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はじまりの丘の上で / against the fold of better その1



 ライジュウの騒動から一週間が過ぎた。一人も命を落とすことがなかった結果が彼らの動揺の回復を早めたらしく、地下都市リムスロットには以前と変わらない日常が戻っていた。

 今年分の農作業が一段落したことで身体が空いた俺は一日の大半を医療室で過ごすようになった。それに伴ってマーマロッテのほうも同じ場所に留まるようになって、スクネやキャジュが遊びに来たりと賑やかな時間を楽しんだ。



 タデマルはライジュウの事件があってからマーマロッテに執拗な手出しをしなくなった。たまに冗談交じりの口説き文句を吐くことはあったが、それはキャジュからの嫉妬のこもった小言を聞きたいがためであって、本気でないことは俺でも十分に理解できた。新鮮な男女の交流は見ているだけでも幸せな気分になった。

 実際二人は真剣らしかった。本格的に同居をはじめると聞いた時は、俺もマーマロッテも反射的に顔を見合わせて初々しくも甘酸っぱい過去を連想した。日を増すごとに綺麗になっていくキャジュを見ることで、タデマルという男の評価が少しずつ上昇していることに仲間達も驚きを禁じえなかった。



 カウザの今後の動向についての予想や対策は主に俺とタデマルで話し合い、メンバー集合時の議題として持ち込んだ。互いの意見を前もってぶつけ合っているため、みんなに発表する場での俺達の衝突はなかった。

 最近の注目点は犬型機械兵、ヴ・ラウ型の行動変化だった。マーマロッテの心臓移植完了直後から犬型も戦線に入るようになったのだが、それとは別の変化が数日前から起こったのだ。


「メイル君、見たまえ。今日もだよ」

「これで確定だな。偶然なんかじゃない」


 犬型は戦場を離脱する際に散らばった機械の残骸のほとんどを回収しなくなった。よく観察してみると回収されるのは機械の胴体部分のみであることが分かった。



 行動の変化には理由がある。その点については俺もタデマルも同意見だった。ところが、真実を掘り下げようとするといつも意見は食い違った。

 彼はライジュウのような人間の形をした兵器の増産によって機械の部品を必要としなくなったからではないかと主張した。俺はその意見とは反対に機械兵の残骸を放置しておく行為そのものに意味があるのではないかと思ったのだ。

 具体的な用途については様々な考察ができるため一つに断定することはできないが、放置するという行動そのものから想像するに、それはカウザにとって有益なことであり地球人にとって有害なことであろうという意見を述べた。



 タデマルは俺の推論を飛躍のさせすぎと揶揄した。しかしあの残された部品には今後触れないほうがいいという意見には渋々ではあったものの同意してくれた。

 俺にはあれがなにかとてつもない計画の一つのように思われて、恐怖を感じずにはいられなかった。



 カウザとの攻防とは別に俺の中で新たな変化があった。どうやらこの身体からアイテルが発現したらしいのだ。

 ライジュウと対峙した際にそれを見たというマーマロッテの話を聞いて実践してみたところ、ほんのわずかであったがオープンアイテルの放出が起こったのだった。



 俺は即座にレインのもとへ行き、さらなる成長をするべく訓練の指導を願い出た。彼女は自分が指名されたことに疑問を呈したのだが、武器を操れるようになりたいからだと説明すると、納得するかわりに俺を鼻で笑った。


「あなた、オープン系すら満足に操れないのでしょ? 夢があるのは結構だけれど、ちょっと早すぎると思うわ」

「そういうものなのか?」

「私のデア・ファルクスはオープン系とヴォイド系を同じ配分で放出し続けることで扱える武器よ。しかも戦闘時は状況に合わせて攻撃と防御の両方を維持しなくてはならないから、結果的に三系統を同時に出さないといけないわけ。つまりね、あなたにはまだまだ無理ということなのよ」


 基礎をしっかり学んでから出直して来い、ということらしかった。最も近くにいたアイテル能力者が人類最強の使い手であることが俺の感覚を麻痺させていたのだろう。

 本人から聞いた話だと、マーマロッテはアイテル発現の翌日には最高難度のヴォイドアイテルを使いこなせていたのだという。レインに門前払いを食らった自分がいかにちっぽけな人間であったのかを思い知らされるよい経験になった。



 強くなりたいという欲求は俺の意識のほとんどを埋め尽くすくらいに増大していた。単純にみんなを守りたいという理由から発生したものだったが、それは次第に一人の人間として地球の勝利に貢献したいという思いに変化していった。マーマロッテの強さへの憧れと言い換えてもよかった。

 これは自分の中に眠っていた男としての意地みたいなものだと解釈した。戦場で認められた日が本物の強さを手にした日なのだと思うようになってからは、マーマロッテの幸せと自分の理想像を一律に扱うようになっていた。



 彼女にはこのことをまだ話していない。強く反対されることは確実であったからだ。そしてそれは、彼女の願いに逆らえない俺の心に深い傷を作り、関係に溝が生まれるだろうことを恐れていたためでもあった。



 俺もまた、戦争に翻弄される運命を自ら選び取ってしまったのだった。



「……おい……おい、メイル君」

「……ん? なんだ?」

「都市からの通信が呼び出されているぞ。早く取りたまえ」


 シンクライダーはなにやら準備があるらしく外出していたので、彼の仕事が漏れなく俺のほうになだれ込んできた。

 タデマルは機械音痴を悟られまいとして相変わらずの横柄を気取っている。ここまでくるともう可愛いとさえ思えるほどに慣れてしまっていた。

 通信は地下都市『ジュカ』から発せられていた。この星に残っている三つの地下都市の一つと聞いてはいたが、それ以上の情報を仕入れていなかったのでやや応答を躊躇してしまった。



 タデマルの追加の命令が入り、俺はようやくジュカと繋ぐ決心がついた。

 操作をすると、立体映像に知らない男の上半身が映し出された。


「こちらはリムスロットだが、そちらは?」

『……我々はジュカの防衛部隊だ。シンクライダー殿は、いないのか?』

「用事があって席を外している。今は俺が代役だ。用件があるなら話してもらって構わないぞ」

『……手短に説明する。現在我々の都市はカウザの攻撃を受け危機に瀕している。ただちに応援を要請したい』

「だとさ、どういたしますか? 指揮者殿」


 タデマルは慎重に前髪を弄りながら黙考していた。俺は立体映像の男に返答まで少し待機してもらうよう頼んだ。

 答えを導き出したのか、タデマルの白くて細い指が弄り倒された髪を優しく弾く。席をかわれと言われたので素直に従うと、よそ行きの顔を作ったタデマルが立体の男と向かい合った。


『……おお、あなたは、タデマル殿ですね』

「いかにもタデマルだが、急を要しているみたいなので、こちらの回答を簡潔に述べよう。要請はお断りさせてもらう。以上だ」


「いくらなんでも早すぎだろ……」


『……非常に残念な回答だがそちらにも事情というものがある。甘んじて受け入れよう。手間をかけてすまなかった。通信は以上だ。貴殿等の幸運を祈る……」


 切れてしまった。詳しい状況を聞くことくらいはできたはずなのに、それもせずに終わってしまったことがなんだかやるせなかった。


「……今のは、どこからだったんですか?」


 後ろから話しかけてきたのはマーマロッテだった。

 タデマルは彼女の声に敏感に反応して振り向くと調子のよい顔をした。


「ジュカだよ。聞いていたのかい?」

「応援、しないんですか?」

「あそこはここの住民の半分も収容していないからね。そこそこの戦力を持っているとは聞いているが、犬型の本格投入に歯が立たないのであれば陥落は時間の問題なのだよ」

「それでも、私達にできることがあったんじゃないんですか?」

「うちの戦力を削ってまで守る価値があるかどうかの選定はしたさ。しかしね、彼らも命を懸けて戦っている。曖昧な返事は却って迷惑なのだよ」

「戦っているのは戦士ではありません! 人間なんです! 助け合う気持ちを簡単に諦めてしまう人間が生き残った未来に、真の平和が訪れるとは思えません!」

「……非情な言葉に聞こえるかもしれないが、戦っているのは、やはり戦士なのだよ……」


 胸が痛かった。二人の言い分がどちらも間違っていないと思えるからこそ、現実の厳しさが俺の心と現在の境遇に根深く突き刺さった。



 マーマロッテの声を聞いて次にやってきたのはレインだった。

 さっきと同じような会話が繰り返される。狭い監視室に集まった四人のうちの三人が仮面の意見を待っていると、タデマルの時と同じくらいの間を置いて、その口は開いた。


「総合的に判断して、応援はしないほうがいいでしょう」

「……どうして、なんですか?」

「理由は二つ。一つ目はカウザの急な動向の変化に対応するための戦力を確保しておきたいため。もう一つは、ここから戦士を一人ジュカに派遣させることが既に決定しているためよ」

「え?」

「誰なんだ。聞いていないぞ」

「今朝正式にその意向を本人からもらったばかりだから、あとから来たあなた達が知らないのも当然よね。ジュカに行くのは、シンクよ。二日後に立つ予定だと言っていたわ」


 タデマルは視線を床に落として沈黙していた。シンクライダーの異動を知っていたのだとその表情が語っているようだった。

 仲間がいなくなる寂しさとは別の、どこか儚げな様子をタデマルから感じる。なにかが変だった。それは違和感というよりも、嫌な予感という表現が近いと思った。


「シンクさん、前からジュカが危ないことを、知っていたんですね?」

「さあ、どうでしょうね。本人に聞いてみればいいと思うわ」

「今、どこにいるんですか?」

「彼の自宅のはずよ」


 マーマロッテは誰にも返事をせずに医療室を出て行った。

 足取りはやけに落ち着いていて、その冷静さから垣間見える憤りは俺の存在をも掻き消すほどの強い信念を放っているような気がした。すぐに後を追えなかったのは、そんな彼女の信念に気安く触れることを本能が拒絶したからだった。



 シンクライダーと話をしたら彼女は真っ直ぐ戻ってくる。そう思った自分が浅はかだったことに気づいたのは、外に通じる避難通路の扉が開いた後だった。監視装置の映像には、扉の開閉があった情報と人影が一瞬だけ映り込んでいた。

 あとはもう、想像でなにが起こったのかを理解することができた。


「……あいつ、なにやってんだよ……」

「やれやれ、あの子のおてんばにはついていけないね。どうするよ? レイン・リリー」

「……今日の防衛はお爺ちゃんに参加してもらうしかないわね」

「了解した。ご老人には僕から連絡を入れておくよ。君はさっき頭を下げに行ったばかりだからね」



 ……頭を下げる?

 ……なるほど、そういうことか。



「となると、シンクの後任がうちの爺さんってことなのか?」

「他に誰がいるのよ。達人は彼をおいて他にはいないわ。あなたは論外なのだし」

「……なんか、申し訳ないことをしたな」

「あら、珍しいこともあるのね。あのメイルが彼女のために頭を下げるなんて」

「あの、は余計だ」

「やだ、気づいちゃった?」

「……こういうことを言うのは心苦しいのだが、俺はあいつの味方になってやろうと思っている。間違ったことをしていたとしても、あいつだけは見捨てたくないんだ」

「だってよ、タデマル。これが愛ってやつなんだから、しっかり覚えておきなさいね」

「悔しいが、参考にさせてもらうよ」

「でもねメイル、あの子のしていることがどれほど危険な行動で、どれほどの代償を背負うのかをよく考えて頂戴ね。あなたにもそれ相応の処遇が待っているはずだから」

「……ああ、肝に銘じておくよ」




 マーマロッテが帰ってきたのはそれから六時間後の午後五時になろうとする頃だった。生活着の格好のまま飛び出していった彼女の全身は、雨でも浴びたのかずぶ濡れになっていた。



 俺はすぐに彼女を着替えさせてそのまま風呂に入れた。口数は少なかったが、そこから吐き出される後悔のない言葉の一つ一つには、今の彼女を象徴する揺るぎない意思が込められていた。

 俺はレインとタデマルに宣言したとおりの感情を可能な限りの言葉に変えて表現した。まだ髪を濡らしたままのマーマロッテは、良いとも悪いとも言わずに静かに相槌を打つだけだった。



 手を繋いで夕方の居住区域をゆっくり一周してから俺達は医療室に入った。

 中に入るとレインとタデマル、そしてジュカへの異動の準備から戻ってきたシンクライダーが広間に立っていた。

 この状況を見てマーマロッテもなにを言われるのかを分かっているようだった。握られた手がそっと離れた瞬間に、繋がっていた気持ちまでが分離してしまったみたいに切ない余韻が手の平に残った。


「勝手なことをして、すみませんでした」

「ジュカでの対応の報告をしなさい」

「到着した時には、二体の人型が都市の中に侵入していました。それらを先行して処理した後、外にいた残りも全て破壊しました。住民は全員避難していたので死者、負傷者は出ませんでした。以上です」

「ご苦労様。よく頑張ったわね」

「……怒らないんですか?」

「あなたのしたことに誰が文句を言えるの? 立派なことをしたと思うけれど」

「ここのみんなには、迷惑をかけました」

「まあ、心配をした人はいるんじゃないかしら。あなたの隣にいる人はそのうちの一人だと思うけれど」


 マーマロッテに顔を向けた。彼女はうつむいたままでこっちを見てはくれなかった。ごめんなさいと低い声で呟いていたが、それがどこに向けて発せられたのかを俺は判別できなかった。


「私から言うことはもうないけれど、質問があれば受けつけるわ」

「特に、ないです」

「そう。じゃあ次はシンクと交代するからもう少しだけ付き合って頂戴」


 レインは一人後ろに下がり近くの椅子にどっかりと腰をおろす。その動作から不機嫌な態度がありありと見て取れた。

 タデマルの隣に立っていたシンクライダーは穏やかな瞳の奥に哀愁を滲ませていた。彼の頬にいつも寄り添っている特徴的な笑窪は行方をくらましていた。


「レシュアさん」

「……はい」

「なぜ、行こうと思ったのですか?」

「ジュカの人達を、助けたかったからです」

「それで、今はここに戻ってきていると?」

「防衛を終えたので、残る必要はないと思いました」

「明日も、行かれるつもりですか? 僕達に黙って」

「……分かりません。でも、行きたいです」

「君は、ご自身の置かれている立場の意味に、もう気づいていますね?」

「……はい」


 二人の会話の内容についていけなかった。割って入ろうかと思ったが、後方から睨みつける仮面に俺の身体は硬直してしまい先送りを余儀なくされた。

 両者の間で交わされる意思疎通は滞りなく進行しているようだった。


「僕が明後日ジュカに行くことは、先ほどお会いした時に話しましたよね?」

「……はい」

「まだ、丸一日あります。よく考えておいてください」

「……ありがとう、ございます」

「メシアス君、君もですよ」

「は?」


 言われたことの意味を質問するより先に、俺の手は引っ張られていた。

 つかつかと歩く彼女は俺の声に耳を傾けようともせず、そのまま医療室を出てしまった。


「おい、どうしたっていうんだよ」

「……家で、話そう」




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