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彼岸に散る夢 / the everlastingness その2



 シンクライダーはいた。いつものようにいつもの場所で力なく座っている姿が見えた。

 今日の彼はなんとなく穏やかな背中をしていたので自然と声をかけることができた。私の声に気づいたらしいのだが、シンクライダーは弱々しい片腕を遠慮気味に上げるだけで振り向きはしなかった。

 私は海を眺め続ける彼の邪魔にならないよう、少し距離をとってゆっくりと腰掛けた。



 手の平にさらさらとした白い砂がつく。その小さな粒の一つ一つが眩しい日の光に当たることで、夜の星のような輝きを放っていた。それはまるで別世界の光景を見ているような不思議な感覚だった。

 今度は眼前に広がる青白い水面を見渡してみた。すると、優雅に寝そべりながらのんびりと雲を眺めている地球が映り込んできた。



 ここには、生きるもの全てを平等に包み込む世界しか存在していなかった。


「海、綺麗ですね」

「そうですね」

「なんだか、心が落ち着きます」

「ここだけ時間が止まっているみたいですね」

「私達が、急ぎすぎているんでしょうか?」

「そうかもしれませんね」


 シンクライダーの声はとても穏やかだった。

 柔らかく揺れる海が、彼の喉を借りてこちらに語りかけているようだった。


「私、失業しちゃったみたいです」

「機械兵、来ていないらしいですね」

「シンクさんはどう思います?」

「どう、と言いますと?」

「もう、来ないのでしょうか?」

「さあ、分かりません。ですが、来ないほうが助かります」

「私も、そう思います」


 会話が途切れてしまった。いつもの彼ならここから多角的な考察を交えた見解が際限なく語られるのに、今回はそれがない。やはりなにかが変わってしまったと思った。

 無言で座り続けるシンクライダーをじっと見た。

 彼は、私の動きに気づいていながら視線を海から離そうとはしなかった。


「……シンクさん、ここに来てから変わりましたね」

「そうですか?」

「はい。とても寂しそうな目をするようになりました」

「そうですか」

「なにか、あったんですか?」

「……レシュアさん」

「はい」

「僕達は、死んだらどこに行くのでしょうね」


 言葉が詰まった。

 なにも言えないでいると、彼はこの浜辺ではじめて笑顔を見せた。

 切なさで消えてなくなりそうな、弱々しい笑窪がそこにあった。


「レシュアさんは、メシアス君の死に耐えられますか?」

「……たぶん、無理だと思います」

「でも人間はいつか死んでしまいます。そしてそれは、空想なんかではありません。あなたは、その覚悟がまだできていませんね?」

「……はい。そうだと、思います」

「どうしてこんなに苦しいのでしょうね。この世界は」


 その言葉はどこかで聞いたことがあった。

 かつての私が、心の中で呟いたことのある言葉ともよく似ていた。


「シンクさん」

「どうしました?」

「あなたの話、聞かせてください」

「なんのことです?」

「あなたには、とても大切な人がいるんですよね?」


 目と目が合った。

 それは、開いてはいけない扉に触れた者への警告を告げる眼差しだった。

 ……。

 私は、シンクライダーの目を見続けた。

 ここで視線を逸らしてしまったらもう二度とこの人の心を覗けないかもしれない。どんなに知りたくないことでも、ここで逃げ出すわけにはいかなかった。


「……いますよ」

「どんな方なんですか? 聞かせてください」

「その人は、レシュアさんも知っている方のお姉さんです」

「お姉、さん?」

「そうです。アネイジアのお姉さんですよ」


 彼を邪険に扱う女性の顔が浮かんだ。


「彼女と不仲なのは、そのお姉さんが関係しているのですね?」

「そのとおりです。ここで話すのもなんですから、ジュカに戻りましょうか」

「え?」


 彼は急に立ち上がり、都市のほうへと歩きはじめた。私は後を追いかけた。

 どこに行くのかを聞きたかったが、歩調が早すぎて声をかけづらかった。


「どうぞ。散らかっていますけど」


 彼の自宅だった。中に入ると確かに酷い状態だった。床に物が散乱していて足の踏み場に困るくらいだった。

 しかし汚いことを除けば、そこは私の家となにも変わらない生活空間があるだけだった。


「少し狭いですけど、こちらです」


 部屋の隅の床を指差したシンクライダーは大胆にそこの床板を外して、その下に現れた穴の中に入っていった。

 その先を覗いてみると、幅の狭い階段がさらなる地下へと続いている。

 私は足を踏み外さないよう慎重についていった。



 階段を下りた先にはリムスロットの医療室の設備を思わせる大がかりな機械が壁一面に連なっていた。青白い空間の床には無数の黒い管があちこちを這っていて、それは中心に設置してある『細長い箱』に繋がっていた。

 この黒光りする四角い箱には、見覚えがあった。


「あの、これって」

「そうです。かつてあなたも入っていた、あの、箱ですよ」


 これは私がクローンとして生を受けた時に入っていた箱と全く同じものだった。


「どうして、あなたがこれを?」

「先代女王から譲り受けたのです」

「お、母様、ですか?」

「そうです」

「どういった関係だったのですか?」

「残念ながら、お教えすることはできません。ですが、いつか分かる時が来るとだけ言っておきます。僕から言えることは、それだけです」


 頭の中が先代女王のことでいっぱいになってしまい、肝心の話になかなか移せなかった。気になって仕方がなかったので再度追求してみたが、彼は頑なに口を噤んでそれ以上のことは教えてくれなかった。


「……分かりました。話の続きを聞かせてください」

「はい」


 シンクライダーの指先が近くの機械を操作すると、細長い箱の上面の端に小さな窓ができた。

 独自に改良を施したのか、それは城に置いてある箱にはない動作だった。


「ご覧ください。『彼女』です」


 小窓から見えたのは若い女性の顔だった。

 アネイジアの姉というだけあって、見た目の雰囲気がどことなく似ている。

 この箱に入っているということは、おそらく永い眠りについているのだろう。


「なにが、あったんですか?」

「それを今から説明します。長くなりますので、これに座ってください」


 機械に使われる材質でできた小さな椅子だった。

 尻をつけるとひんやりとした感覚が伝わってくる。

 シンクライダーは箱の中の女性の顔をじっと見つめながら、落ち着いた声で話しはじめた。


「彼女の名前はシナスティシア。僕の幼馴染です。彼女と僕はここで生まれ、共に生活をしていました。僕は生まれてすぐ両親を事故で亡くしてしまったので彼女達の家に拾われたのです。はじめの頃は兄妹のような関係でしたが成長するにつれて恋に変わっていきました。シナスティシアと僕は本当の家族のみたいに気の合う仲だったのです。妹のアネイジアも僕達を心から祝福してくれて、本当に幸せな日々を送っていました。……それから大人になった僕は医師として活動をはじめます。彼女はというと、幼い頃から機械弄りが大好きでした。この星のどこかに埋まっている古代の遺物を見つけ出してはそれを嬉しそうに僕に見せてくるのです。はじめのうちはそういった場面を微笑ましく見ていることができました。ですが、彼女は大人になるにつれてさらに入れ込んでしまったのです。機械弄りはもちろんのこと、古代文明の研究までしだしました。それには僕もさすがに黙って見ていられなくて、都市の生活に関わることもしたほうがいいと述べました。あなたもご存知のとおり、地下都市の住民に働く義務は存在しません。もちろん、彼女にもそうする義務はありませんでしたが、古代文明を詮索することは当時の女王のご意思に反する行為として非難されていましたから、どうせ続けるのであれば人のためになることもしたほうがいいと僕は思ったのです。でも彼女は言うことを聞いてくれませんでした。それどころか、僕の思いを無視するかのように勝手に都市を飛び出しては何ヶ月も帰ってこなかったです……」


 機械弄りと古代文明。

 地下都市リムスロットの医療室に飾られた遺物が頭に浮かんだ。

 あれらは全て、愛する人のために保管していたものだったと思うと、胸が詰まりそうになった。


「……そしてある時、長旅を終えて帰ってきた彼女を捕まえて僕は言いました。君は僕と古代文明のどちらを捨てられるかと。すると彼女は言いました。どちらも捨てられないと……。決してシナスティシアを嫌いになったわけではないのですが、僕は少し距離を置くべきだと思い、実際にそうしました。彼女は好きなことをして、僕は好きな彼女を自由にさせようと思ったのです。今になって思えば、それが全ての間違いだったのかもしれません。……彼女はとある旅から帰ってきた日の夜、とても幸せそうな顔をして僕のところに来ました。どうしたのかと聞くと、彼女はとうとう見つけ出したと言ったのです。なんのことなのかさっぱり分からなかった僕はそういう態度を見せると、それでも嬉しそうな顔をして説明をはじめました。彼女はとある遺物の中に奇妙な暗号を見つけたのだそうです。それは僕達の時代ではほとんど使われていないアルファベットという文字で書かれた文章でした。当時の僕は古代の暗号文なんて容易に解けるわけがないし解けなければ意味がないとたかを括っていました。ですが、文明研究にも精通していたシナスティシアはその暗号文を簡単に解読してしまったのです。そしてその解読文には、人類の進化に関わるものが眠っているとされる遺跡の場所が書かれていました……」


 シンクライダーに見せるシナスティシアの笑顔を想像した。

 きっと彼女は古代文明と同じくらいこの人のことが好きだったのだろう。

 だから箱の中に入った今も、穏やかな顔をしているのだと思う。


「……シナスティシアはもちろんその遺跡に行きます。のちに僕も行くことになったので知っているのですが、そこはとても小さな遺跡でした。しかもどのような技術が使われているのか全く分からない空間にそれは存在していました。異空間、とでも言えばよいでしょうか。とにかく、その遺跡は解読文に書かれていることを実行しないと入れない仕組みでした。おそらく今も、この星に存在しているのでしょう。……そんな古代遺跡なのですが、シナスティシアはそこの潜入に成功してしまいます。そして彼女は遺跡内であるものを発見するのです。それは特殊な液体を精製するための装置でした。彼女は早速遺跡の秘密を解き明かそうと探りはじめるのですが、そこで聞き覚えのない声を耳にします。それは古代人が残した伝言で、遺跡内で作ることのできるものや装置の使い方などを説明するものでした。彼女は古代人の伝言をもとに謎の液体を精製し無事遺跡から出ると、それをジュカに持ち込んできました。そして、喜ぶ彼女の説明を聞き終えた僕は、すぐにその液体を捨てるように言いました。もちろん彼女は従いませんでした。……このままでは大切な人が危険に晒されるかもしれない。そう考えた僕は液体の入った容器を奪おうとしました。力ではさすがに勝てないと思ったのでしょう、彼女は咄嗟の判断で液体を飲み干してしまった……。そうです、なにもかも僕のせいだったのですよ……」




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