その無限小、煌めいて舞え / a beautiful defect その2
もとの生活に完全に戻りつつも鍛錬を続けていた俺がタデマルに緊急で呼ばれたのは、マーマロッテと別れてから四ヶ月が経過した早朝のことだった。
急いで監視室に行くと、タデマルが表示させた立体映像に見たことのない飛行物体が一つ映っていた。カウザのものであることは即座に認識できたが、それが一体どのような用途で送り込まれてきたのかまでは明確な答えを出せずにいたため、俺を呼び出したのだという。
「黒い物体。人の形にも見えるが、タデマルはどう思う?」
「おそらくは、そうなのだろうね。前にここへ来た人間そっくりの兵器とも雰囲気が似ているし。どうする? 出るか?」
「そうだな。だが一応レイン達にも報告は入れといてくれ。もしかしたらあれだけではないかもしれないからな」
「くれぐれも気をつけるように。最近の君は少し自信がありすぎるように見える」
「あんたに言われたくはないよ」
「まったくだ。自信だけに頼って生きてしまうとこのように自分を見失うのだ。いいかい、接触だけはできるだけ避けるのだよ」
「分かっている。それじゃあ、ここを頼んだぞ」
「少し寒くなってきたから風邪を引かないように少し着込むといい。君のことだからどうせすぐに治ってしまうだろうけれど」
「一瞬が命取りだからな。気をつけるよ」
駆け足で外に出た俺は単独で謎の物体の後を追った。
高速で飛行する黒いものに十分な距離をとって追跡する。飛行速度やこちらの存在に気づいていないことなどを考慮すると、どうやらあれはなんらかの目的があって移動しているみたいだった。
黒い物体が進行をやめて空中で止まった先は、地下都市スウンエアのある土地のすぐ近くだった。
明らかに人の形であると分かる謎の存在は、上空からスウンエア一帯を注意深く眺めているかのような挙動を見せた。ここもリムスロットと同様に所在を隠していたはずだったが、とうとう見つかってしまったのだろうか。
静かに大地を見下ろす黒い物体をじっと観察していると、急にリムスロットのことが心配になった。あそこの位置まで知られていたとしたら、俺達の安息はたちまちカウザに奪われることになる。そして奴等が争うことをやめるか、または消滅するまで平穏な日常は二度と戻ってこない。
俺はこの戦争に命を投げ打つ覚悟があった。この命一つで終わるなら喜んで差し出していいとすら思っている。だが、守るべき者達が先に命を落とすようなことがあれば、そんな覚悟もまるで意味がなかった。
結果がどうなるにしろ、ここからは賭けだった。大切なものを守るために攻めに転じる。そういう段階に入ってしまったのだと痛切に感じた。
スウンエア上空から眺める人の形に動きがあった。その視線を目で追うと、都市の住民らしき人影が出てくる様子が目に映った。
最悪の展開になったと思った。黒いやつはついに確信を得たのか、地上に急降下していったのだ。
やつは俺の目の前で辺り一帯の土地を手当たり次第に破壊していった。事態を把握した住民達が続々と姿を見せる。人の形をした兵器は住民に目もくれずに土地と内部の施設を破壊し続けた。その間わずか十秒の出来事だった。
俺が突進を開始した時、強力な青白いアイテルを全身に纏った男が黒い物体と早くも衝突していた。ヴェインだった。
彼は渾身のアイテルを放出しながらやつに向かっていった。だが相手はその攻撃を受けても全くの無傷という反応を示して逆に攻撃を仕掛けた。
ヴェインは瞬時に防御の体勢をとる。やや相手の攻撃が早かったのか、彼は直撃を食らって吹き飛ばされてしまった。俺は地上に激突する彼に一瞬意識が向いてしまうも、やつに視線を戻して飛び込んだ。
全力のアイテルを打ち込んでみる。やはり効果はなかった。それどころか、やつの攻撃はアイテル能力を持っていないにもかかわらず、俺の身体をも地上に叩きつけた。
冷静に防御していたので無傷で済んだが、これでは勝てないと思った。
アイテルが通用しない。ならば方法は一つしかないだろう。
俺は腰にくくりつけた一線ホツマを鞘から抜いて、再度やつに突進した。
攻撃を受ければ距離をとられるかもしれない。
とにかく、よけることだけに全神経を集中した。
……レインとの訓練が思い出される。
……空気を動かして、やつの行動を読み取れば、隙は必ず生まれるはずだ。
勝負は一瞬で決めなければいけない。初手が入れば、流れを掴める。
……。
やつの攻撃が来た。重く、そして鋭い。機械的な拳が飛んでくる。
……。
空気を感じた。それだけを意識で受け止めて、俺は、かわした……。
斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。
……息を、整える。
どうやら、うまくいったようだ。
「……おい、大丈夫か!」
「……あ、あ、ああ」
ヴェインは無事だった。防御が甘かったせいで負傷していたが、立てないほどの状態ではなかった。
彼の手を掴んで起き上がらせると、ヴェインは俺の前で深い溜息を吐いた。
「……あれは、どうなった?」
「始末した。でも都市を守れなかった。すまないと思っている」
「……強く、なったんだな」
「ああ。ずっとあんた達に憧れていたんだ」
「……まさかお前さんに助けられるなんて、いよいよ焼きが回ってきたってわけか。それにしても、あれはなんだったんだ。カウザか?」
「俺も今日はじめて見たからなんとも言えないが、あれはおそらく奴等の新兵器だろう」
「アイテルがまるで効いていなかったぜ。アンチアイテルなのか?」
「どうだろうな。もしそうだとしたらこの先はかなり危険な戦いになりそうだ」
「アイテルの正体を知られてしまったかもしれねえな。急いで対策を練らねえとヤバイか。ところでよ、どうやってあれを倒したんだ?」
「これだよ」
再び刀を抜いて、その刀身を見せた。
ヴェインはこの武器がタデマルの所有物であったことを知っていたみたいだった。アイテルなしで始末したことを話すと、真顔で聞いていた彼は参考にさせてもらうと言って俺に軽くお辞儀をしてきた。なんとなく恥ずかしい気分になった。
「姫と離れて暮らしてでも手に入れたかったもの、か。……なんだかよ、お前さんが遠い存在に感じるぜ」
「いくらなんでもそれは言いすぎだ。俺はあんたが考えているような強い人間ではない。むしろ自分の弱さをあらためて知って、まだまだあんた達のことを羨ましいと思っているよ」
「おいおい、お世辞までうまくなっちまったじゃねえか。こりゃあもう、敵わなねえな。はっはっは」
少し強張っていたヴェインの顔から笑みが零れた。
どうやら、落ち着きを取り戻したみたいだ。
「ところで、住民の安否確認はしないのか?」
「おう、そうだったな。お前さんの変わりっぷりに驚いて、すっかり忘れてたぜ」
「手伝うよ。二人でやったほうが被害を軽減できるだろうから」
「そいつは心強いな。じゃ、手分けして見て回るか」
最終的に地下都市スウンエアは数名の負傷者を出す程度に留まった。
俺はヴェインに地下都市アレフへの避難を提案し、あとの対応は彼に任せて引き上げることにした。リムスロットのことがどうにも気にかかっていたのだ。
「悪いが、俺はここで戻らせてもらう」
「リムスロットだな。それなら早く行ってやってくれ。こっちのほうは気にするな」
「ああ。ここにはあんたがいるんだ。安心して帰らせてもらうよ」
「みんなのことを、よろしく頼んだぜ」
「アレフに無事着いたら、住民を外に出さないようきつく言っておいてくれ。今度やられたら洒落では済まないからな」
「了解した。次こそは全力で守ってみせるぜ」
「……ヴェイン、また会おうな」
彼とはその場で別れた。
住処を失ったスウンエアの今後の無事を祈りつつ、全速力で空を飛ぶ。
そして、乱れることが予想される戦況にこの星の加護が舞い降りることを願いながら、俺は帰るべきところに直行した。
リムスロット上空に到着すると、嫌な予感が現実となっていた。
黒い人の形がここにもやって来ていたのだ。
俺はロルとレインと爺さんがやつの前に立っている光景を見て、急いで彼らのいる場所に飛んだ。あそこに無傷で立っているということは、やつが持つ能力にまだ気づいていないと思ったからだ。
……それはまさに、一瞬の出来事だった。
やつが狙いを定めたロルをゲンマル爺さんが庇ったのだ。
咄嗟のことで防御を怠ったのか、胸からは大量の血が流れていた。
俺は大声でレインの名前を叫び、爺さんのもとに行かせた。
やつの前に立った。やつも俺を認めて表情を作った。
一度倒したやつとすぐに再会するのは、どうにも気持ちが悪かった。
「……先ほどは、どうも」
「喋る、みたいだな」
「いかにも。しかしあの攻撃は鮮やかだった。敵ながら感心してしまった」
「どうやって復活したんだ」
「復活? なるほど。そなたはなにか勘違いをしているみたいだな」
「どういうことだ」
「これは仮の身体に過ぎない。本物は母船の中にある」
「母船、だと?」
「左様。カウザの管理中枢からここに直接処理情報を送っているのだ」
「つまりそれは、遠隔操作というわけか」
「地球人にしては賢いとみた。これを砕くだけのことはある」
「あんたはなんだ、人間か? それともカウザの兵器か? どうして単独で来たんだ?」
「管理中枢のことを言っているとすると、名前を『オント』という。そしてこれは、我に直接情報を集めるためのもの。機造生命体、とでも言えばよいだろうか。これは処理限界の関係上、一個体のみの活動を許される」
「機造生命体、オント?」
「長話はこのくらいにしておく。たった今、ここより東の方角に地球人の姿を確認した。そなたに勝つには情報が不足している故、ここは一旦手を引かせてもらう」
「おい! 待て!」
逃げられてしまった。カウザが生み出す未知の力、おそらくナーバルエービーというものを全身に包んだオントと名乗る生命体は、あっという間に空の彼方へと消えていった。
爺さんの安否が気になった。俺はひとまずやつの後を追う前に都市へ顔を出しておこうと思った……。
「……おい。……なんで、いるんだよ!!」
レイン達はまだここに残っていた。
考えたくもない不安が頭をよぎる……。
彼らのところに駆け寄ると、爺さんを抱きしめたレインが、静かに泣いていた。
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