その無限小、煌めいて舞え / a beautiful defect その3
「……なんだよ。説明してくれよ。……おいロル、なんか言ってくれ!」
「……即死、だったんです。見た時には、手の施しようが、なかったんです」
「……くそ! くそったれが!」
「……すいません。俺が、稽古をつけてもらおうと、言ったのが、悪いんです」
ロルは機械兵が来ないままだと身体が鈍ってしまうからと、レイン達を無理に連れ出したのだそうだ。
そこを、やつに見つけられてしまったのだ。
……そういえばやつは、ここを去る前に別の人間を確認したとか言っていた。
……まさか。
「……あいつが飛び去った方角には確か、地下都市ジュカがあったはずですけど」
「おいレイン! あんたらは今すぐ都市に戻れ! そして誰も外には出すな! やつはまだ、リムスロットに気づいていないはずだ!」
返事はなかった。ロルは小さく頷いてレインを立ち上がらせようとしている。
俺はもう、いても立ってもいられなかった。
「ロル、いいな! リムスロットは、あんたが守るんだ!」
超高速で飛んだ。
ジュカの位置は把握しているので迷わずに突き進む。
今の俺だったら一時間もかからずに行けるはずだ。
……オントが捕捉した相手が彼女だったとしたら、大変なことになる!
アイテルを覚えてからの彼女は体術中心の戦い方を控える傾向があった。アイテルに依存していたと言い換えてもいい。しかもその強すぎる実力が影響して防御を怠ったりすることもあった。そんな状態でやつと戦ったら間違いなく負けてしまう。取り返しがつかなくなる前に、なんとしてもやつの攻撃を止めなければならない。
俺はさらに飛ばした。
遮る空気を感じて、それをも味方にして、彼女のところへと急いだ。
瞬く間に切り替わる景色をひたすら突き抜けていく。この身体だけが時間を超越している感覚があった。
どれほどの時間を飛んでいたかは分からない。十分か、それとも一時間か、一日のような気さえした。それほどに、彼女は遠かった。
しばらくすると目の前に広がる景色の先に、一面を青色に染めたものが映った。
あれは海だった。小さい頃に爺さんと行ったことのある、美しい場所だった。
……二人で過ごした日々が、懐かしく思い出される。
最後は、痛かっただろうか。
苦しかっただろうか。
……あとでゆっくり聞かせてもらうから、少しだけ、待っていてくれ。
(……うむ、気をつけるのじゃぞ……)
知らない土地の海の向こうから、爺さんの相槌が聞こえたような気がした。
「……ありがとう爺さん。本当に、ありがとうな」
そして俺は、重たく鳴り響く彼女特有の打撃音を耳にして、とうとう再会した。
見つけた時にはオントが彼女に飛び込んでいる最中だった。
どういうわけか、マーマロッテは防御すらせずに茫然と立っていた。
……まさか、負けを認めたのか!?
俺は二人のところに飛び込んだ。
あいつだけは、絶対に死なせたくなかった。
……。
「……え、うそ、でしょ?」
「防御に徹する時は全開のアイテルだったろ。もう忘れたのか?」
「……あ、うん。ごめん」
「とりあえずお前にはこれ、無理だから、そこで防御してろよな」
別れる前よりも少し大人っぽくなった印象を受けた。
髪も切らないでいたらしく、肩に垂れる位置まで柔らかく伸びている。
久しぶりに見た彼女の顔は、頬をほのかに赤く染めていた。
「……あ、あの」
「なんだ」
「……大丈夫、なの?」
「心配するな。速攻で始末してくる」
刀に気を取られていたオントの腹に強烈な蹴りを入れて吹き飛ばすと、俺は彼女と意図的に距離を離した。そうすることで今後の戦いの方向を見定めて欲しかったからだ。
やることは一度目とほとんど変わらなかった。相手の攻撃の隙を突くまでひたすらよけ続け、ここだと思ったところに一線ホツマを振り込む。あとはそれを連続で当てるだけだった。
……今回は『三十秒』ほどで終わった。
マーマロッテのところに戻ると、彼女はすっかりへたり込んでいた。こっちに対してなにかを激しく求めていることが遠くからでもすぐに分かった。
ゆっくりと地面に降りて刀を鞘に戻す。
これまで溜め込んでいた気持ちを整理しながら俺は歩いた。
座ったままの彼女がこっちを見てじっと待っている。
俺は歩き続けた。乱暴に時間を戻さないように、そっと近づいた。
目の前に立った。彼女は立ち上がれないことを苦笑いで伝えてくる。
俺は地面に膝をつけて彼女の瞳を感じた。
そして、止まっていた時間を、動かす……。
俺達は、なにかに引き寄せ合うように抱き合った。
「……メイルぅ」
「辛かったか?」
「……うん」
「俺もだよ。ずっと、会いたかった」
「……生きててくれて、本当に嬉しい」
「お前を置いて死ねるわけないだろ」
「……約束、だもんね」
「ああ。いつだって、どこにいたって、守り続けてやるさ」
「……私も、ずっと守ってあげるからね」
俺は彼女にここへ来るまでのことを話した。ヴェインと再会したこと、今倒したやつのこと、そして爺さんのことも全部話した。
彼女は俺の頭を撫でて一緒に悲しんでくれた。
「私、ジュカに戻って報告してくる。あなたも行こう」
二人でジュカの防衛本部というところに行った。
途中まで手を繋いでいたので離してもいいかと確認してみたら、嫌だと言われたのでそのままで行くことになった。
ジュカの指揮者だというアネイジアに軽く自己紹介をしてからカウザの動向変化について説明した。ヴェインやロルにも伝えたオントの地下都市防衛対策についても話した。彼女は終始俺達の握られた手に目をやっていたが、話の内容はしっかり聞いていたらしく忠告のとおりにすると言った。
アネイジアの前に立ってからなぜか気まずい態度を取り続けていたマーマロッテは、報告を終えるなりここを出ようと言い俺の手を引っ張った。まだ言い足りないことがあった俺がそれを断ると、あからさまに嫌な顔をされてしまった。
「あの、こいつのことなんだけど、連れて帰ってもいいかな?」
はじめからそのつもりで来ていた。都市の人間に拒絶されても連れて帰るつもりだった。俺は迎えに行くと彼女に言った時からそうしようと心に決めていたのだ。
アネイジアは俺達が握っている手をじっと見ていた。その表情からは彼女の底知れない影が映し出されているように感じた。俺達のこととは別の、もっと根深いなにかが張りついているような、切なさと虚しさが滲む顔をこちらに向けていた。
結局マーマロッテはジュカの防衛部隊から外れることになった。アネイジアが許可を出してくれたのだ。
マーマロッテは最初躊躇して見せたが、俺達の説得の末に最後は嬉しそうな顔をしてジュカの離脱を受け入れた。
荷物を簡単にまとめてその日のうちに都市を離れた俺達は、別れていた四ヶ月間のことを話し合った。
シンクライダーの話はとても残念に思った。自分がかつてマーマロッテに対して抱いていた心境と重なる部分があって、身につまされるものを感じた。
彼女は他にも言いたいことがあったみたいだったが、どういうわけか途中でやめてしまった。かなり気になったので聞き返してみても、なんでもないと言うだけでそれ以上のことは話さなかった。
「なあ」
「なに?」
「帰ったら、まずはなにをする?」
「みんなに挨拶かな。それと、……お爺様にも」
「……そうだな。なんていうかさ、まだ実感が湧いて来ないんだ」
「今日はずっと、側にいてあげるね」
彼女の元気な声色が、なんとかして俺を元気づけようとしているのが分かった。
搾り出すように発せられたその声は、喉の奥でかすかに震えていた。
「……こんなこと言うのは変かもしれないが、……抱きしめてくれないか?」
「……うん。いいよ。それに、全然変じゃないからね」
俺は空中を飛ぶ彼女に優しく抱かれた。
言葉にはしていない四ヶ月間の苦しみが彼女の胸の中で爆発しそうになった。
……辛かった。苦しかった。痛かった。寂しかった。
それら一つ一つの感情がマーマロッテという大きな存在として今もここにいると思うと、俺は口から情けない声を出して泣いた。
「……私の胸の中だったら、いつでも泣いたって、いいんだよ」
「……ごめん。ごめんな」
「うんうん。大丈夫だから。私はずっと、あなたの側にいるから」
「……ああ。ああ」
「ほら、お守り。ちゃんとなくさないで持ってたよ。偉いでしょ?」
「……おう、偉いな」
「メイルは私にたくさんのものをくれた。だから、今度はたくさんお返しするね」
「……そんなもの、いらない」
「どうして? 嫌なの?」
「……もう、もらっている。贅沢すぎるくらいに」
「じゃあ、もっと贅沢にしてあげる。それなら、いいでしょ?」
「……嫌なやつに、なるだろうな」
「その時は叱ってあげる。それでまた、抱きしめてあげるよ」
「……ありがとうな。マーマロッテ」
「うん。だからさ、これからもよろしくね」
「……ああ。頼りにしてるよ」
俺達が気持ちを確かめ合っている時、遠い空の向こうであることが起こっていた。それはゾルトランス城から空に放たれた『強力な光』によって生じた出来事だった。
光の先には、これまで肉眼で見ることのできなかった巨大な機械の塊が姿を現していたのだ。
空一面に伸びた楕円形の物体は、強力な光の柱によって今にも地上に墜落しそうになっていた。大量の残骸が零れ落ち、地上と接触する度に大きな音を立てた。
俺とマーマロッテはその様子を黙って見ていた。
カウザの基地と思われるその巨大な物体が、とうとう動き出したゾルトランス城の一撃によって崩壊していったのだ……。
しかし、巨大な塊が地上に落下して強烈な光を放出した時、そこから小さな黒い塊が上空に飛んで行ったのを、俺達は見逃さなかった。
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