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みんな、ひとりぼっち / reddish liquid alternate その1



 身近な人間が死にかけた。

 地下都市リムスロットに担ぎ込まれた彼の姿は出て行く前とはまるで別人だった。体中が赤黒く変色していて、ところどころの関節が逆に折れていた。

 自分達がなにと戦っているのかをあらためて思い知らされる、そんな光景を見ているみたいだった。



 シンクライダーを医療室まで運んでくれたのは監視役を引き継いだゲンマル爺さんだった。苦戦する彼を見ていられないと外へ飛び出したのだ。

 さらなる代役を任された俺は、医療室の奥にある通信装置に表示された映像を監視することになった。

 するとそこには戦場を縦横無尽に駆け巡る老人の姿が映し出されていた。



 爺さんの身のこなしは想像を遥かに超えるものだった。

 老体とは思えない反応速度、的確な攻撃、計算されているだろう無駄のない誘導。その全てが鮮やかで、華麗だった。

 自身をアイテルの達人と豪語していたが、あれを見せつけられるとむしろまだまだ遠慮していたのではないかと疑ってしまうほどだった。ヴェインが戻ってこなければ、あの爺さんは一人で全部始末していたかもしれなかった。



 若い者に花を持たせてやったとでも言いたげな表情で戻ってきた爺さんが負傷者を寝台に寝かせると、俺達は早速治療に取りかかった。

 服を脱がして全身を消毒し、外傷の酷いところから爺さんに止血してもらう。止血が終わった箇所に俺が例の薬を塗る。アイテルなしで綺麗に治りそうな部分には布を巻きつけて、それ以外の部分は爺さんが念入りに処理をした。

 折れた骨は全部で四箇所あった。左足首の関節と左腕のとう骨と尺骨、それと左脇腹の肋骨だった。

 どうやらこのシンクライダーという男は左側に隙をつくる天才らしい。

 それを本人に言ってやると、死に物狂いで笑いにこらえる顔を見せた。



 骨の折れ具合を見ながら適切な処置を施していく。もとの位置へ綺麗に戻すためには当人のアイテルを使うのが最も効率的だと爺さんは言った。

 俺は折れている箇所を素手で確かめながら適度な位置に調整し固定器具を嵌めた。この器具は過去にシンクライダー自身が骨折治療用として製作したものらしい。着け心地は良好のようだった。

 少し楽になったのか、残念な敗北者は天井を見つめながら間の抜けた笑みを零していた。その顔が彼自身の不甲斐なさを表現しているみたいでなんとも哀れだった。



 深い傷口がある程度塞がるまで爺さんは離れられないというので、俺は先に一休みすることを告げて自宅に向かった。

 慣れないことをしたせいで精神が少し参っていたのでゆっくり歩いていると、避難通路のほうから同じくゆっくり歩いてくるヴェインが見えた。



 彼も相当苦戦したらしく切り傷を作っていた。表情に翳りが見えていたのが妙に感じて、柄にもなくねぎらいの挨拶とシンクライダーの無事を伝えた。するとヴェインは今まで聞いたこともないほどのか細い声で、『あっち』のほうも終わったことを知らせてくれた。

 なにかよくないことが起こったのではと思ったが、無理に問い詰めても悪い気がしたのでその場ではなにも聞かずに別れた。



 ヴェインと別れてから丁度三時間後、レイン達は全員無事に帰ってきた。

 皆が憔悴しきった顔をしていた。声をかけづらかったが無視するわけにもいかないので側に寄った。

 お互い報告することがたくさんある。

 俺はここに残った者の代表として彼らの前に立った。


「お疲れさん。そっちはうまくいったか?」

「ええ、ご覧のとおり楽勝だったわ」

「おお、そうか。しかしだいぶ疲れているな。報告の前に少し休憩するか?」

「できればそうしてもらいたいわ。機械兵が今日はもう来ないという保障もないでしょうから。はいメイル、約束どおり、レシュアをお返しするわ」


 無傷の帰還を笑顔で迎えたが、彼女はうつむいたまま目を合わせようとはしなかった。やはりなにかがあったのだと思った。

 俺に気づいて欲しくてこんな態度を取っているのだろうか。せめて一回だけでもいいから目を見て欲しいと思った。そうでもしてくれなければ、また俺達は同じことを繰り返すことになる。もうそんな面倒なことはしたくなかった。


「そういえば、あんたの背中に乗っているのなんだ? 戦利品かなにかか?」

「この子ね。ちょっといろいろあって連れてくることにしたの。ところでシンクは? 意識はある?」

「鬱陶しいくらいにあるよ。今、爺さんが看病している。あの負傷した人、肋骨もいってるからあまり冗談は言わないようにな」

「ご忠告どうも。それじゃあレシュア、洗浄場に行くときに顔出すわ。その時にまた」

「……はい」


 やっと声が出た。しかもさっきのヴェインよりも小さい。たった一日が経過しただけなのにこの変わりようはやはり異常だ。

 些細な出来事が引き起こしたのではないのだろう。この閉じられた心を開くのはかなりの度胸と根気が必要になりそうだ。

 果たして今の俺にそれができるだろうか。


「レシュア様、俺もここで失礼します。しばらく参戦できそうにありませんが、いつか必ず復帰してみせますのでその際はよろしくお願いします。メシアスさんも、頑張ってください。ではこれで」

「……身体、お大事に」


 ロルは医療室に寄らず、居住区域の方向へ足を引きずりながら行ってしまった。

 なんとなく仲間外れにされた気分だった。会話の内容からしてロルは当分都市の外に出ないのだろうということは理解できた。



 さて、最も厄介なのが残ってしまった。



「元気ないな。どこか痛むのか?」

「……ううん。大丈夫」

「とりあえず、家に帰ってから話すか。こっちのほうも散々だったんだ。それにいろいろ分かったこともあってさ、お前に確認したいこともあるし」

「……ごめん」

「え?」

「……ごめん、メイル。少し、一人で考えたいことがあるの」

「はあ、別に構わないけど。じゃあお前が家に行けよ。そのほうが邪魔が入らなくていいだろ?」

「……ごめん」

「気にするな。こっちもこっちでシンクの容態がまだ気になるから、そっちに行ってる」

「……ごめん」

「ちなみにだけど、夜は家に戻っても、いいのか?」

「……うん」

「それを聞いて安心した。正直野宿は厳しかったからな。じゃ、またな」

「……うん」


 これは、重症だ。シンクライダーの比じゃない。早期に無理やりこじ開けようとすると却って悪化するやつだ。

 本人の意思どおりにそっとしておいてやるのが一番なのかもしれない。なによりも俺があいつの雰囲気に飲まれないように気をつけないと修復は遠くなりそうだ。

 とにかく、冷静に取り組もう。



 特殊医療室に入ると、シンクライダーが横になっている寝台の反対側の壁際に別の寝台が置かれていた。その真新しい台の上にはさっきまでレインが担いでいた黒い機械の塊が載っていて、よく見るとそれは小柄な人の形をしたなにかだった。



 こんなものを置いたままにして危険ではないのだろうか。

 この部屋に持ち込んだ張本人である仮面女に視線を向けると、負傷者と化した哀れな医師を見て静かに笑っていた。



「シンクったら派手にやられたわね。彼も相当疲れていたみたいでさっき寝てしまったわ。あなたも治療を手伝ってくれたんだってね。ご苦労様。お爺ちゃんが言うにはもう一人でも平気だろうって。ついさっき帰ったわ」

「ああそうか、礼には及ばない。そんなことよりも、これ、大丈夫なのか? 急に暴れ出したりしないよな?」

「彼女なら問題ないわ。どうせなら話しかけてみなさいよ。運がよければ相手にしてくれるかもよ」



 ……彼女? これは、生き物なのか?



 状況が全く飲み込めない。おちょくっているのだろうか。どう見てもカウザの機械にしか見えない。シンクライダーのおもちゃにしてはよくでき過ぎている。



 ……話しかける? これにか?



「……おい、聞こえてるか?」

「……ダレ、デスカ」


 本当に喋った。これはなんだ。とてつもなく気味が悪い。

 レインを睨むと、お好きなだけどうぞ、という穏やかな声が返ってきた。

 困惑した顔でもう一度睨むとこっちの物言わぬ支援要請に気にも留めない様子で流し台の奥に消えてしまった。



 俺は、こういうのは苦手だ。



「……メイルだ。分かるか?」

「メ、イ、ル?」

「そうだ。俺の名前だ。あんたは、なんていうんだ?」

「ワタシ?」

「ああ」

「ワタシハ、ィーイヤーゥブグゥーユウォ、ダ」

「は? 悪い。うまく聞き取れなかった。もう一度頼む」

「ィーイヤーゥブグゥーユウォ、ダ」

「ヒヤ、グ、ブ? か。なかなか難しい発音なんだな。どうやら俺にはあんたを名前で呼ぶのは無理みたいだ。すまないな」

「チキュウノ、コトバデハ」

「どうした?」

「キャジュ、トモ、イエル」

「キャジュか?」

「ソウダ。キャジュ、ダ」

「それなら余裕だ。あんたは、キャジュだ」

「アナタハ、メイルダ」


 何度か聞いてみると相手の声は若干不自然な発音ではあるが、正しい女の声と話し方だった。機械にしては本当によくできている。


「あんたはどこから来たんだ?」

「ワタシハ、ワクセイ、カウザ、カラ、キタ」

「つまり、俺達の敵というわけだな。捕まったのか?」

「チガウ。タスケテ、モラッタ」

「レインにか?」

「レインデハ、ナイ。レシュアニ、タスケテ、モラッタ」

「なぜ助けられたんだ。カウザを裏切ったのか?」

「ウラギッタ。ソウカモ、シレナイ。ワタシハ、ナカマニ、コロサレソウニ、ナッタ。レシュアガ、タスケテ、クレタ」

「あんたはどうしてカウザを裏切ったんだ?」

「ワカラナイ。ナカマガ、チキュウジンヲ、コロソウト、シタ。ワタシハ、ソレヲ、トメタ。コロシテハ、イケナイ。モクテキガ、チガウ」


 内部で仲間割れでもしているのだろうか。意見が食い違うということは個々の機械に同一の命令を与えていないということになる。そしてそれは単純な命令でもなさそうだ。

 今までの機械兵もそうだったのだろうか。俺はさっきの映像監視で初めて機械兵の動く姿を見た。あの映像を見た限りでは機械兵に人間と同等の思考があるようには感じられなかった。言葉を話すなんてことも聞いた覚えはない。

 この女の形をした機械は、カウザは人間を殺すために機械兵を送り込んでいるのではないと言った。



 では本当の目的とは一体なんだろうか。

 この機械だけが特別なのだろうか。



「あんたはどのようにして生まれたんだ?」

「ソレハ、アルジニ、セイギョ、サレテイテ、ハナス、コトガ、ユルサレテ、イナイ」

「じゃあ質問を変える。あんたはどのようにして生まれたのかを知っているのか?」

「ドチラモ、シッテ、イル」

「俺を見てどう思う?」

「メイルハ、オトコダ。チキュウジンダ。キカイ、デハナイ。ニンゲンダ」

「あんたは自分をどう思っている?」

「ワタシハ、オンナダ。カウザジンダ。キカイ、デアルガ、ニンゲンダ」


 レインが取っ手のついた容器を二つ持ってきて、湯気の立ち上がる黒い液体を俺にも勧めてきた。

 臭いを嗅ぐと嫌いではないやつだったので、ありがたくいただいた。


「私はこれ好きなんだけれど、ヴェインやレシュアが苦手らしくてね。あなたみたいに付き合ってくれる人がいると安心するわ。あの人達ったら私がこればっかり飲んでいるのを知って変人扱いしたのよ。こんなに美味しいのにね」

「単に好みの問題だろ。そんなこと気にしているのか? あんたらしくないな」

「こう見えて結構繊細なのよ。前にヴェインも言っていたでしょ?」

「はいはい。ところで、このキャジュてやつのことだけど」

「どうしたの。早速振られちゃった?」

「そうじゃない。今こいつは自分をカウザの人間だと言った。こんなやつ連れてきて大丈夫なのか? 密偵だったらここはもう終わりだぞ」

「私もそう思った。でもこの子に聞いたら追跡装置はついていないって言っていたから、たぶん問題ないわよ。それに、この子をどうしても連れて帰るって言ったのはレシュアのほうよ。もう運ぶの大変だったんですから」



 そういうことか。それであんなに塞ぎ込んでいたのか。

 きっとこいつを守るためにとった行動が自分で許せなくなったのだ。



 ……誰とも気持ちを共有できずに自分の殻に閉じこもりやがって。

 ……抜け出す方法なんかないことくらい分かっているくせに。



 ……馬鹿野郎。そのための俺だろうが。




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