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久遠へと続く契り / cutting for your dawn その2



「ど、どうして!?」

「俺の胸の中の機械はお前がジュカに行っている間に取り除いていたんだ。訓練の邪魔になると思ってな。今まで黙っていて、ごめん」

「……聞こえて、いたの?」

「ああ。どういう仕組みなのかは分からないが、ここに入った時からお前達の会話はこの船全体に流れていたよ」

「……そっか。全部、聞いていたんだ……」


 メイルが生きて、ここにいる……。

 言葉にならない感情が押し寄せてきて、涙が止まらなかった。


「辛い想いをさせてしまったな……」

「……よかった。……よかったよぉ……」


 ……世界は、繋がっていた。

 たとえこれが夢の出来事であったとしても、私には幸せすぎる再会だった。


「あのな、今ルウスがここに囚われているカウザの人間を俺達の乗ってきた船に乗せているんだ」

「……知ってる。私もさっき会ったから」

「そうだったのか。……でな、早いところここを壊してしまいたいところだけど、救出が終わるまでは迂闊に動かないほうがいいと思うんだ。特にお前のアイテルではこんな船一瞬で壊れてしまうからな」

「じゃあ、どうするの? ……あいつ、きっとまだ生きてるよ」

「……マーマロッテ。お前はここで見ていろ。オントは俺が相手をする」


 彼は離れる前に私の頭をくしゃくしゃに撫でた。そして私の顔が笑顔になったのを確認して、オントのほうに歩いていった。



 活動を再開したオントは刺さった刀を自分で抜いてそれを放り投げた。

 メイルはそれをアイテルで引き寄せて右手に納める。


「わざわざやられに来たのか」

「どうだろうな」

「このとおり、そなたの再生能力は全て解明された。その意味が、分かるな?」

「どのみちあんたはここで消えるんだ。さっさとはじめようぜ」


 私は立ち上がった。

 彼の最後の戦いをしっかりと目に焼きつけて、忘れずに持っていけるように……


「さあ、来るがよい! 微塵にしてやろう!」

「……お前にも、心を教えてやるよ……」


 両者が全力で激突する。

 衝撃によって起こった風が部屋全体に行き渡って、私の髪が大きくなびいた。


「そなたはなぜ来たのだ? ここは危険を冒してまで来るところではないことを知っていただろう」

「……知っているから、来たんだよ」

「なるほど。おぬしよりも強いあの地球の女をわざわざ追いかけてきたというわけなのだな。……ふん! なんと無意味な行動よ……」

「お前は、本当に分からないんだな……。あいつが俺にとってどれほど大切な存在なのかを……」

「では、我にも分かるように答えるのだ。あの者は、そなたのなんなのだ?」

「……俺の、人生の全てだ!」


 少し距離をとるとメイルは両手に握った刀を振り下ろした。

 オントがそれを両手で受け止める。


「……全てというのは、そなたの命よりも大事なものなのか?」

「命? そんな軽いものと、比較するものじゃない!」

「ではなんなのだ! ……まさか、地球人は未だ『アイ』という不明瞭で愚昧な思想を持って繁殖していたのか!?」

「……他に、なにがあるっていうんだよ!!」


 オントは受け止めていた刀を床に向けて振り下ろす。

 その力で刀の先が硬い音を立てて、折れた。


「これで、終幕だ!」

「……タデマル、ごめんな」


 折れた先を放り投げたオントは表情を変えて突進してきた。

 メイルは攻撃をなんとか受け止めるが、力の差でやや押された。


「アイがあるから戦い、対象のために命を懸ける? ……くだらない。なんとつまらぬ発想なのだ! 己を守らねばその気持ちも失われるというのに!!」

「……ほんと、あんたには同情するよ……」


 メイルは刀を左手に持ち替えて大きく振りかぶった。

 大きく開いた彼の懐めがけてオントが拳を打ち込む。


「……!!!!」


 ……しかしその直後、オントは体勢を崩した。

 折れた刀がオントの足首を切り落としていたのだ。


「き、貴様ぁあああああ!!」

「……お前の敗因を、最後に教えてやる!!」


 一瞬の隙を突いたメイルが目の前のものを高速で切り刻んだ。

 知らない言葉で発せられた叫び声が響き渡り、カタチが変わっていく……。



 ……そして、部屋に静寂が戻り、オントは消滅した。



「……これが、星の愛なんだよ」




 刀を戻して歩いてくる彼に抱きついた。

 いきなり来られて驚いたのか、彼の両腕は遠慮気味に包まれた。


「また、助けられちゃった……」

「この、おっちょこちょいが」

「へへへ。怒られちゃった……」

「まったく、世話ばかり焼かせやがって」


 無言のまま彼のはにかむ顔を見続けた。

 これもまた、思い出にしておきたかった……。


「でもな、俺の命よりも心を選んでくれて、本当に嬉しかったよ」

「とても苦しかった。こんなことは、もう二度としたくないよ……」

「ああ。もうさせないから、心配するな」

「うん。……ごめんね。ありがとうね」

「おいおい、どっちなんだよ」

「……きゃっ」


 船内に唸るような轟音が鳴り響いた。


「よし。うまくいったか」

「これ、なに?」

「ルウスからの合図だ。救出が無事終わったらしい。あとは何事もなく地球に戻ってくれれば言うことはないな」

「え? あなたは?」

「俺はここに残る。最後の仕上げをしたいんだ」

「仕上げ?」


 私を包み込む腕の力が強くなった。

 感情が先立ってしまっているせいなのか、やけに不器用な抱擁だった。

 私も、その気持ちに応えようと彼の背中を荒っぽく締めつけた。


「これからここを船ごと破壊する。手伝ってくれるか?」

「うん」


 メイルは私から離れると黒い球体が浮いていた大きな台座のほうに歩き出した。

 黙って背中の後ろについていく。

 彼が白い台座の前で止まると、私もその隣に立った。


「さっき倒したやつの動きを見ていてなんとなく分かったんだ。これが本体だよ」

「この台が?」

「なんとしてでも守りたかったんだろうな。まるで隙だらけだった。憐れな最後だったよ……」

「……これで、みんなの無念が晴らせるんだね」

「ああ。長かった……」

「お爺様も、きっと見守ってくれていると思うよ」

「……託された未来を、大切にしていかないとな」

「……うん。今日までの苦しかったこと、明日に伝えていこうね」


 なにもかもが、時を止めたみたいに懐かしく思えた。

 私と彼を繋ぎ合わせた、この果てしない世界の遠い記憶を見ているみたいに……


「よし。やるか!」

「うん!」


 私は虹色のアイテルを放出して、宇宙空間にいた時にできた不思議な空間を自分の意思で展開した。少し大きめに作った空間に彼の身体も収める。

 彼は再び刀を抜いてそれを前方に突き出すと、空いているほうの手で私の手を掴んだ。そしてそれを刀のほうに引き寄せると、私の手は彼のもう片方の手に絡まった。


「……俺達で、この戦争を終わらせよう」


 彼は両手で私の片手を握り締める。

 私も彼の手を両手で握り締めた。


「……なあ、実はな、お前にどうしても言っておきたいことがあったんだ」

「なあに?」

「……お前ってさ、いつも人の言うことを聞かずに自分勝手で、わがままで、ドジでおっちょこちょいで、のろまで、本当に困ったやつだった……」

「……うん、そうだね……」



 ……でもな、






















 ……愛してるよ、マーマロッテ。

 ……これからも、ずっと一緒にいような。






















 彼の瞳を見つめた。

 満面の笑みが輝いていた。

 たくさんの思いが込められた透き通る雫が、その心からとめどなく流れていた。


「……私も、メイルのことを、心から愛しています」

「ありがとう。その言葉、一生大事にするよ」

「……こんな私でよかったら、ずっと、側にいてください……」


 涙に濡れたお互いの顔を向け合いながら、声を出して笑った。

 分かりきっている気持ちを言葉で確かめ合っただけなのに、なぜか気恥ずかしくなって目をうまく合わせられなかった。彼はまたはにかんで頬を赤くしていた。


「なんだか、変な感じだな」

「でも、メイルのその笑顔が、一番好きだよ!」


 私は刀からそっと手を離して、彼に向けて両腕をめいっぱいに広げた。

 笑顔でそれを認めると、彼も刀から手を離し私の身体を持ち上げるように抱き寄せた。


「……これが、終わったら」


 涙声で、ほとんど聞き取れない。

 それでも黙って、彼を見続けた。


「……二人の未来を作ってさ、世界一、幸せになろうな」


 私は大きく頷いた。

 言葉では表現できない気持ちを全身で伝えた。



 彼の思い、彼の夢、彼の愛、彼が残す記憶……。



 その全てを、心で受け止めたかった。

 明日の私よりも、今の私を全力で愛してもらいたかった。


「……いいか。いくぞ!」

「うん!」


 今度は互いの意志で刀を掴んだ。

 二人の両手に力が込められ、刀はゆっくりと台座に食い込む。

 ……それは静かに下へと向かって切れていき、二つのアイテルが刀身に込められると、船全体を切り裂いていった。



 部屋の周囲が尖った音を立てて次々と破裂していく。

 爆発によって放たれた閃光は、私達を祝福しているかのように光り輝いた。



「……マーマロッテ」

「……メイル」



 私達は刀から手を離して向き合った。

 船全体が黄色い光を発しながら爆発する。



 欠片の一つ一つが一瞬にして燃焼を終え、静かに拡散していった。



 そして、地球を流れる大きな心が、新しい世界へと塗り変わる瞬間……



 ……私達は、そっと口づけを交わした。

 初めてした時よりも、優しくて甘くて、不器用なキス。

 口元から感じる少し切ない彼の心を、まだ生きているこの身体で受け止めた。



「うちに、帰ろうか」

「そうだね。帰ろう」




 美しい青と白の曲線を眺めながら私達は降下した。

 帰りは自分が飛ぶと言ってきたので、全身を彼にゆだねる。

 雲を突き抜けた先は、夜の空になっていた。



 眼下は真っ黒に塗り固められていて、底のない空洞を落ちている気分だった。

 しばらくして目が暗闇に慣れてくると、そこは見慣れた風景に変化していた。


「そろそろ着くから、速度を落とすよ」


 彼は暗い森の最頂部に照らされている光のある方向へと降りていた。

 そこは、私もよく知る場所だった。


「あそこは、リムスロットじゃないよね」


 ゆっくりと地上に着地した。

 そこは、ゾルトランス城だった。



 正門は閉じられていたが、上階から漏れる光で彼の姿をほのかに感じることができた。

 彼は、私の正面に立って俯いたまま口を開かなかった。


「……ここで、いいの?」

「……ああ」

「私さ、地下都市のみんなに、会いたいんだよね」

「……だろうな」

「ねえ、どうしちゃったの? なんか、変だよ?」

「……大丈夫だ。リムスロットの連中は今も元気に暮らしている」

「ううん。そうじゃないよ。だって、私達の家はあそこだよ」

「……なあ、マーマロッテ」

「なに?」

「お前は今日から、ここで暮らすんだ」

「え?」

「……そういう運命を、自分で選んだんだろ?」


 私が犯した重大な罪を彼が知っていたという事実に気づくには、その一言で十分だった。

 できることなら聞きたくなかった……。

 彼にだけは、後悔をさせたくなかった……。


「……あ、あの、ね」

「安心しろ。俺はお前を見捨てたりはしない。たとえ離れることになっても、心はいつだって側にある」

「……あのね、私ね」

「もう、なにも言わなくていい。もう、いいんだよ……」

「……私……私」

「だからもう、なにも言うな!」


 無造作に抱きとめられた。

 彼の胸は、悲しみで満ちていた。


「……メイ、ルぅ」

「どうして、話してくれなかったんだよ!」

「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい!」

「……マーマロッテ」

「……怖いよ。……メイルと、離れたくないよぅ……」

「いつも言っているだろ。どんなことがあっても、俺達は、変わらないんだ!」

「嫌だ!! 嫌だよ!! こんな終わり方なんて、したくないよ!!」

「俺だって、耐えられないよ……」

「……ねえ、ずっと、こうしていて」

「ああ、ずっと、このままだ!」

「……私が目を閉じても、ずっと、このままだよ!」

「約束する。だから、もう泣くな!」



 ……彼の温かい身体に包まれて、絶望の睡魔が襲ってくる。



 もうこれで最後になるかもしれない。そう思うと、急に自分が彼から剥がされていくような気がした。この身体から意識が飛び出してきそうで、それを食い止めようと思いっきりしがみついた。



 前に感じた苦しさは不思議となかった。

 ……これが本当の死なのだろうか。

 どことなく安らぎを覚える。

 それはもしかしたら、彼の胸に顔を埋めているからかもしれなかった……。


(……)


 眠りへ向かおうとする瞼が、意思に関係なく下りていく……



 彼ともっと話がしたかった。

 聞いて欲しいことがたくさんあった。

 昔話をもっと聞きたかった。

 優しい笑顔を、ずっと見ていたかった。



 ……彼を、いつまでも、愛していたかった。



「……メイルの心臓、あったかい」

「ああ……」

「……未来が、見えるよ」

「ああ!」

「……世界がね、一つに繋がって、いくんだ」

「ああ。ああ!」

「……みんな、幸せそうな顔してる。……あなたも、いるよ」

「もういい。もう、いいって!!」

「……子供達がね、草原を元気に走ってるんだ。……とっても、可愛いよ」

「マーマロッテ!! マーマロッテ!!」























 ……あなたと、春の風、感じたかったな。























 彼の咽び泣く声が聞こえた。

 強く結ばれたその心は、どこまでも朗らかで、どこまでも眩しかった。



 空よりも美しく、海よりも優しく、大地よりも強く生きた人。



 最後まで幸せだった。

 彼のおかげで人生を完結することができた。

 恋を教えてくれて、愛を教えてくれて、命を教えてくれた。



 本当に、感謝しかない。

 ありがとう。メイル。

 さようなら。私の全て……。

 またいつか、どこかで会えるといいな。

 私、絶対に憶えているから。

 だから、あなたも……。

 ……。

 ……メイル。




 意識が途切れる寸前に見えたのは、森の中で初めて出会った彼のやんちゃな笑い顔だった。近づいて声をかけようとしたが、彼の顔は歪んだ笑顔となって霧状に飛散していった。駆け寄ろうとして足を踏み出すと、森は暗闇に包まれて私もその場所から散らばってどこかにいってしまった。



 ……これが、目を閉じる前に見た彼の最後の記憶となった。




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