみたいですね」

「……どのくらい、眠っていたのですか?」

「転送に一ヶ月、定着に三ヶ月の計四ヶ月の間、眠っておりました」

「そんなに、眠っていたんですか……」


 意識が途切れる前の記憶が昨日のことのように思われた。

 彼に抱かれた時の切なさも、まだ胸の中心にはっきりと残っている……。


「お一人で、起き上がれますか?」

「……はい。あ、あの、寒いので、なにか着させてもらえませんか?」

「はい。ただいま持って参ります……」



「……!!」


 起き上がるまで気がつかなかったのがおかしいほどの違和感があった。

 最初に気がついたのは『腕の短さ』だった。開いた箱の淵に手をかけようとした時の距離感が、まるで見当違いだったのだ。



 反射的に全身を見る。そして『長い髪の毛』を手にとって、見た。



 ……一体、なにが起こったのだろうか。



「……これは、どういうことですか?」

「はい。そのことについてですが、説明をしていただく方を今呼んできますので、こちらの服を着て待っていただけますか?」


 子供向けの小さな黒いスカートの一繋ぎだった。

 両手で広げて確かめてみたが、明らかに大人の着る寸法ではなかった。


「……アザミさん、これって……」


 質問をしようと声をかけてみたが、アザミさんは早々に部屋から出て行ってしまったようで部屋には私一人しかいなかった……。



 身体は綺麗に乾いていたので渡された服をそのまま被って通してみる。着心地は申し分ない。……しかし、全身にまとわりつく妙な感覚は残ったままだった。



 本当に、どうしてしまったのだろうか。



 まるで分からなかった。

 この身体も先代女王のクローンなのだろうか。



 それにしては記憶が鮮明すぎる。私は私以外の何者でもない。意識もはっきりしているし、彼の記憶もあの頃のままだ……。



 では、どうしてこんな身体になってしまったのか。

 髪の色が銀色ではなく黒というのもおかしかった。


「……あ、あー。あー」


 やはり、声も幼い響きになっている。


「……お待たせしました」


 アザミさんが戻ってきた。その表情はとても穏やかだった。

 彼女は部屋の入り口の手前で奥にいる人物に軽く一礼をする。

 するとその先から、大きな薄紅色のスカートを指でつまんだ小柄な女性がつかつかと部屋に入ってきた。


「……お、お母、様!?」


 先立たれたはずの『アシュリ前女王』が、困ったような微笑を浮かべて私を見ていた。


「さて、あなたはどちらなのかしら? 見た目だけでは本当に分からないものね」

「……ど、どうして、ここに」

「やっぱりあなたはレシュアね。よかったわ」

「……あの、私、混乱しています。なにが、起こっているのでしょうか……」

「それはね、これを見てもらえばたぶん分かるわ」


 彼女は自分のスカートを大きく持ち上げた。

 ……その中には、両足を支える無骨な義足が隠されていた。


「……レインさん、だったんですね……」

「騙すつもりはなかったの。ごめんなさいね」

「……いいえ。そういうことじゃ、ないです」

「この姿で再開するのは、なんだか照れ臭いわね」

「……あの、そっちに行っても、いいですか?」

「ええ。いらっしゃい」


 心のままに母の胸へと飛び込んだ。

 この小さな身体に手を伸ばす彼女の抱擁は、昔と変わらない不器用な愛で溢れていた。


「……お母様」

「はいはい。いい子だから、泣かないの」

「……ずっと、会いたかった」

「寂しい思いをさせてしまったわね」

「……ううん。レインさんが近くにいてくれてたから、平気だったよ……」

「彼女は、優しかった?」

「……うん。ちょっと怖かったけど、とっても優しかった……」

「そうなんだ。じゃあ、よかったわ……」




 お母様からこの身体が変わってしまった理由を聞いた。

 長期睡眠装置ゾルトランスはもともと人の身体を休めるための用途を目的として作られたものではなく、人の『意識』を別の身体に『移し替える』ための道具として生み出されたものだった。

 つまり私は、今の身体の前の持ち主と意識を交換したということになるらしい。


「すごく、不思議な気分です。本当に入れ替わってしまったんですね」

「魂の置き換え、とでも言えばいいかしら。簡単に信じられることではないでしょうけれど、あなたは実際にそうなっていることを認めているわけだから、いつか慣れる時が来るわよ」

「……でも、どうしてそうする必要があったんですか? 私の身体は、どうなってしまったんですか?」

「一言で説明するのは難しいわね。あ、そうだ。こうしましょう!」



 お母様は部屋に置いてある小さな鏡を手に取ってそれを私に見せた。

 ……そこに映っていたのは、愛する妹『ステファナ』の顔だった。



「……これは」

「あなたの身体には長期間の休養が必要だった。だから、ステファナがその役を買って出たの。メイルもそうすることを望んだわ」

「……彼が、ですか?」

「ええ。少しでも早くあなたと一緒に暮らせるようにね」


 彼のことを思った。

 側にいて欲しかったのは私の身体ではなく心だったという思いが、変わってしまった身体にも強く伝わってきて、その愛の深さに目から幸せが込み上げてきた。


「ステファナからあなたへの伝言をもらっているけれど、ここで伝えてもいいかしら?」

「はい。お願いします」



『……私のことは気にせず、愛する人の側にいてあげてください。レシュアお姉ちゃんの身体が元気になったら必ず会いに行きます。それまではどうか、私の身体で我慢してください。今度会った時に思い出話が聞けることを、今から楽しみにしています……』



「……ありがとうね。ステファナ。私、待ってるから……」

「あの子ったら、これで誰にも邪魔されずに眠れるとか言ってはしゃいでいたわよ。ほんと、変な子よね?」

「きっと、母親に似たんだと思います」

「あらやだ。跳ね返ってきちゃった」

「へへへ。私もよく、彼から変なやつだと言われてました」

「うわー、おたくもかー。どんどん追い詰められていくー。これは責任重大だー」


 顔を見合わせて笑った。

 お母様はわざとらしく頭を抱えて、うなだれるような仕草をした。

 その様子を見て、私は心の底から笑った。

 扉の奥に立っているアザミさんも、口を手で覆い隠して笑っていた。


「……あ、あれ?」

「え、え? なに? なにかまずかった? 気に障っちゃった?」


 そうではなかった。

 疑問が一つ残っていることにふと気づいたのだ。


「ところで私の身体は、どうして助かったんですか?」


 さっきまでおどけていたお母様の表情が一気に重たくなった。

 口籠ってはっきりしない態度の彼女に、私はもう一度同じ質問をした。



 ……すると、悲しい答えが返ってきた。

 ここで目覚める前に見た、『小さな女の子』についての話だった。


「……本当に残念だったわね。きっとあなた達に似た可愛い子だったでしょうに」

「……大丈夫です。あの子はちょっと、お出かけしているだけですから」

「レシュア……」

「あの子のことは、私達でしっかり守っていきます。だから、心配しなくても、いい、ですよ……」


 気がつくと、ぼろぼろと零れ落ちていた。

 一緒には行けないと知らせてきた彼女の柔らかい顎の感触が、まだ肩に残ったまま、離れない……。

 私はそんな彼女の大きな愛を、自分の肩ごと抱きしめた。

 感謝しきれない思いをなんとかして届けようと、心の声を上げて。



「……痛かったよね。……辛かったよね。……一人ぼっちでずっと寂しかったよね。……本当にごめんね。……私、頑張って生きていくから。……だから、あなたをいつか、もう一度抱きしめさせてね……」



 また会えることを約束してくれた彼女を信じて、今は前に進もうと思った。

 いつかありがとうを直接伝えるために、もっと優しく、大きくなって……。



 そんな私を見ていたお母様は、まるで駄々をこねて泣いた子供をあやすかのように、この身体を強く抱きしめてくれた。


「彼も泣いていたわ。二人に申し訳ないことをしてしまったと、激しく自分を責めていた……」

「……私が、彼のこともちゃんと守っていきます」

「素敵なお母さんになってね」

「……はい、頑張ります……」

「……さあ、彼のもとへ行きなさい。そしていっぱい抱きしめてもらいなさい!」

「……私を産んでくれて、ありがとう、お母さん。必ず、幸せになるからね……」




 部屋を出る前にステファナの眠る箱に挨拶をした。

 言葉は返ってこなかったが、彼女らしい温もりが箱から放たれているのを感じ取った。

 彼女の顔で笑顔を送ると、彼女も私の顔で笑顔を返してくれたような気がした。



 付き添う二人の女性の前を歩いて、地下の階段を上がりきる。

 正門前の大広間には大勢の軍兵が集まってくれていた。


「あなたの新たな旅立ちを見送りたいのですって」


 そこに立っている全員が笑顔を向けて、個々の気持ちを声に出していた。

 軍兵達は広間の中央に道を作り、通り過ぎる私に祝福の言葉をかけてくれた。



 絶望から逃れたかったあの時の出立とは違う、悲しみに満ちた笑顔があった。

 新たな希望へと突き進む門出が彼らの無償の愛で華々しく彩られ、失いかけた生命がはじまりの鼓動を伝える……。



 一人一人に感謝の言葉を伝えた。誰もが涙を流していた。

 みんなの心の一つ一つを胸に仕舞い込んで、一歩を踏みしめる。

 こんな私に明日をくれた人達のことを、一生忘れないと心に刻みながら……。



 正門を抜けた先の眼下には、美しい緑の大地がどこまでも広がっていた。

 まるであの時の『遠足』の日に戻ったような気分だった。



 振り返ると、お母様とアザミさんが並んで微笑んでいた。


「マレイザお姉様はどうしたのですか? それと、ルウスおじさまも」

「二人ともあなたより先に城を出て行ってしまったわ」

「そう、ですか。なんだか、寂しいですね」

「彼らのことだからきっとすぐに会いに来てくれるわよ。城にひょっこり戻ってくるようなことがあったら思いっきり叱ってあげるんだから。早くレシュアとメイルに会いに行きなさい、てね」

「なんだか、すごく頼りになります」

「ヴェインは今、各都市の復旧を続けているからここにはいないわ。あとで顔を見せにいくからよろしく頼むぜ! だそうよ」

「はい! 楽しみに待っています!」


 そこから会話が途切れて、ただ見つめ合うだけの時間が流れた。

 後ろで見守る軍兵達が激励の声をかけてくれている。

 なかなか別れられない私を見かねたのか、お母様がスカートを摘んで近づいてきた。


「……ごめんなさい。うまく気持ちが伝えられなくて……」

「……なにかあったらいつでも帰ってきなさい。ここもあなたの居場所の一つなのだから」

「……いつか、彼と一緒に来ます」

「……そうそう。別に今生の別れじゃないんだから、ふらっと遊びに行くくらいの感覚で行ってしまえばいいのよ」

「……はい。そうですよね」

「……ほら、早く行きなさい」


 お母様に両肩を回されてそのまま背中を押されてしまった。

 少しだけ前に進んでみて、やはり気になったのでもう一度後ろを向く。



 お母様は大きく手を振っていた。

 私もみんなに大きく手を振った。



「……みんなと出会えて、本当に、幸せでした」



 小声で喋ったので反応はなかった。

 それでも彼らは笑顔で見送ってくれていた。



「……あなた達のことも、心から、愛しています」



 彼らに背を向けて歩く。

 もう悲しい過去を繰り返さないと、胸に固く誓って……。



「あ、ごめーん。言い忘れてたー」



 お母様の声だった。

 私は振り返って、彼女が走って近づいて来るのを笑顔で待った。


「はあはあ、ごめんごめん」

「……どうしたんですか?」

「メイルから伝言預かっていたの。で、それを伝えておかなくちゃと、思って」

「分かりました。でも、落ち着いてからでいいですよ」

「そう、ね。ちょっと、待っててね」


 お母様は何度か深呼吸をして微笑んだ。

 ……そして、その小さな丸顔を、私の耳元にゆっくりと近づけた。


「……一度しか言わないからよく聞くのよ。いいわね?」

「……はい」

「……じゃあ、言うわよ」

「……はい」























『……名前は日向。日に向かうと書いて、ヒムカだ。俺達に希望の光を照らしてくれた彼女にあげる最初の贈り物をその名前にしたい。どうだろうか。この名前を二人で力を合わせて未来まで送り届けてやりたい。もしお前がそれに賛成してくれるのなら、笑顔で帰ってきて欲しい。俺はいつまでも、待っているから……』























 ……私は、お母様と別れて森を突き進んだ。



 木の枝についた葉は新緑の鮮やかな色に染め上げられて、そこから落ちる木漏れ日が、今日という日の旅立ちを温かく後押ししてくれていた。



 澄んだ空気を吸い込み、星の愛で全身を潤していく。



 目に見えるものは、あの頃と全く変わらない姿をしていた。

 果てしない人生の先にあるどこまでも美しい光が、この小さな身体に降り注がれていくことで時の流れへと変化していく……。



 十二年という歳月を経ても、ときめきは変わらなかった。

 様々な苦難を越えて生きてきた未来の世界は同じ景色を見せ続けてくれた。

 それは、もう一度出会いをやり直す私に向けた、星の贈り物かもしれなかった。



 森を進む途中で寄っておきたいところがあった。

 そこは機械兵を初めて倒した場所だった。



 ……デイミロアスとロッカリーザ。

 未熟な私に命を教えてくれた大切な人達が眠っている場所でもあった。

 私は別れる前に残しておいた目印の前に立って、かつての戦友に挨拶をした。


「……人生を救ってくれたあなた達のことを、一生忘れません……」


 二人の顔が脳裏に浮かんだ。

 あの、希望と覚悟に満ちた表情が、私の中で今も生き続けている。

 彼らがなにを望んで命を断ったのか。

 思えば思うほど、未来への意思が固まっていった。


「……また来ます。その時は今よりも大きな心を持って戻ってきます。そして、この世界をもっと明るくさせてみせます。だから、どうか見ていてください……」



 彼らの悲しみは明日の世界に繋げていく。……絶対に、無駄にはさせない。



 あの時流した絶望の涙とは違う感謝の涙をその地に染み込ませた私は、生きることの意味を教えてくれた恩人達の墓標に頭を下げて、その場をあとにした。




 ……愛するものを守るための犠牲は、時として悲しい結末を呼んだ。

 人の心を翻弄する運命は現実という過酷な空間に無慈悲の回答を提示し、素知らぬ顔で通り過ぎてしまう。それが最高の結果だったのか最低の結果だったのかを教えてくれる者はいない。

 残された私達は先の見えない明日に向かってもがき苦しみながら答え合わせをする。正解かどうかは分からない。正解そのものがないのかもしれない。

 それでも人は歩み続ける。生きている限り、愛する人が側にいる限り、いつか光が差し込む日が来るのを信じて……私は、突き進んでいきたいと思う。




 森を抜けた先には、鮮やかな緑の大地が広がっていた。



 私は走った。

 短い手足を必死に動かして走った。

 彼と巡り会った場所で、もう一度幸せになるために無我夢中で走り続けた。



 しばらく進んだ先に地上に佇む一軒の家屋が見えたのでそこで立ち止まった。

 その隣に広がる耕されたばかりの畑を見ると、土まみれになって作業をしている愛おしい姿が見えた……。




 渾身の力を振り絞って彼の名を叫ぶ。


 彼はそれに気づいて、大きく手を振ってくれた。


 私も、笑顔で手を振り返した。




 ……その瞬間、彼との時間が再び動き出した。




 姿は変わってしまったけれど、愛する気持ちはずっと変わらない……。

 私だけに贈られるそんな笑顔が、心をしっかりと包んでくれていた。



 ……かつてのように愛し合うことはできないかもしれない。でも……

 ……いつか本当の再会があることを信じていれば、きっと越えていける。



 だから私は、今から彼に二度目の告白をしたい。

 「あなたのことが、本当に好きです」と……



 晴れ渡る空から差した光が、一本の道を作る。

 私はその道の先にある彼との未来に向かって、ゆっくりと歩きはじめた。

 


 ……長い間待ち望んでいた最高の笑顔が、目の前で少しずつ輝いていく。



 最初の抱擁は涙を流さないと心に決めていた。

 あの時芽生えたおてんばな恋を、さらに大きな愛へと育てていくために……。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

……あなたの未来にも、光り輝く愛が降り注がれますように。

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