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崖の後ろにあるはずのもの / pupil's rejection その2



 座敷のほうから色気のない声が響いた。うわすげえとか、平面映像とかうけるんですけど、とか、これシンクが見たら古の宝とか言うよたぶんマジうけるんですけど、とか独り言を繰り返していた。

 うるせえんだよ、と試しに意見してみたら案外あっさり言うことを聞いてくれたので、思わず鼻から小さい息が漏れた。


「お、とうとう正式決定か。レシュア姫、これ見といたほうがいいぜ」

「しーっ。奥に怖いのがいるから、ね、お爺ちゃん」

「おや、このお方は女王様ですかいな?」



『……偉大なる女王の崩御から今日で二ヶ月が経過した。皆の悲しみはまだ深く残っていることと思う。新たな女王を待ちわびる声を度々耳にするが、次期候補の選出について我々は慎重な議論が必要だと判断した。三人の王女達は皆若く、準備が万全でないと考えていたからだ。安易な決定は皆の未来に直結する。亡き女王の遺志に背く結果だけは招きたくなかったのだ。……だがしかし、我々元老院は諸問題について本日緊急の議会を召集した。理由についてはのちに語られるだろうが、ひとまず新女王を選出したことをここに宣言する。マレイザ女王、こちらへ……』



「おいおい、すっげえ美人じゃねえか!? あの黒くて長い髪とかたまんねえぜ」

「お姉様……」

「緊張が伝わってくるわ。ああいう無垢な感じが男をころっと落としちゃうのよね。ほら、ヴェインの鼻の下、すごいでしょ? あーあ、私にもこういう時期があったんだけどなあ」


 マーマロッテが座敷に行ってしまったので一人になってしまった。

 首はまだ自由に動きそうにない。野郎と仮面がとにかくうるさい。

 王城放送から流れる音声に集中することしかできない自分が惨めだった。



『……皆さんとお会いするのは五年ぶりになるでしょうか。マレイザと申します。本日こちらにおられますグランエン・レブローゼ議長からの紹介がありましたように、わたくしが先代を引き継ぐことになりました。皆さんのご期待に沿うよう真剣に取り組んでいきますので、どうかよろしくお願いします。……さて、早速ですが皆さんに重要なお知らせがあります。結論から申しますと、地球は異星文明に侵略されてしまいました。今日はそうなってしまった詳しい経緯をお話ししたいと思います。……先日、異星からの使者と名乗る知的生命体が本城に来ました。急を要する相談があるということなので、わたくし達はそこで協議の場を設けました。話を聞くと、彼らは文明を築いていた『カウザ』という星の環境悪化で人類のほとんどが死に絶えてしまったらしく、星を脱出してきたのだと言いました。残りわずかな民でも救おうと次なる住処を探していたところ、この星に出会ったとのことです。そして彼らは自分達が住める程度の土地を分けて欲しいと要求してきました。その申し出に対し、わたくし達は即座に受け入れられない旨を伝えました。すると彼らは要求するにあたり交換条件を提示してきました。それは、カウザが作り上げた機械技術をこちら側に提供するというものでした。……皆さんもご承知のとおり、わたくし達の星はアイテル理解を推し進めるために不要な機械と競争を捨てた過去があります。今日の地球があるのは、初代女王のお考えと行動があったおかげです。カウザと地球の文明解釈に大きな隔たりがあることはわたくし達にとって見過ごすことのできない事実でした。……もし彼らを受け入れるとしたら、完全に隔離された領域に保護するという条件をつけなければなりません。気の毒ではありましたがわたくし達の出した回答はそうなりました……』



「不要な争いを避けるための決断にしては、ちょっと弱いのよね」

「お人好しな地球代表、といったところだな」

「……」


『……ところが彼らは、無条件での受け入れ以外の提案を聞き入れてくれませんでした。元老院と協議を重ねた上でこの先の進展はないと判断したわたくしは、最終的に地球への居住をお断りしました。どうやら彼らも理解してくれたようでその日は帰っていただけました。……そして昨日、彼らは調査用と思われる機械を地球に送り込んできました。強行と判断したわたくし達は抵抗する意思を明確に表さなくてはならない状況に陥り、機械を追い払うため軍の兵士を向かわせました……。しかし残念なことに今日、兵士達は遺体となって城に戻ってきました。……とても、とても悲しいことです。わたくし達は最善をつくし、平和解決に向けてあらゆる努力をしてきました。ですが、今日をもってその望みは絶たれてしまいました。皆さんには大変申し訳なく思っております。そして、この現実を受け止めていただきたいとも思っております。正しい未来を続けるためにやらなければならないことがあるのなら、それは一つの過程として正しい行動であることを理解していただきたいです。非常に残念な結果となってしまいましたが、わたくし達は己の正義を信じて前に進むしかありません。彼らは待ってくれません。今日もなにかしらの行動を起こすことでしょう。各都市の正門封鎖を指示したのはそのためです。わたくし達は全力で抵抗し、カウザの理解を待ちたいと思います。……お伝えしたいことは以上です……』



「つまり戦争ってことよね?」

「だな」



『……あ、あと、いもう……、レシュアについて言い忘れていました。昨晩彼女はカウザの機械を止めるため単身ゼメロムに向かいました。今後皆さんをお守りする中心となるはずです。彼女のことをどうか支えていただきますようよろしくお願いします。……ありがとうございます女王陛下。以上で放送を終了する。なお、軍兵に志願したい者は直接ゾルトランスに来てもらって構わない。相応の処遇を考えている。それでは、地球の民に星の加護と幸があらんことを!』



「妹思いの女王ってか。泣けるねえ。これはあれか? 緊急事態につき執行を一時保留にするってやつか?」

「使えそうな駒は残しておくという意味でしょう。本質は相変わらずだわ。自分達が権力者だと公言していることに気づいていないのかしら」

「お姉様……マレイザ女王陛下は元老院に言わされているんですよね?」

「仮にそうじゃなくても事実をぽろっと言うわけにはいかねえだろ。新女王のお披露目だぞ。まあいろいろと腹据わってるんだろうがよ」

「レシュア、今は都市の人達を守ることだけを考えなさい。そうすることがあなた自身の救済に繋がっているんだから。ね?」

「……はい」


 なんとなく現状が見えてきた。奴等三人はカウザとかいう異星人の存在を予め知っていて行動を共にしている。リムスロットに行く予定だと話していたから、きっとそこで防衛かなにかの体制を整えるつもりなのだろう。

 そしてマーマロッテ『レシュア王妹殿下』にはなにか裏の事情がある。

 あのやつれた顔は嬉しさから形成されたものではないだろう。どことなく、ある種の諦めを通過した顔に見える。



 俺の身体は無意識に詳細を知りたがっていた。でも奴等との関わりをなるべく避けたいとも思っていた。あの元老院を敵視しているのだ。そんな奴等に付き纏っていたらきっと厄介ごとに巻き込まれるに違いない。

 あとは地球に飛来してきた異星人だ。そいつらは俺達をどうしたいのだろうか。地球の土地を借りることが目的であるなら、地球人に意味もなく危害を加えたりはしないのではなかろうか。

 そういえば、仮面女が妙なことを口にしていた気がする。ゼメロムがどうとか。


「おい、そこの仮面の人」

「なに、私のこと? 相手して欲しいの? レシュア、彼氏ちょっと借りてもいいかしら?」


 ジャキ、ジャキ、と不気味に足を鳴らしてこっちに近づいてくる。首を軽く捻って視線を床に移すと、女の膝から下が人工的というか機械のようなもので覆われていて、それはおそらく『義足』だった。

 もう少し頑張って全身を眺めてみると、女の骨格と身長が不釣合いであるように見えた。服装は全身が真紅で統一されている。足音だけでなく、その容姿も負けず劣らず不気味だった。


「で、どうした青年。用を足したくなったのか?」

「さっき地下都市ゼメロムのこと話していたよな。なにかあったのか?」

「ああそれね。カウザの機兵隊が都市の内部に侵入してきたから爆破したのよ」

「は?」


 仮面の女ことレイン・リリーは昨夜に起こったことを大まかに説明してくれた。最初の動機がどちら側にあったにしろ両者が争いごとを起こしたことは事実だった。


「その機械兵というのは理由もなしに人間を襲ったのか?」

「分からない。でも喧嘩をふっかけてきたのはあっちのほうよ。同じ人間ならまだしも相手は言葉を発しない機械だから、ちょっと待ってとも言えないでしょ?」

「そういえばさっきの放送で入り口を閉鎖したとか言っていたな。地下都市にずっと隠れていれば争いは起こらないと思うか?」

「無理でしょうね。そもそもゾルトランスとカウザが関係をこじらせたんだし。私達が大人しくしていようとも戦争ははじまる。地下都市の封鎖も一時的な防衛に過ぎないわ」

「とばっちりを食うわけだ。それで? あんたらは戦うのか?」

「当然でしょ。王軍なんて当てにならないわ。まだ相手の戦力も把握してないはずよ。アイテル至上主義の頭でっかち集団ですもの」

「リムスロットに行くと言っていたな」

「そうよ。……ああさっき、ゲンマルお爺ちゃんが一緒について行きたいって言ってたわ。ここはもう駄目だからって。あなたは、どうする?」

「自分の爺さん置いていけるかよ。それにここはもう駄目だ。畑仕事は続けられない。やったのがカウザの野郎だとしたらなおさらだ」

「あら、野菜って、もう作れるの?」

「なんだよそれ。流行りの謎かけか?」

「だってあなた、『アイテル使えない』じゃない……」


 仮面の下についている顔がきょとんとしていますと言わんばかりの反応を示してきた。俺はもう少し探りを入れようと黙ってみた。


「……あの子、レシュアの側にいても、なにも感じなかったみたいだし、第一アイテルが使えたらわざわざこんなところに住まないでしょ? だから不思議だなって思ったの」

「俺、野菜食っても死なないから……」


 余計なことを口走ってしまった。よりによって素性も素顔も知らないお喋り女の前で。

 こいつはきっといろんなやつに言いまくるだろうと後悔しながら、話の流れを変えようとあれこれ考えた。


「……まーたメイル君ったら、冗談がうまいんだから。地上で栽培したものをアイテルなしで食べられるわけないでしょう。あ、やっぱりアイテル使えるとか?」


 逆にからかわれていた。誘導されていると言い換えてもいいだろう。

 アイテルが使えない人間は独特の波長を持っていると昔爺さんから聞いたことがある。この女は想像以上に危ないかもしれない。


「……残念ながら使えないよ。というわけで俺はあんた達の役に立ちそうもない。それとリムスロットに行っても入れてくれる保証はない。爺さんが無事に着くまでは一緒に行ってやるけど、あとは好きにさせてくれ。頼むから」

「……そう。ならいいわ。今晩泊めてくれるだけで十分よ。あなたとお爺ちゃんには本当に感謝してる。ありがとう……」



 ……今日もらった命、大事にするからね。



「え?」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――

次はレシュア視点の話に戻ります。

以後、1話ごとに二人が切り替わっていきますのでよろしくお願いします。

※途中で3人目の視点が1話だけ入るかもしれません

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