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彼岸に散る夢 / the everlastingness その1



 地下都市リムスロットを離れて三ヶ月が経とうとしていた。

 ジュカに移り住んでからの生活は以前と比べてやや窮屈に感じることはあっても不自由しない程度に安定していた。最も警戒していた人間関係も思ったほど悪くはなかった。

 カウザからジュカを守るために異動してきたので、つま弾きにされるというよりは過剰な待遇を受けた。当初は息苦しさを感じていたけれど、時間が経つにつれてそれは緩やかなものになって、今では自然な環境を手に入れている。




 ……地下都市ジュカはリムスロットから東の方角に約二千キロ離れたところにあった。大陸の果てに設置された都市からは書物でしか見たことのない広大な海を眺めることができて、新生活を迎える私のよい刺激となった。



 ジュカに来て最初に驚いたことは住民の数の少なさだった。リムスロットの半分かそれ以下の人しか住んでおらず、入居の際も都市の代表から好きな家を選んでくれなどと言われて逆に困ってしまった。

 気軽に相談できる『唯一の仲間』にそのことを話すと、彼は自分の家から離れたところにしたほうがここの住民と関わりを密にできるだろうと助言してくれた。特にこだわりがなかったので場所は適当なところを希望した。



 シンクライダーはここへの異動が決まる前から持ち家があった。なんでも彼は各都市の防衛部隊を統率していた人物だったらしく、多少のことは融通の利く立場なのだそうだ。彼はもちろんその家に入居した。

 私達は移住の手続きを済ませてからジュカの防衛本部のある建物に行った。これから世話になる人に挨拶をするためだった。



 建物の中に入り自己紹介をすると私は早速地下都市ジュカの壊滅危機を救った者として手厚い歓迎を受けた。その一方で、防衛部隊の統率者であったはずのシンクライダーは私の予想とは大きくかけ離れた扱いを受けた。

 ジュカの防衛を指揮するアネイジアという名の女性はシンクライダーを歓迎するどころか、邪魔者であるかのような言葉を吐き捨てたのだ。

 言われた当人は愚痴の一つでもこぼすかと思いきや、ただにっこりと笑っているだけで彼女の暴言に相槌を打つだけだった。見ているほうからするとかなり恥ずかしいものがあった。



 ジュカの防衛部隊は現在二人のみで、しかもその両方が負傷しているとのことだったので私達は早くも主戦力として投入された。実質的に私一人が処理をするのだが、シンクライダーもなにかに取り憑かれたように戦場を駆け回った。

 そこで見せる彼の顔は、自我をどこかに置き忘れてきたような怒りとも悲しみともとれない苦痛に満ちた表情をしていた。リムスロットを離れる二日前から見せはじめた表情といいジュカでの防衛で見せる狂気といい、私には彼が腑に落ちないものの塊のように見えた。



 どうでもいいことはなんでもよく喋るのに彼自身の内面の話には全く触れようとしない。私に興味がないことは前から知っていたが、仲間として協力し合える程度の心は開いて欲しかった。そうでもしてくれなければ、私のほうがもっと狂ってしまいそうだった。



 シンクライダーはよく都市の外に出て海を眺めることがあった。一人でぽつんと浜辺に腰掛けて静止しているその姿を見ていると、彼の心の奥底になにか特別な感情が潜んでいるような気がしてならなかった。

 何度か声をかけようとしたが、反対に心を閉ざされることを恐れてなかなか踏み込むことができなかった。



 ある日指揮者のアネイジアに呼び出されたシンクライダーはいきなり防衛部隊から外されてしまった。その時私は本部に居合わせていなかったので話でしか聞いていなかったが、どうやら無断外出を繰り返したことが解雇の理由らしかった。

 私はその話を聞いてすぐにアネイジアのもとを訪ね、自分も頻繁に外出していたことを打ち明けた。すると彼女は、彼とは貢献の質が違うと言って私を咎めようとはしなかった。

 異常ともとれるアネイジアの贔屓は、このやりとりを境に私を不快にさせる以外の効果を生まなくなった。



 それからシンクライダーは自宅にこもるようになった。

 放っておけなかった私は毎日決まった時間に彼の家に行き、元気づけようと声をかけた。だが返ってくる言葉は決まって自分は問題ないという一言だけだった。家の中にも通してもらえない私は彼の言葉を信じて引き返すしかなかった。



 たとえ私に悪評が立とうともシンクライダーとの接点だけは失いたくはなかった。他人を思いやる気持ちや個性を尊重することを教えてくれた彼は、今の私を形成してくれた恩人の一人だったからだ。そんな彼を見捨てることは、未来の自分を放棄することと同じくらい考えられないことだった。

 だから私は、自分を見失わないためにもシンクライダーとの関係は続けようと思った。それがアネイジアの機嫌を損ねる結果を招いたとしても、これまで信じていた者の記憶を消すよりは遥かに救いのある未来が待っているだろうと思ったからだった。



 シンクライダーを諦めないと決めたその日に私はアネイジアにその旨を告げた。彼女はあまりいい顔をしなかったがそうしたいのなら自由にすればいいと言ってきた。それならばと私はシンクライダーの外出に今後一切口出しをしないで欲しいと頼んだ。かなり嫌な顔をされたが、最終的に黙認するという回答をもらうことで今回の騒動は一旦納まることになった。

 彼の防衛復帰については本人が望まなかったので、その件を深追いすることはせずにそっとしておくことにした。



 ここに移り住んでからの私は防衛以外の時間をかなり持て余した。

 一人になると寂しさでどうにかなりそうだったので、かつてリムスロットでもそうしていたように各区域へ赴き作業の手伝いを申し出た。ところが、どこの責任者もあなたはそんなことをする必要はないと言い門前払いにした。唯一の拠り所を奪われた私は、結局自室で悶々とする日々を送らなければならなかった。



 一人でいるとメイルのことばかりを考えてしまった。彼の顔や身体、彼の感触や温もり、彼の優しさや私に対する思いなどが延々と頭の中を駆け巡った。早く会いたいとか一人が寂しいとかいう感情は当然あったけれど、それ以上に彼への愛情が強すぎる自分に参っていた。

 今はなにをしているのだろうと考えることは一日に何度もあって、酷い時には一日中それが続くこともあった。布団の中でお守りの首飾りを両手で握り締めながら、彼の睡眠の成功を祈って涙を流すことはもはや日課になってしまった。むしろそれをしないと一日が終わらないとまで思うようになっていた。



 外部通信を使って直接会話をすることもできたが、リムスロットを出る前に二人で話し合ってそれはしないことにしようと決めていた。一度でも相手の顔を見てしまうと自分達が離れて暮らす意味を見失うかもしれない。なぜここにいるのかを忘れないためにも、互いの今を知る必要はないと判断したのだ。

 たとえ離れて暮らすことになっても今しなければならないことに専念する。これは未来を掴むのための試練だった。平穏無事であれば連絡は寄越さない。なにかがあった時にはすぐに連絡を寄越す。それが私達の決まりごとになっていた。



 ……そして私は今、相変わらずの寂しさを抱えながら、いつものように防衛の準備を整え本部に待機していた。



 今日は天気が良さそうだしこれが終わったらしばらく海でも眺めていようか、などと考えていると、聞き慣れない機械音が本部内に鳴り響いた。

 リムスロットとほとんど同じ外観の映像装置をアネイジアが点検していたので、そこから鳴ったのだろうと思い様子を見に行くと、立体映像に見知った顔が映し出されていた。



 タデマルだった。彼はキャジュに切られたのか、短くなった前髪を忙しなく弄りながら近況報告をしていた。私はアネイジアの迷惑にならないよう少し離れた位置に立って、彼らの通信を聞くことにした。



 内容は主にここ最近のカウザの動向変化についてだった。機械兵の出現数が減り続けていることや依然として残骸回収を行わないことなどを二人は話し合っていた。

 タデマルが会話の途中でジュカの機械兵出現数を知りたいと言ってきたので、アネイジアの了承を得て私が直接伝えた。ちなみに昨日は人型が三体のみだった。



 彼の話によると、どうやらリムスロットでは二日前から機械兵が一体も出てこなくなったのだという。今回の通信はそのことを伝えるためのものらしかった。ひょっとするとジュカのほうも近いうちに同様のことが起こるかもしれないので、油断することなく今後も警戒を続けて欲しいという内容で報告は締めくくられた。

 そこで通信が切れるかと思いきや、タデマルはアネイジアを咄嗟に引き止めた。次に私の名前を呼ぶ声が映像から聞こえてきたので、いろいろなことを想像して胸の奥がざわついた。ここも一応アネイジアの了承を得てから返事をした。



 話の内容はありふれたものだった。こっちではみんな相変わらずだとか、そっちも変わりないかとか、そんな感じだった。私が一番知りたかったことについてはおそらく本人に口止めされているみたいで話題には上がらなかった。こちらのほうもシンクライダーについては元気にしていると言うだけに留めた。



 通信を終えた後、私は防衛に備えて待機し続けたのだが、その日は結局一体も現れなかった。

 その次の日も、またその次の日も機械兵はやってこなかった。まるで戦争が終わったかのように静かな日常が繰り返されたのだった。



 都市の住民達は早くも勝利を確信し喜び勇んでいた。でも私はすぐに喜べなかった。

 残骸をあえて回収していないことがどうにも気にかかるし、カウザになにかしらの変化があった時こそ慎重にならなければいけないとメイルも言っていた。



 この状況は嵐が起こる前の静寂に似ている。

 予感が当たってしまった場合、私の防衛はこれからが本番になりそうだった。



 ある日私はシンクライダーの意見を聞きたいと思い彼の自宅に行った。何度呼び鈴を鳴らしても反応がなかったので一瞬嫌なことを考えてしまったが、今日も良く晴れた日だったことを思い出して胸を撫で下ろした。



 彼はきっと、あの海を眺めているのだろう。




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