廃墟にそよぐ花 / close the dark immortal その3
指定された倉庫の中は今まで暮らしていた家に置かれていたものが全て備えられていた。これを拘束と言い切ったレインがなにを思ってここに連れきたのかを考えてみると、それは恥ずかしいくらいに明白な事実となって俺のもとに届いた。
「……またしても、拒絶されてしまったか……」
レインはレシュアから少なからず今回の一件の話を聞いていたに違いない。俺が戻ってくることを見越して宿無しにならないよう配慮しくれたというわけだ。
しかしこの倉庫らしからぬ空間はやはりキャジュに与える予定だった部屋だと思われる。常備されていた生活着が全て女物だったのだ。
あるいはレインの陰湿な意地悪行為なのかもしれない。真偽についてはそのうち追求しよう。
それにしてもさっきのレシュアは元気がないように見えた。散々人を馬鹿にし続けたやつが、あのスクネとの羞恥の場面を見て笑顔の一つも作らないのはどうにも納得がいかない。いっそ高笑いでもしてくれたほうが気持ちよかった。
……風邪でも引いて体調を崩しているのだろうか。
今となってはそんなことを気にしても余計なお世話だろう。人の心を好き放題に掻き回すようなやつにはそれ相応の不幸がお似合いだ。俺が味わった苦しみを一度でも経験すれば少しはまともになるのではなかろうか……。
「……メイル、私だ」
来客はキャジュだった。シンクライダーにスクネを奪われてしまったので顔を見せにきたらしい。
検査といえどもあの人だけに任せてきて本当に大丈夫なのだろうか。どうしても不安を払拭できなかったので彼女にそれを伝えると、あの二人はなかなか息が合うみたいなので問題はないだろうという答えが返ってきた。
中に入れるといつもそうしているみたいに椅子に座って嬉しそうな表情を見せた。
「あれ以来だからな。それは嬉しくもなる」
施術を終えたその朝にキャジュが目覚めてから五日を跨いでの再会ということになる。たった五日のはずなのに物凄く遠い日の出来事にように感じた。
「メイル、本当にありがとう。今の私がいるのはメイルのおかげだ」
あれはシンクライダーが負傷していたから代役を買って出ただけで、そうでなければあの人のことを特別な眼差しで見ていたはずだった。
そんな根拠の薄い感情を大事そうに扱うキャジュに、なんだかやるせない気持ちを覚えてしまった。
俺は、みんなが思っているとおりのみすぼらしい男以外の何者でもない。
「明日、カウザについて私なりにまとめた情報をみんなの前で話す予定になっている。メイルはその中に入れないそうだからこうして私が来たというわけだ。聞きたくないとは言わせないからな。昨日徹夜して考えてきたんだ。……なに? 予行練習だと? なるほど、その手があったか。さすがはメイルだな。私が認めただけのことはある」
キャジュがカウザ側についていた時点での奴等の情報をいろいろ話してくれた。意味の分からない単語の名称であったり、理解不能の機構であったり、信じがたい機能であったりとその内容は多岐にわたるものだった。肝心の行動理由や目的については機械を外された時から憶えていないのだという。
最も興味深かったのは、キャジュはもともと人として生まれてきた記憶があるということだった。価値観の差異はあるだろうが彼女の壮絶な人生を垣間見ることができて、人同士の距離がより縮まったように感じた。
「ところでメイル、レシュアのことなんだが」
「どうした?」
「あの子はいつもあんな感じなのか?」
「あんな感じとは、どんな感じだ」
「いやな、最初に話した時はそうも感じなかったのだが、なにか重苦しいものを背負っているような気がするんだ。私もな、気になって仕方がなかったので一度だけ聞いてみたんだ。するとあの子は、戦争ってつらいよねって言ってきたんだ。もしかしてレシュアはもう戦いたくないんじゃないかと思ってな」
「あいつらと一緒に戦っているわけではないからな。レシュアの気持ちなんか本人以外に分かりっこないさ。それに、さっき見た感じでは重苦しいようには見えなかったぞ。きっとキャジュの思い過ごしだろ。そのうち元気になるって」
「メイルが言うなら間違いないな。……そうだな、レシュアの笑顔もこの部屋と同様おあずけということか」
さっき感じた異変はやはり気のせいではなかった。
それにしてもおかしかった。どうして俺がいない間も元気がなかったのだろうか。気まずいやつが消えてせいせいしていたかと思ったのに……。
これではまるで真逆の反応をしているみたいだ。
「ところでよ、なんでその質問を俺にしようと思ったんだ? みんなにも同じ質問をしているのか?」
「いや、メイルが初めてだが」
「レインからなにか聞いたのか?」
「レインは関係ない。私はなにも聞いていないぞ。それに、今の質問はあの子と接してみて分かった私の直感なんだ。この話はメイルにするべきだってな」
「直感?」
「ああ。レシュアの前でメイルの話をするといつも悲しそうな顔をするんだ。なんだか口数も減ってしまうんだ」
「単純に俺のことが嫌いなだけじゃないのか?」
「そうなのか? レシュアはメイルのこと、嫌いなのか?」
「……好きではないとは言われたな」
「なんだって!? メイルはそう言われてどう感じたんだ? 悲しくなかったのか?」
「まあ、人並みほどには辛かったな。誰にだって好き嫌いはあるさ。俺にだってあるからな」
「私は、メイルが好きだ」
……それもまた、根拠の薄い感情だ。
「ありがとう。励みになるよ」
「メイルは私のことが好きか?」
「……分からない。でもキャジュのことはいいやつだと思ってるし、一緒にいても苦にはならないよ。もしこれがキャジュの思っている好きなのだとしたら、俺はきっとキャジュのことが好きなんだと思うよ」
「自分に正直なんだな。メイルのそういうところが好きなんだ。まあ、レシュアのことは、あまり気にするな。今はまだ嫌いではないかもしれないだろ? 私はあの子のことだって好きなんだ。だから、二人にも仲良くしてもらいたいんだ」
……俺にはもう、どうすこともできないんだ。
「レシュアは俺のことなにか言っていたか? まさか悪口でも聞かされたか?」
「あの子は誰かの悪口を言う子ではない。そうだな、なにか言っていたような気がしたが、なんだったかな」
「無理して思い出さなくてもいいよ」
「……ああ、そうだ。あれだ。確か、私が戦っているのはメイルとの約束を守るためだとか言っていたな。なんのことなのか私にはさっぱりだったぞ。せっかくだから教えてくれ。メイルには分かることなんだろ?」
彼女と交わした約束。それはアンチアイテルの能力を否定しないことだったと記憶している。寝るときは別々に、は論外だろう。だがそれが戦っていることの理由に直結するかといえば微妙なところだ。間接的に意味が通っているとしてもわざわざキャジュに語るほどの内容でもない。
……約束。
なんだか引っかかる言葉だった。そういえばスクネと話していた時にも似たような違和感を覚えたような気がする。あれはなんだっただろうか。
そもそもレシュアはどうして今になってそんなことを口にしたのだろうか。彼女にとっての俺は都合のよい道具でしかなかったはずなのに……。
まさかあの時の偽りの関係をまだ演じ続けているのだろうか。もしそうだとしたらそれはとても腹立たしいことだった。
あの人は俺のことをどこまで追いつめる気なのか。土下座して懇願する姿でも見たいのだろうか。
この心が屈辱と劣等感でできていることを既に知っているくせに……。
「……ああ、そのことか。それはだな、あれだ、この戦争が終わったら地上に新しい農場を作ろうと思っているんだ。レシュアが自然で育てた野菜を食べてみたいらしくてな。つまり、まあ、そんなところだ」
「素敵な約束だな。レシュアが羨ましい。なあメイル、私とも約束を交わさないか?」
「いきなりなんだな。で、どんな約束をするんだ?」
「戦争が終わったら、この星のいろんな場所を見て回りたい」
「随分と人任せな約束なんだな。それともキャジュはその身体のままでも戦えるのか?」
「私か? それは無理だ。みんなが言っているアイテルとかいうやつを持っていないからな。そういう意味ではないぞ。この戦争が終わるまで私とメイルが生き続ける、という意味だ」
「なるほど、それならいい提案だ」
「だろ? じゃあ決まりだな。約束だぞ。破ったら承知しないからな」
「ああ、いいよ。約束な。そのかわり本当にいろんな場所を見て回るからな。弱音吐くなよ」
「望むところだ」
「当然、二人きりなんだよな?」
「当たり前だろ!」
その後、謎の検査を無事終えたスクネと最近ますます活気づいたゲンマル爺さんが面会に来てくれた。レインのご機嫌をシンクライダーが取ってくれたみたいで、スクネはこの部屋に自由に出入りしていいということになった。
「メイにいちゃん、おふろ」
失ったものは大きかったが、得たものはもっと大きかった。
そして、スクネに必要とされたことで自分がまだまだ強くなれることを知ることができた。
出会ったばかりの少女は、まるでいつもそうしていたみたいに風呂場ではしゃいでいた。髪を洗ってやると、もう少し優しくやって欲しいと怒られてしまった。
そんなありきたりなやり取りを繰り返すだけだったが、大切な時間はこうして流れていくのだと、小さな命が優しく教えてくれるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――