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あなたのことが、好きだった / call for the only その2



 ヴェインは草原に舞う風を浴びながら、静かに立っていた。

 私が近寄ってくることを認めても、空を見つめたまま目を合わせなかった。


「ヴェインさん。探しました」

「……姫か。どうした? 急用か?」

「今日の防衛のために新しい機械のことを教えてもらおうと思って来ました。それと、お腹空いちゃったので。へへへ」


 ヴェインはいつもの笑顔をやっと見せてくれた。やはりどこかが変だった。


「……レインから話は聞いたぜ。辛かったな」


 気を遣われていた。元気がなかったのではなく、私に元気を見せないようにしていただけだった。また私なのか、と思った。

 ここにずっと立っていれば機械兵に誰よりも早く接触できる。私が来る前に片付けてしまおうと考えていたのだろう。

 それは、お節介というものだった。


「私がキャジュの仲間を殺したことですね。そのことだったらもう平気です。気持ち、切り替えましたから」

「強いんだな。大したもんだぜ」

「あの、ヴェインさんは、大丈夫、ですか?」


 全身から感じるアイテルの流れが不安定だった。こんな状態で動かれたら邪魔にしかならないと思った。

 よくよく考えてみれば新型の機械のことなんか聞かなくても全く問題にはならなかった。ヴェインの実力で対応可能であるならば恐れる相手ではない。むしろ差を感じない程度の強化だと結論づけてもいい。

 彼らには申し訳ないが、あの程度の機械兵は私にしてみたらまだまだ物足りない相手だった。


「ここを動くつもりは、ないですよね?」

「お見通しってやつか。でもよ、姫だってもう引き下がらねえつもりなんだろ?」

「ですね。ヴェインさんを一人残して帰れませんから。それに、ご飯だって食べたいです」

「いつ来るか分からねえぞ。昼を過ぎるかもしれねえ。我慢できるのか?」

「子供じゃあるまいし。何時間でも待てますよ。でも、少しだけ泣き言言うかも」


 ヴェインはいつも現れる機影の方角の空を眺めながら大きく溜息を吐いた。

 私のことを面倒臭いと思ったに違いない。こちらをあえて見なかったことがそれを証明している。

 まるで子供の扱いに困る大人のような態度だった。

 でもそこに可愛げがあるのがヴェインの憎めないところでもある。


「ああ、もう負けだ負けだ。姫には敵わねえよ。動くよ、動きゃあいいんだろ。飯食わしゃあいいんだろ。分かったよ。ほら、そうと決まればとっとと行くぞ。ったくよ、なんだかこっちまで腹減ってきちまったじゃねえかよ」

「やったあ。ヴェインさんありがとう。私も手伝いますからね。おいしいご飯作りましょうね」




 都市に戻って二人で昼食を作ってそれを食べた。強化版人型についてのことやゲンマルお爺様のことを聞かせてもらった。大体予想していたとおりの内容だった。

 それから互いの自宅で一旦小休憩を取り、定時に機械兵が出現するという連絡をもらい戦場で軽く汗を流した。

 新型ということもあって今日は二十体の登場だった。

 想像していたよりも変化がなくて、まるで手応えを感じなかった。



 ヴェインにはかなり厳しい戦いだったようだ。私がいることで専用武器が使えないことがさらに彼を苦しめているみたいだった。

 三系統のアイテルを広範囲に同時放射可能の武器『砲筒ダイダラ』は私がいることでその効力が激減した。その一方でレインの大鎌『デア・ファルクス』はヴォイド系とオープン系の近接戦専用武器なので、アンチアイテルの影響をほとんど受けることはなかった。おそらく強化機械兵と戦ってもヴェインほど苦戦することはないだろう。

 どのような武器を持つかは本人の自由なので私があれこれ注文するということはないのだが、私がいることを理由に苦戦されても対応に困るのでそこは最善を尽くして欲しかった。



 結局、防衛が終了してもお爺様が姿を見せることはなかった。


「じゃあな。また明日も頼むぜ。メイルとあんまり夜更かしするんじゃねえぞ」


 笑顔で手を振って別れた。ヴェインも最後は幾分か元気な様子だった。

 心にもない振る舞いをしてもそれなりに楽しめたのは意外な発見だった。これだけのことで傷の悪化を抑えられるなら何度でもやってやろうと思った。

 そうやって耐えて、風化していくのを待っていれば、いつか望みに叶った人格が自分に降り注がれる。今はそれを信じて前進するしかなかった……。



 今日から私は一人で生きていく。

 そのための夜をこれからはじめるために、私はもう一つの『戦場』に向かった。



 家に帰ると彼は戻ってきていた。まだ休み足りなかったらしく寝台に寝転んで静かに呼吸していた。

 私は食卓の椅子を寝台のほうに向けて座り、彼の寝顔を眺めた。

 こんな顔を見るのは今日で最後になるかもしれない。しっかりと目に焼きつけて明日からの糧にしようと思った。

 これだけが胸に残っていれば十分だった。

 彼が幸せになってくれるなら、それだけでももったいないくらいだった。



 男らしくて素敵な寝顔だった。ほんの少しの間でも彼を独占できたことは私の人生にとって誇りだった。

 十一年前に出会った時からずっと、彼のたった一人の人になることが夢だった。

 その夢を叶えることができて、私は本当に幸せだった。



 ……あなたと出会えて、本当に、良かった。



「……ん。ああ、帰ってきてたのか。悪い。お前も横になりたかったか?」

「私は、いい。それよりもね、ちょっと話があるんだ」


 彼は寝ぼけた目をしたまま流し台までふらふらと歩いて水を一杯あおった。

 戻ってくるのを黙って待っていると、彼はその場に立って私の名前を呼んだ。


「俺からも、話があるんだ」


 キャジュのことが頭に浮かんだ。そうであってくれると話は早かった。


「あなたからで、いいよ」

「真面目な話なんだけど、先でいいのか?」

「うん。聞かせて」

「分かった。じゃあ、よく考えて聞いてくれ。あのな、昨日本人にも直接確認したんだけど、レインとヴェインの奴等な、ゾルトランスの人間と裏で繋がっていたんだ。お前はなにか聞いていたか?」

「なにも、聞いてない、けど」


 本当だった。初耳だった。まるで見当違いの話でどう反応していいか戸惑ってしまい、準備していた声とは異なる高さのものが出てしまった。


「これが事実だとしたらお前はどう感じる? 率直な意見を聞かせてくれ」

「城にいる誰かがレインさん達に指示を出してそのとおりのことをしているんだったら、それは間違っていることじゃないと思う。少なくとも私はあの人達を信用しているし、必要としてくれているから。城と繋がっていても私は別に構わないけど。なにか問題があるの?」

「お前は自分が操られていると感じたことはないのか? 違和感を覚えたことはないのか?」

「不思議だな、と感じることはあったけど、操られていると思ったことはないよ。私は私の意志で動いているし、それにみんなは応えてくれているし」

「そうか。分かった。この件はもういい。お前がそう思っているんだったらそれ以上追求はしないよ。疑わせるようなことを言って悪かったな」

「あっちも黙っていたんだから仕方ないよ。でも、話って、それだけ?」

「本当のことを言うとな、この話には続きがあるんだ。だけど、もうやめよう」

「待って。続けて」

「答えが出てしまったんだから、意味がないよ」

「いいから、聞かせてよ」


 流し台の前で頭を掻いていた彼がもう一杯水を飲もうとしていたので、自分の分も欲しいと言ったら別の容器に注いで持ってきてくれた。

 彼は容器の一つを私に手渡すとなにも言わずに寝台に座った。

 非常に距離が近かった。


「キャジュから聞いてないのか?」

「なんのこと?」

「カウザのことだ」

「あの子とはまだあまり話していないから、たぶん聞いていないと思う」

「あいつはこう言ったんだ。私達は地球人を殺しにきたのではない、目的が違うからと。おかしいと思わないか? それが事実だとしたら今俺達がしていることは相手に対する挑発行為だ。戦争を仕掛けているのはむしろ地球人ということになる。そういった行為を城と裏で繋がったレイン達がしているのだとしたら、それが本当に正しいことなのか疑問に思うんだ。だから……」

「だから、なに?」

「……もう戦うのをやめてしまわないか? 俺は一人でもそうしてもらうためにこれから働きかけようと思っている。もしお前が協力してくれるんだったら……俺の意見に賛同してくれるんだったら一緒に手伝って欲しい。そういう話だ。……だから、もういいんだ」


 カウザの目的が他にあったとしても地下都市ゼメロムの住民を惨殺したことは揺るがない事実だった。あれを目の当たりにしている以上、私の戦いをここで止めることはできない。

 戦争はもう、はじまってしまったのだから。


「話って、本当に、それだけなの?」

「ああ」

「そっか。じゃあ私の話、してもいい?」

「ああ。聞かせてくれ」



 ……彼の瞳は、とても綺麗だった。



「……うん。その前に、今の話、正直に言ってくれてありがとう。だから私も、本当のことを言うね。……前からあなたも気になっていただろうと思うんだけど、私ね、城での生活が嫌になっちゃって出てきたんだ。自分のやりたいことがしたくてさ、勝手に抜け出してきちゃったんだ。そうしたら例の機械兵が出てきちゃって、困っちゃった。これじゃ思うようにいかないってね。そうしたらレインさん達が現れて私を助けてくれて、この人達は使えるって思ったわけ。それで適当な理由を探して彼らを仲間にしてあなたに出会った。知ってのとおり、私のアンチアイテルが不愉快だった彼らは、私に適当な人間をあてがおうとした。そして私はあなたをその対象として選んだ。自由な生活を手にして、さらに彼らを自由に動かすためにはあなたが適任だと思ったの。偶然にもあなたとは昔一度だけ会っていたから、そのことを口実に近づいたというわけ。……ごめんね。今まで騙していて」

「……お前、本気で言ってるのか?……」



 ……本気だよ。だって私はもう、幸せだもん。



「あなたにその気があるような態度をとったこと、すごく反省してる。今後はもうしない。誤解させて傷つけてしまったかもしれないから謝るよ。当然、許してはくれないよね? だから、あなたに恨まれても文句は言えない。今まで嘘をついていて、本当にごめんなさい……」

「……それを、信じろって? お前にも言わなきゃならないのかよ! 俺はな、昨日レインに頼まれたんだ。お前だけは信じてやってくれって。自分達のことは信じなくてもいいからお前だけは全部信じてやってくれって。……それなのに、そんなお前の言葉を、俺は信じなくちゃいけないのかよ!」

「ごめん、なさい。全部私が悪いの。自分勝手なの。私は自分しか好きになれない人間なの。弱い人間だからこういうことをしないと自分を保てなかったの。酷い女でしょ、私って……」

「……結局、道化だったってことか」

「本当に、ごめん」

「……実は、薄々感づいていたさ。どうして俺みたいなやつなんだろうってな。見た目は最悪だし、ヴェインみたいに男らしくもないし、力もないし、アイテルも使えない。誇れるものがなに一つないやつを好きになっても得になることなんかあるはずがない。……だから俺は、ずっとお前に対して懐疑的な行動をとって真偽を確かめようとした。なかなか本性を表す気配がなかったからもしかしたら、と思いはじめていた。……でも真実は予想通りだったみたいだ。……ほんと、格好悪いよ。馬鹿みたいだ」



 ……本当に、馬鹿だよ。本当に、私は大馬鹿野郎なんだ……。



「話はこれでおしまいだけど、他に言いたいこと、なにかある?」

「……あるとすれば、一つ」

「なに?」

「……嘘でも俺を必要としてくれて、ありがとう。それだけだ」

「……そっか。少しでも役に立てたなら嬉しいな。で、これからなんだけど、どうする?」

「ここにいられると迷惑だろうから俺は消えるよ。レインには『約束だから』と伝えておいてくれないか。それで意味は通じると思うから。……それと、キャジュのこと、よろしく頼むな」

「え?」

「それじゃ元気でな。陰ながら応援してるよ。……戦争、終わるといいな」




 彼が玄関の扉を開けていなくなるまで、なにが起こったのか分からなかった。

 彼は家を出た。それだけだと思った。

 でもどこかがおかしかった。

 それがなんだったのかを全然理解できなかった。



 冷静になろうとしても頭がうまく回らない。

 気がつけば目の前はぼやけていた。

 これでは追いかけようにも真っ直ぐ歩けない。



 胸がいつになく苦しい。立ち上がりたい。でも立ち上がれない。

 力が全く出てこない。戦場ではありえないことなのに。

 行きたい。追いかけたい。近くで感じていたい。声が聞きたい。

 嘘だ。そんなこともうしたくない。したくない、はずなのに……。



 目の奥がとても痛い。どんどん零れていく。拭っても拭っても、出てくる。

 声が勝手に出てくる。出したくなんかないのに。後悔なんかしていないのに。

 こんなもの、捨ててきたはずなのに……。

 あの風呂桶の中に、全部捨ててきたはずなのに……。



 どうしてここにあるんだろう。

 辛いよ。苦しいよ。痛いよ。

 いなくなっちゃうなんて、嫌だよ。



 ……こんなに好きだったなんて、こんなに悲しくなるなんて……

 ……本当に、本当に知らなかったんだ。



 ……だから、ごめんね、メイル。




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