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あなたのことが、好きだった / call for the only その1



 水面に差し込む光がゆらゆらと輝いている。ぼやけていてはっきり目に映らないところがまたそれらしくて、なんとも居心地がいい。

 息苦しくなったら顔を出してまたもとの場所に戻る。その繰り返し。

 ずっとここにいたかった。死ぬまでずっとここにいられたら、どれほど気が楽になるだろうか。



 誰にも干渉されない一人だけの世界。誰からも咎められない平和な空間。

 もうこの世界にいたくなかった。こんな自分が自分だなんて認めたくなかった。

 世界を変えてしまいたかった。この意識を全部なかったことにしてどこかの誰かに代わってくれるなら今すぐそうしてもらいたかった。



 何度も潜り続けているうちに向こうの世界が段々遠くなっていった。現実の私が記憶を重ねていたためだと思う。なんて優秀な頭脳だろう。

 きらきらと光る居心地のよい世界が風呂桶のお湯と照明に戻る。認めたくない現実が私の意識に戻ってきた。



 少し前にレインから教わった『風呂』というものに入っていた。早朝なので私以外に人はいなかった。だから入ることにした。

 特に住民とは顔を合わせたくなかった。なぜなら、王族として振る舞うことに嫌気が差していたからだ。



 いつか時機を見て都市の人達に本音を伝えようと思っていた。

 無意味に着飾るのはもう……うんざりだった。



 家に戻っても彼はまだ帰ってきていなかった。

 あれから十五時間は経過している。キャジュはこのまま目を覚ますことなく、この世界から去ってしまうのだろうか。とても心配だった。

 昨日聞いた話だと、あの機械の中には人間そっくりの身体が入っていたらしい。キャジュの中身を救うために今も彼らは懸命に作業を続けていると思う。状況を確認できないことがもどかしかった。



 私は彼女の中に肉体が入っていることを知っていた。そんなこと、実際に捻ってみれば感触で分かることだった。キャジュがナカマと呼んでいたことを考えれば当人もきっとそうだろうと思っていた。連れて帰ろうと決めたのはそのためだった。



 彼女を純粋に守りたかった。他に理由はなかった。あそこで助けないと大切なものが壊れてしまうような気がした。



 ……でも、結局違うものが壊れてしまった。



 人を殺してしまったことを後悔していないと言えば嘘になるかもしれない。今でもあの感触が残っている。そしてこの記憶はたぶん一生消えない。

 後悔しても得られるものはなにもなかった。肯定することが無理なら、せめて否定する自分と正面から向き合うことをやめようと思った。



 これからもカウザと戦うつもりだった。たとえキャジュに幻滅されてもそれだけは続けたかった。

 私を必要としていてなおかつ結果を残せる場所は戦場以外になかった。この精神を維持していくための方法が他には思い浮かばなかったからだ。

 それは、仕方のないことだった。



 彼よりも自分を選んだ。それが私の出した答えだった。卑怯と言われようが構わなかった。結局私は自分のことが好きでたまらなかったのだ。

 自分を守るためのきっかけだったらなんでもよかったのかもしれない。城を抜け出した直後がたまたま彼であっただけで、他にめぼしい対象があればそっちのほうに食らいついていたに違いなかった。



 きっと、そうに違いなかった……。



 彼にはいっそのこと人間の姿になったキャジュに特別な感情を抱いてしまえばいいと思った。

 お互いが楽になりこの星も救える。そんな喜ばしい展開はないだろう。是非ともそうなってもらいたかった……。



 気持ちの整理がついたら急になにかを食べたくなったので誰かを誘おうと着替えていたら、丁度家の呼び鈴が鳴った。

 玄関の扉を開くと、そこにいたのは彼ではなくヴェインだった。


「姫、起きてたか?」

「おはようございます。ばっちり起きてましたよ。どうしました?」

「キャジュが目を覚ました。姫にも早く見て欲しいとメイルに頼まれた。すぐに出られるか?」

「……でも、私がいるとアイテルの邪魔になるんじゃないですか?」

「それなんだがな、ちっと言いづらいんだが面会位置の距離指定があるようだ。例の五メートルってやつだな。おあずけ食うよりはましだろ。どうだ、行くか?」

「……はい。行きます」




 特殊医療室の扉を開けるとヴェインはそのまま後ろを向いてどこかに行ってしまった。用事があったのだろうか。それとも興味がないのだろうか。

 部屋の中は酷い有様だった。キャジュの身体から取り外したのであろう機械の部品やら線やら血のついた布やらがあちこちに落ちていた。まさに死闘の果ての光景が床に広がっていた。


「あらレシュア、いらっしゃい。ヴェインから聞いて来たのね。キャジュはここよ。まだアイテル使っているから抱きしめてあげられないけれど、今はそこで勘弁して頂戴ね」


 いつも置かれている寝台には歩くことも困難だろう痛々しい姿のシンクライダーが笑窪を作って座っており、いつもは置かれていなかった寝台の上に白い服を着たキャジュらしき女性が寝ていた。

 そのすぐ隣の床に寝ているのは彼だった。左の腕には赤い色の管が繋がれていて、それが知らない機械まで伸びている。よく見るとキャジュにも同じ形の管が袖から出ていた。


「彼のことなら心配いらないわ。キャジュの無事に安心して少し横になっているだけだから。ねえシンク、いつまでかかりそうなの?」

「もうしばらくはお借りすることになりそうです。昼過ぎにはお返ししますので、それまでお待ちいただくことになります」

「だそうよ。昨日は一人で辛かったでしょうから今晩はたくさん甘えてもらいなさい。彼のことだからきっとなんでも言うこと聞いてくれるわよ。後で感想聞かせてもらうつもりだから、気合入れていきなさいよ」


 今の自分がこんな状態では彼になにを求めても惨めになるだけだった。

 埋められるものが見つからない限り、この胸の穴は永遠に閉じられることなく闇を吸い込み続ける。甘えるなんてもっての外だった。



 ……思い切って、全部話してしまおうか。



 でもそんなことをしたら彼はきっとこの思いを共有しようとするだろう。肯定すらしてしまうかもしれない。

 彼に同情されたまま死ぬなんて考えるだけで恐ろしかった。

 だったら私は、人として生きることを諦める道を選びたい。


「……あの」

「なに? ああそうね、キャジュだったわね。ごめんごめん。私ったらすっかり寝ぼけちゃってるわね。あははは。お爺ちゃん早く起きてくれないかしらね。ほら、キャジュ、緊張しなくてもいいのよ。レシュアが困っているじゃないの」


 遠くからでは分かりづらいが、レインと比較してもかなり小さな身体だった。頭には布が巻かれていてわずかに血が滲んでいる。顔は若くて健康そうな肌の色をしているように見えた。

 美人かどうかについてはこの位置からでは見分けられなかった。それでも女性らしい顔つきであることはここからでもよく分かった。


「……レシュア。私、キャジュ。助けてくれて、ありがとう」

「私はなにもしていないよ。あなたを助けたのはそこにいる人達なんだから。でもよかったね。これからもっと元気になって、いっぱいお話ししようね」

「……分かった。早く元気になる。私もレシュアのことをいっぱい知りたい。友達に、なってくれるか?」

「もちろんだよ。それにもう友達だよ、キャジュ」

「……ありがとう。私、とても嬉しい。レシュア、大好き」


 それからありふれた会話を十分近くした。

 キャジュの家をどうするのかをシンクライダーに尋ねると、健康状態をいつでも確かめられるようにしばらくはこの医療室にいてもらうという答えが返ってきた。

 シンクライダーも自宅には戻らずにここで生活をするらしい。的確な判断だと思った。ここなら『彼』も自由に出入りできるし、キャジュを不安にさせることもないだろう。

 二人の仲を遮るものがなくなった事実を知って、私は心から安堵した……。



 こうして並んで横になっている彼らを見ていると、なんだかとても温かい感情が沸き起こってくるのが分かった。二人の間に降りかかっていた災難は見事に消えてなくなり、これから先の未来はきっと楽しいことで溢れかえる。そう思いを巡らすと、まるで自分のことのように嬉しくなった。

 私のかわりにキャジュが幸せになってくれれば、それだけで生きている価値があった。『できそこない』してはよく頑張ったと褒めてやってもいい。



 ……彼らの笑顔を守り続けるためにも、彼との約束を守るためにも、カウザとの戦いからは絶対に逃げない。絶対に守りきってみせる。



 ……この身体が動かなくなってしまうまで、絶対に。



「レインさん。私、戻ります。今日の防衛のためにヴェインさんから話を聞いておきたいので。強くなっているんですよね? 機械兵」

「別に無理しなくてもいいのよ。なんだったら私が出たっていいんだし。どうせ大したことないわよ。たかが人型でしょ」

「昨日からヴェインさん、少し様子が変なんです。そのことも気になりますし、第一レインさん寝てませんよね? そんな状態じゃ戦えませんよ。私の領域に入ってしまうようなことがあっては大変です。大怪我じゃ済まないかもしれません。だから今日は私とヴェインさんの二人で行きます。レインさんは絶対に来ないでください」

「そこまで言われるとちょっと辛いものがあるわね。分かったわ。今日のところは大人しくしておく。そのかわり無茶しちゃ駄目よ。危険そうだったらお爺ちゃんにも出てもらうから」

「お爺ちゃん? もしかしてゲンマルお爺様のことですか?」

「そうよ。とんでもなく強いんだから。楽しみに待っていなさい。もしかしたらお爺ちゃん、今日も戦う気満々で準備しているのかもしれないわ。ふふふ。私としては早くこの子の看病を交代して欲しいんだけれどね。ほんと、どうしちゃったのかしら。あのお爺ちゃん」


 要塞奇襲の前にレインが言っていた『ある人物の応援』の謎が解けた。

 達人だとは聞いていたけれど、まさかそこまでの実力の持ち主だとは想像していなかった。きっと若い頃はもっと強かったのだろう。

 人は見かけによらない。自分が言うのもおかしいがやはり突出している人間はどこか普通ではないのかもしれない。

 重いものを抱えているからこその道化ともとれるが、もしそうだとしたらあのお爺様にも捨てられない過去があるはずだった。そう考えてみると急に話がしてみたくなった。



 三人に軽く挨拶をして医療室から出た。結局彼は最後まで口を開かなかった。



 とにかくこの空腹をどうにかしたかった私は、ヴェインを捕まえるために居住区域へと向かった。

 家に行ってみても留守だったので都市を散歩しながら見て回った。しかしどこを見て回ってもヴェインは見つからなかった。



 まさかと思って外を探してみると、いつもの待機場所にその姿があった。




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