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三歩先の暗然 / brxu vhfxulwb その1



『……死んで自分が救われると思っているならそうしなさい。あなたのために人生を捧げ、涙を流し、傷ついた人達の費やした時間を溝に捨てる勇気があるなら私は止めないわ。……あなたはあなたなのだから。後悔することは決して悪いことじゃない。こんな時だからこそはっきり言葉にしてくれて嬉しかったわ。ありがとうね。じゃあ、私達先に行くから……』



 本当に死のうと思っていた。デイミロアスとロッカリーザ、そしてゼメロムの住民を死なせてしまった罪を背負って生きることなんて考えられなかった。レイン・リリーの返答に胸を締めつけられてもなお、活路を見出せない自分はもう駄目だと思った。



 地下都市ゼメロムを破壊した後、二人がなにやら休憩する場所を探さなければと会話しながら歩きはじめるのを見ていた私は、どういうわけか声をかけていた。ここの近くに地上の人が住んでいるかもしれないから、そこで休ませてもらったらどうだろうかと。

 歩みを止めて振り向いた二人は満面の笑みを浮かべていた。



 案の定、道案内を頼まれてゆっくり歩を進めていると『彼』に会えるかもしれないという小さな喜びがまだ心に残っていたことに気づいた。

 どちらかの足を踏み出せば自然と時間は経過していく。後ろを歩く二人はこちらの意思に任せてついてきてくれる。

 この時にふと、人は考えなくても勝手に生きてしまうことを知った。



 ……後悔することは決して悪いことじゃない。でも立ち止まってしまってはいけない。理由がないならとにかく歩いてみればいい……。



 レインが本当に言いたかった言葉が、彼女の全身に溢れるアイテルに溶け込んで私の背中に突き刺さった。

 私は彼に会いたい。彼の近くにいたい。それだけを理由に生きてみようと思った。不思議と居心地の悪さは感じなかった。

 のちにレインは、死なせてしまった人達に対する思いは生きている人に返せばいいと教えてくれた。そのとおりだと思った。今の自分にできることを探すだけでも誰かのためになるのかもしれない。そう感じたのだった。





「レシュアの姫ちゃーん。乗り心地はどうよー」

「少し怖いですけどー、平気ですー」


 ヴェインが抱える約六メートルの梯子の上に固定された椅子。私はそこに座りながら、彼らとリムスロットに向けて移動していた。メイルの家から三百キロメートル近い距離があるので、アイテルによる『飛行』が必要だということらしかった。

 レインはメイルを背負い、ゲンマルお爺様はさすが達人というだけあって軽々とついてきていた。

 私は周囲のアイテルを無効にしてしまうので有効範囲である『五メートル』を離さないとヴェインには運べなかった。



 地下都市リムスロットに到着したのは正午を少し過ぎた頃だった。

 巨大な岩山の麓に配置されていることを除けば、入り口も内部も地下都市ゼメロムとほとんど変わらない光景が広がっている。



 二日前のことを思い出して少し気が滅入った。

 みんなの前では真剣な表情を装ってなんとかごまかした。



 居住区域からの迎えをレインが片手一つで応える。全員の入都を確認した住民はすぐに入り口を封鎖した。


「シンクは今日いるの?」


 明らかに普通の住民とは異なる衣服を纏った男性が居住区域の片隅に建っている無骨な施設の扉を指差した。


「特殊医療室の中にいるって。せっかく来てあげたっていうのにこれだものね。あいつのことだからきっと、やあ、お待ちしておりましたよマイスウィートプリンセスレシュア~、とか空気読まない挨拶するわよ」

「レイン。うちのゲンマル爺さんはどうする?」

「そうね。今日からここに住んでもらうんだから手続きしなくちゃいけないわね。ヴェイン、代表に話つけといて」


 ヴェインに手を引かれたお爺様が居住区域に消えていく後姿をメイルは寂しそうに見送っていた。なにか話しかけようか迷っていると、彼がこちらの顔を見て小さく笑った。本当に小さな笑みだった。


「仲間外れにされないといいんだが」

「メイルが守ってあげればいいよ」

「それができればな。でも俺はアイテルを使えないからここには住めないんだ」


 初めて出会ってから十一年が経過した彼は雰囲気こそ当時のままだったが、言葉遣いと容姿がすっかり大人になった印象を受けた。身長も当時は同じくらいだったのが今は頭一個分伸びている。

 時間は一直線に繋がっていたはずなのに目の前の彼はまるで別人だった。力強い頬骨と下顎のえらにかけての直角線がとても男らしく感じられて、固く閉じられた口元は油断すると吸い込まれそうになった。

 見れば見るほど新しい発見があって視線を離すのがもったいないと思うほどだった。


「ちょっと。あなた達も行くのよ。ここの主に顔合わせておかないと話進まないんだから」


 レインに呼ばれてすかさず彼を見つめると、眉をひそめた苦笑いが返ってきた。

 私は彼が先を歩くのを待ってから、少し後ろを早歩きで追いかけた。


「やあやあ、待っていましたよ。おお! そこにいるのはワールドプリンセスエレガントレシュアさんではありませんか! ……そこの男子は? はあ、知らない顔ですね。新たに見つかった王族の方ですか? 違う? そうですか。これはこれはどうもはじめまして。僕はここで医者のようなものをやりながら様々な分野の研究をしております『シンクライダー』というならず者です。どうかお見知り置きください」


 特殊医療室と呼ばれる施設の内部には見たこともない機械や球体状の蛍光器や、床に垂れ下がった無数の線状の物体が乱雑に置かれていた。唯一分かるものといえば、見るからに寝心地の悪そうな寝台があることくらいだった。

 シンクライダーと名乗った医者は、黒い縮れ毛を肩まで垂らした彫りの深い顔立ちの男性だった。メイルより大分年上に見えるがそれでも若い部類に入るのではないかと思う。笑った時にくっきりと入る笑窪が印象的だった。


「彼はメイル・メシアス。今日からレシュアを専属で護衛することになった一般人よ。戦闘以外は彼の管理下にあるから余計なちょっかいは出さないこと。いいわね。あと、彼アイテル使えないから。王族関係者の特権とか適当な感じで住民登録もお願いしたいわ。可能よね?」

「……ちょ、ちょっと待った」

「なによ」

「俺が? マーマ……、レシュアの護衛? 聞いてないぞ」

「あれ? 話してなかったっけ。まあそういうことだから。もちろん、異論はないわよね?」

「いや、ここに残してくれるんならこっちとしてはありがたいが、状況が全く掴めない。分かるように説明してくれないか」


 私も知らなかったことなので彼に倣い首を縦に振った。


「随分と立て込んだ事情がありそうですね。それならばお茶を淹れてきましょう。緑茶になりますが皆さん平気ですよね?」


 シンクライダーは楽しそうな足取りで流し台のあるほうに消えていった。

 レインは私とメイルに適当なところへ腰掛けてもいいと言ってきた。

 私は、彼の隣に座った。


「さて、どこから話そうかしら。こういうことはヴェインのほうが得意なんだけれど、当分戻りそうにないから私の説明で分からなかったら彼に聞いて頂戴。まずは今の状況についてね。おおよそのことは昨日の王城放送で聞いたとおり、異星文明カウザは事実上の地球侵略を開始した。ゾルトランスはカウザに抵抗するべく策を練っていると思うけれど、私達が知る限りまだ行動を起こしていない。その理由を説明すると、一つは王城を守ることを第一としていること。もう一つは自分達の抵抗手段を相手に知らせないよう慎重に機会を探っているのだと思う。どんな兵器を隠し持っているのかまでは分からないわ。でも王城のどこかにアイテルを動力源とした破壊兵器が隠されているという噂もある。もしあるのなら早いとこカウザに使ってしまえばいいのにと思うでしょ? でもね、そこが問題でもあったりするの。機械兵はたくさん地上に降ってくるのに、どこから降ってきているのか分からないのよ。敵の本拠地、おそらく空中要塞みたいなものだろうけれど、雲に隠れているのかもしれないし、空の色に紛れているのかもしれない。つまりね、居場所の特定ができないから攻撃もできないというわけ。ここまででなにか質問はある?」


 メイルが話を整理したいと頭を掻き毟っていると、シンクライダーが緑茶と呼ばれる飲み物を片手に二つずつ覚束ない手つきで持ってきた。透明な器に入った薄緑色の液体は、さらさらと揺れながら熱そうな湯気を立てている。

 細長い管が刺さった容器に手をかけようとすると、それはレインのものだと注意されてしまった。



 全員に渡し終わるとシンクライダーは誰よりも早く容器に口をつけた。手で持っていても分かる高温の液体を彼は息で冷ましながらおいしそうに啜っていた。

 私も恐る恐る口に含んでみる。苦味の後にどことなく落ち着いた香りがする不思議な飲み物だった。喉に通しても苦しくはならなかった。


「はーいせんせー。質問いいですかー」

「シンク君、珍しいわね。どうしたのかな?」

「あれ、意外に乗ってくれるんですね。やってみた甲斐がありました」

「あんたもそういうところは気にしたりするのね。感心したわ」

「それはどうも。では真面目に質問します。ゾルトランス軍は地上に降りてきた機械兵に今後一切関わらないつもりでしょうか?」

「結論から言うわ。そうよ。元老院は端から地下住民を守ろうなんて考えはないと思う。仮に防衛区画を作って軍兵を配備したとしても逆に不自然でしょう? ここにはなにかがありますって言っているようなものだし。とにかく、自分達のことは自分達でどうにかするっていうのが連中の方針で、私達にとっても好都合というわけね」


 王城の話題になると自分のことを言われているような気がした。

 こういう時はメイルを堂々と見られなくて、少し歯痒い。


「俺も、質問いいか?」

「はい、メイル君」

「昨日も言っていたが、あんたらはこの地下都市を防衛するんだろ。なんだか矛盾していないか? それならいっそのことここに隠れていたほうが戦いに出るより見つかり難いんじゃないのか?」

「考えが甘いわね。それじゃ簡単にやられてしまう」

「なぜだ」

「だって、私達はまだ奴等のことほとんど知らないのよ。今のところ機械兵に関してはアイテル攻撃で破壊可能ということは分かっている。でも今は破壊することで手一杯。少し気を抜けばあっという間に終わりよ。こちら側でもさらなる増強を考えなければならないし敵側の情報だって手に入れたい。そのためには隠れているだけでは駄目なの。もちろん都市は守るわ。そのための準備もしている。解説はシンクがしてくれるわ」


 寝台に座っていたシンクライダーが得意げに咳払いをして注目を集めた。

 レインは一仕事終えたみたいに肩を降ろして透明な管を咥える。

 二人のなにげない行動に心なしか緊張を感じた。


「現時点で明らかになっていることがまだ少ないので憶測が混じることがありますが、そこは大目に見てください。ではまず、彼らが送り込む機械兵について分かっていることを話します。体長は約二メートルで人間を模したような頭や手足がついています。動きは俊敏で地球人の並みのアイテル移動でも危険が伴われるくらいです。戦闘に参加可能な人間は本人の意思にもよりますが限られることでしょう。生命の危険に関わることなので慎重に対応していきたいですね。次に機械兵の行動目的についてお話しします。これは僕の個人的な見解なのですが、この星に存在するなにか重要なものを探しているのではないでしょうか。各々が独立して動いている点から見ても広範囲を調べようとしている機械的心理が読み取れます。この先彼らの求めているものと接触を許してしまった場合、戦況がどう変化していくのかは想像もつきません。素直にお帰りいただけると嬉しいのですが、なにせお客は頭の固い方達ですからね。一筋縄ではいかないでしょう。なにはともあれ彼らのことをもっと知っておかなければなりませんね。例えば先程レインさんの話にあった都市防衛に役立つ情報なんかもその一つに挙げられると思います。他都市の知り合いから聞いたところによりますと、どうやら機械兵はなんらかの条件が揃うことで地上の探索を終了することが分かっています。しかもある時間を境に機械兵全体が撤退する事実から、あれには活動限界があると推測できます。原動力が有限である可能性が高いというわけです。いずれにしても今後の活動時間を細かく調べていけば出現時間を先読みできることでしょう。彼らの行動を事前に把握しておけば討伐部隊を都市から離れたところに待機させることができるので、我々の居場所を特定される危険は回避できます。あとは実戦を重ねながら有益な情報を集めていき、彼らよりも優位に立つための手立てを講じていきたいというのが僕の考えです」


 腕を組んで熱心な表情を浮かべていたメイルはなにか不満を言いたげな様子だった。他の人には考えつかない方法や発想を胸の中に隠しているのだろうか。

 私にはそれが彼との思想の違いを明るみにしてしまう悲観的な材料になるような気がして怖かった。そう思ってしまうと口は意識的に閉じられて、彼らの思うがままの未来が切り開かれていった。



 今の私にとって大切なことは戦争に負けることよりもメイルに嫌われないことだった。この胸に刻まれた取り返しのつかない傷口を維持してくれるのは彼の他にはいなかったからだ。

 必要とされなくてもいい。せめて近くにいることを許してくれる関係を続けられればよかった。そのためだったら異星文明だろうが機械兵だろうがなんだって相手になってやると思った。



 それとシンクライダー。この人の目は侮れない。さっきからずっと私のほうをちらちらと見ている。

 こちらの見て見ぬ振りをむしろ楽しんでいるかのような両頬の笑窪。この人もレインと同等のアイテル能力者だとしたら、私の違和感にもう気づいているはずだ。



 距離を目算すると、アンチアイテルの適用領域にしっかりと入っていた。




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