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道程こそが行く末の鍵 / possession of allegiance その2



「レインに監視を頼まれたんだが、あんたはそれで構わないのか?」

「……ふ、当然だろ。君は今日から僕の助手なのだから」

「その話、聞いていないが」

「今決めたんだ。さあ、早いところ、準備をしたまえ」

「喉が渇いた。なにか持ってくるが、あんたはどうする?」

「ふうん。気が利くね。では、甘いものをいただこうか」


 俺は流し台に行き二人分の飲み物を容器に注ぎながら、タデマルの行動を窺ってみた。

 するとやつは監視室の椅子に座ってご自慢の前髪を弄っているだけで、装置には指一本触れようとしなかった。



 ……まさかこいつ、監視装置の使い方を知らないのか?



「ちょっとあんた、すまないが映像だけでも出しておいてくれないか」

「……僕に、指図するな。いいから早く持ってこい!」


 もう少し楽しみたかったが、外の状況も気になるので言うとおりにした。



 シンクライダー自作の監視装置は前に何度か使用したことがあったので手際よく操作することができた。

 この装置は戦場となる周辺一帯を立体映像として出力することができる。地下都市を囲む岩山に設置された機械で撮影し情報をここまで送っているのだそうだ。



 映像を映し出すと、タデマルは満更でもない声を出した。

 俺は特に嬉しくもないそれを無視して、今日の戦闘位置に映像が嵌るよう微調整をする。既に戦闘ははじまっているみたいだった。

 ちなみに、やつの飲み物にはそこそこの量の砂糖を投入しておいた。


「おお、やってくれているね。感心感心」

「かなりやりずらそうだな。でも、そんなに悪くもなさそうだ」

「だろ。僕の計算は完璧なんだ」


 レインとマーマロッテの動きはいつにも増して凄まじかった。本気を出すと言っていたが、映像が追いつけないほどの速度で処理していくその身のこなしは、まさに宣言通りの妙技だった。

 アイテルを使えるようになったマーマロッテは、以前に見られた危なっかしさを全く感じさせない動きを見せていた。緑色に光る全身のアイテルが、彼女をもっと綺麗にさせる。

 俺の目には、母性とも感じられる優しくも潔い存在として輝いていた。


「いやしかし、彼女は美しいね」

「レインのことか? そうだな。あの人の鎌捌きは様式美に溢れている」

「君、僕をおちょくっているのか?」

「そのように聞こえたのなら、謝るが?」

「……ところで、レシュア君とはどのくらい付き合っているのかね」

「大体、十一年、くらいかな」

「初耳だ。それに、ヴェインから聞いた話とも違う」

「いろいろあったんだ。このことを知っている人間はほとんどいないよ」

「僕にあてつけようとしたって無駄だよ。時間が全てではないからね」

「なに言ってんだ、あんた」

「彼女を本当に満たしてあげられるのは、僕だということだよ」


 本気で睨みつけた。やつはそんな俺の苛立ちに気にも留めないといった様子で立体映像に集中している。気づくまでそうしているのも阿呆らしいと思ったのですぐに視線を離した。


「すごい自信だな。根拠はあるのか?」

「そんなものはない。ただし、一度狙った女は最終的に僕のものになる」

「無理だと、思うけどな」

「なんだ、君も大層な自信家ではないか。そこのところ、詳しく聞いてみたいね」

「……俺とあいつはもう離れられない。それだけのことだ」

「言ってくれるではないか。それで? なぜなんだい?」

「あんたに説明しても分からないよ。単純なことじゃないんだ」

「まだまだ若いね、君は」

「はあ?」

「なあメイル君、女っていう生き物はね、単純なんだよ。それをこれから君に教えてあげよう」


 タデマルは自分の顔を俺の鼻先につく寸前まで近づけた。

 まさかと思って少し後ずさると、やつは余裕のある嘲笑を俺に浴びせかけてきた。

 無言で次の言葉を待っていると、やつの吐く息が顔に飛び込んできた。


「君も身近に置いているから知っていて当然のことなのだが、女っていうやつは物事の判断を決定するまでに、どうでもいいことまであれこれと考える傾向がある。とにかくなんでも考えておけば答えなんてどうでもいいのだろうな。やつらにとって必要なことは正しい判断などではなく、よく考えて結論を下したことなんだ。つまりだね、一度そこに納まってしまいさえすれば、やつらはそれを正解だと思い込んでしまうのだよ」

「全ての女がそうとは限らないだろ」

「そこが君の浅はかなところなのだよ。いいか? 女っていうのは、はじめは考えるのだが、最終的には感じて決めるんだ。身体がそうだと思えってしまえば、もうそれが答えになるのだよ」

「言っている意味が、さっぱり分からないな」

「……君はまだ、彼女と最後までいっていないね」

「……最後? なんのことだ?」


 タデマルはこれ見よがしとばかりに不敵な笑みを零した。


「やれやれ、だからなのだよ。最後までというのはだね、完全に通じ合う行為のことだ。さすがの君でもそれくらいは知っているだろう?」

「……ああ、そういうことか」

「質問に答えてくれるかね? どうなのだ、まだなのか?」

「それを知ってどうなるんだ。あんたには関係のないことだろうが」

「まあまあ、そう熱くなるな。君が焦る気持ちも分からないでもない」

「焦る? なににだ」

「君は僕に彼女を寝取られるのではないかと、恐れているのだよね」

「……あんたには、絶対に無理だよ」

「僕に、不可能は、ないね……」


 戦場は早くも終盤に差しかかっていた。あとはシンクライダーの処理を待つだけだったが、映像からでもはっきり分かるくらいにもたついていた。

 右腕の肘に左手を置きながらぼんやり立っているマーマロッテの隣で、レインは腕を組んで地団太を踏んでいる。今にも加勢しそうな雰囲気だった。


「確か、タデマルっていったよな?」

「いかにも、僕はタデマルだ」

「あんた、誤解してるよ」

「さて、どのことだろうか?」

「俺とあいつはあんたが思っているような関係とは違うんだ」

「と、言うと?」

「俺達は恋人とかそういうものではなくて、なんていうか、二人で一個の存在なんだよ。好きだとか、最後までとかじゃなくて、理屈抜きになくてはならない存在なんだ」

「だから、僕には無理だっていうのかね?」

「あんたはあいつがこの世界からいなくなっても、なんとも思わないだろ?」

「そりゃあ、少しは悲しむだろう。いくらなんでもそこまで非人道的ではないよ」

「……俺はな、あいつがいないと生きていけなくなるんだ。あいつだってそうなんだ。俺がいなければとっくに死んでいたんだよ」

「ふうん。君って意外に自己陶酔する男なのだな。なんとなく理解したよ。彼女は君のそういうところに惹かれたのだね」


 こいつはもう駄目だと思った。なにを言っても真剣に考えようとはしない。

 もしこいつをこの場で叩き落すとしたら、方法は『あれ』しかないだろう。

 これだけは言いたくなかったのだが、状況を変えるためにはやむを得まい。



 ……ごめんな、マーマロッテ。



「一つ断っておくが」

「どうしたんだい?」

「俺は別にあいつと事に及ぶことをためらっているわけじゃない」

「へえ」

「俺だって本当は、したくてたまらないんだ」

「で?」

「俺達ってさ、一度嵌ってしまうとやめられなくなってしまう性格なんだ。それはもう、笑えないくらいにね。生活に支障が出ることはお互いよく分かっているんだ。だから、そうならないように我慢しているだけなんだよ」


 男前の顔が引きつりだした。さっきまでの調子が嘘のように崩れている。返事をする余裕もないようだった。

 あと一押しすれば、なんとかなるだろうか。

 ところで俺は、なんでこいつにこんなことを言わなければならないのだろうか。


「……でもさ、あんたの話を聞いて目が覚めたよ。俺、今晩あいつとすることにした。あいつの全部を愛してあげて、なにもかもを俺のものにしてやろうと思う。もう、誰にも奪われたくないからな」

「……」

「明日になればきっとあんたの前に別人が立っていると思うよ。俺の愛情にどっぷり浸かった女がそこにいるんだ。身体はもちろんだが心も完全に溶け込んでいる。あんたに俺の精神が同化した女を落とせるのかな? たぶん無理だろうな。……なぜならあんたは、あいつの身体が目的なのではなく『農民出身の下衆』から希望を奪い取るという行為を楽しみたいだけだものな?」

「……」

「やれるものならやってみろ、と言いたいところだが、実際にやられたら困るから今日のところは遠慮しておくよ。まあ、軽傷でよかったじゃないか。あんまり深入りして俺みたいに死にかけてしまったら、ここの指揮者がいなくなってみんなが迷惑するだろ? 自分の身体は大事にしないと、な?」

「……」

「とにかくよ、あいつは俺のものだから余計なちょっかい出すな。分かったか?」

「……」

「あ、防衛が終わったみたいだぞ。よし、と。じゃあ俺帰るわ。あとの始末はシンクに任せとくから、あんたはこの装置弄らないでくれよな。下手に触ると記録が飛ぶってことを覚えておいてくれ。くれぐれも知ったかぶって暴走しないように頼むよ。……それとな、俺が折角淹れてきたものを甘すぎるからって捨てないようにしてくれよ。希望通りのもの、持ってきてやったんだから」

「……おい」

「なんだ?」

「……これで勝ったと、思うなよ」

「勝ち負けにこだわっている時点であんたは負けてんだよ。それじゃあな」


 医療室を出る直前に監視室の中から奇声が聞こえたような気がした。



 あれで昨日の一件が帳消しになった思えばやるだけの価値はあったのだが、なんだか割り切れない気持ちも残ってしまった。タデマルという男がいかに奇特なやつであろうとも、その本心を確固たるものにするまでは慎重に扱うべきだと思ったからだ。

 しかし俺達の心に傷をつけたことは揺るがない事実だった。今後のやつの行動にいちいち口を挟むことはないにしろ、再び刃を向けてくるようなら次こそは容赦しない。大切な人のために命を懸けるとはどういうことなのかを、あの上っ面だけの男前に叩き込んでやろうと思った。




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