冷たい体のど真ん中 / absolute raid その2
人型の機械兵にしてはやけに小さく、手足が異様に細かった。
歩き方も従来の型とは全く異なっていて、機械にしてはやけにしなやかな動作だった。
なんというか、とても女性らしい動きに見えた。
「……ゼ、イギュオンム、テイブォウィ……」
喋った。しかもこちらの存在を認めた上でなにかを喋った。
言語を発して交信するために作られた機械なのだろうか。
私は意を決して前進した。
足を前に出せば出すほど機械の形がはっきりと映り込んでくる。さっきは全身が黒くてよく分からなかったが、顔の上のあたりに動くものが見えた。
あれは、瞳だ。
「……チキュウジン、カ」
私達の星の言葉を話した。声色は女性のそれに聞こえる。
『機械』にしては不自然なつくりだと思った。あえて女の形にする理由があるのだろうか。
しかも彼らは私達が使う言語を学習している。彼らが現れてからの短期間にそれが可能だろうか。だとしたら私達はとんでもない文明を相手にしているのかもしれない。
どこまで理解しているのだろうか。それを確かめる方法は一つだった。
「……あなたは、人ですか?」
返事は返ってこなかった。
聞き取れていないのかと思ってもう一度同じ質問をする。
すると、相手は機械の手を私に向けて首を横に振った。
……飛び込んでくるかもしれない。前方に掲げた両腕に力が入る。
「……ココハ、アナタタチガ、クルヨウナ、トコロ、デハナイ。カエルイシガ、ナイノナラ、テキト、ミナス」
……喋った。
「ちょっと待って。私の話を聞いて。あなた達はどうしてこんなものを作ったの? この星に来てなにをしようとしているの?」
「……ソレハ、イウコトガ、ユルサレテ、イナイ。スベテハ、アルジノ、カンガエノ、モトニアル。チキュウジン、シズカニシテ、イロ。スグニ、タチサル、ノダ」
「それでは駄目なの。お願い。もっと話をしてみましょう。これ以上無駄な争いをしたくないの。お願い。私を信じて!」
「……テキト、ミナス」
壁一面に凭れかかっていた人型の幾つかが唸るような音を立てて動き出した。
突風で押されたみたいに壁から外れると、静かに降下して私を取り囲んだ。
「私は、戦いたくない!」
「ナカマハ、アノサキニ、イル。カエラナケレバ、アナタモ、ナカマト、オナジ、クルシミヲ、セオウ」
謎の女型機械が指を差した先は上部に設置されている大きな部屋の左側だった。
……レインとロルが、あそこにいる? 囚われてしまったのだろうか。
……それが事実なら、なおさら帰れない。
……機械兵を倒すしかないのか。他に方法はないのだろうか。
女機械兵は背を向けて飛び上がった。
それと同時に周りを囲む人型が近づいてくる。
やるしかなかった。あと少しで衝突を止められたかもしれないことを悔やみながら、私は00の集中を手の平に集めた。
来た。
十体以上。機械兵の動きはいつもと変わらない。
掴む捻る切る持つ掴む飛ばす捻る掴む切る切る持つ飛ばす掴む捻る飛ばす……。
さらに飛び込んでくる。あと、二十はある。
本当に無意味な作業だった。
これが全て壊れてもそこにある大きな機械の塊がまた作り直す。
……戦争とは、なんて虚しい作業なんだ。
掴む捻る切る飛ばす踏む捻る掴む飛ばす潜る掴む掴む捻る持つ飛ばす掴む……。
最後の一体が残る。
荒ぶる鼓動を片手で抑えながらもう片方で待つ。
これらの人型は誰も喋らなかった。そんなことを救いにしたくなかったが、そうでもしなければ今を保てないと思った。
ここで集中を乱したら、もう会えなくなる。
なにかが、私の中で狂いはじめた。
自分のしていることに迷いが芽生えはじめる、そんな予感だった。
……掴む捻る切る掴む捻る捻る捻る捻る捻る捻る、……切れる。
もう、下は見たくなかった。
レインとロルがいるかもしれない要塞上部の部屋を見つめる。
たぶんあそこにここの中心となるものがあるのだろう。
人でなければそれでいい。私の望みはその一点のみだった。
……。
球体上部の大部屋に突入した私は絶句してしまった。そこには血まみれで倒れていたロルと、片膝をついて息を切らしていたレインと、部屋の奥でさっき言葉を交わした女機械兵、それと大柄の男機械兵が並んで立っていた。
つまり、私の願いを打ち砕くのに十分な光景が広がっていたのだ。
一番近い位置にいたレインに近づこうとしたら怒鳴られてしまった。なにがあったのかと問うと、見れば分かるでしょ、と一言返ってきた。
ロルの状態が気になることを伝えると、まだ生きてる、とだけ彼女は呟いた。
部屋の奥に立っている二体の機械はかなり大きな声で話し合っていた。通常の人型機械兵とは明らかに異なる図体の男型は、じっとレインを見つめたまま女機械兵の話を聞いているみたいだった。
理解不能の言葉を発しているので会話の内容までは分からない。でも女型の口調や身振り手振りなどで、それは言い争いだということが読み取れた。
「……やつの動きについていけない。人間と同じ形をしているけれど中身はまるで別物。油断すると私でも危ない」
「あの、どうすれば……」
「あなたは手を出さずにそこにいなさい。中途半端に加勢されてもやりづらくなるだけだから。それよりも、私がやつに突進したら隙を見てロルをこの部屋から出して頂戴。三分待っても私が出てこなかった時はここから脱出してスウンエアに直行。いいわね?」
「でもそれじゃレインさんが……」
「全員死ぬよりはましでしょ。それと、彼との約束。これ絶対だからね」
そう言い終えたレインは肩を小刻みに揺らしていた。強敵を前にして緊張しているのだろうか。
こんな状況の彼女を置いて逃げ出してしまったら私は後悔するかもしれない。あの人間じみた機械と直接戦わないにしても、レインを援護する方法はきっとあるはずだ。
あの二体が人間じみているのであれば、わずかではあるが望みはある。
……せめて、一体だけでも伝わってくれればなにかを変えられる。
「様子がおかしいわね。まだ口論を続けてる。意見が食い違っているにしてもちょっとやりすぎに見える。どうしちゃったのかしら?」
「いつからあんな感じなんですか?」
「そうね。確かロルがやられた後だったと思うわ」
「やっぱり、そうだったんだ」
「なんのこと? さっぱり分からないわ。説明してよ」
「さっき、あの女の機械兵と話をしたんです」
「どういうこと!? 話したって、ニホンゴでってこと?」
簡単に説明した。それとあの女機械兵にどこか温かみのある意思のようなものを感じたことを話した。レインは半信半疑な態度を見せた。
二体の機械は分からない言葉でさらに声を荒げていた。女のほうは涙声になっている。あの機械はそこまでのことをしてでも守りたいものがあるのだろうか。そしてカウザはなぜ、こんな意見の対立する機械を作ったのだろうか。
……本当に、この戦争は虚しさしか生み出さない。
「お願いです! 聞いてください! 私はレシュアという名前の地球人です! あなた達にどうしても知って欲しいことがあります! それは、私達はあなた達が邪魔だから倒そうとしてるのではないということです! 私達にはどうしても守らなければならないものがあるから、それを守ろうとしているだけなんです! 私は、あなた達と話し合ってみたい! それでなにかを、なにか一つでも分かち合えるものがあれば分かち合ってみたいんです! 私達とあなた達は考え方や価値観が全然違うかもしれない! でも、ここに存在している限り、生きている限り、絶対に失えない心があると思うんです! お願いです! 私と話をさせてください!」
いつの間にか自分も涙声になっていた。なにも考えなければただの敵だったはずの相手に対してここまで必死になれるなんて思いもしなかった。
判然としない苦しい気持ちが嗚咽になって噴き出してくる。
レインは無言で見ているだけだった。
「……ワタシハ、コレイジョウ、ヒトガ、キズツクノヲ、ミタクナイ! ダカラ、モウ、ヤメテ!」
「……この、欠陥品が。貴様のような能無しが余計なことをしなければ計画は順調だったのによ。くそが。この責任、どう取ってくれるんだ。ああ?」
「……アルジハ、チキュウジンヲ、コロセトハ、メイジテイナイ! アナタコソ、ジブンカッテナ、コトヲ、シテイル!」
「……自分の言っていること分かってんのか? ああ? 貴様はよ! 死にたいって言ってんのか! ほら! 死ぬのか! どうするんだこら! 言えよほら! さっさと言えよ!」
……私の中で、なにかが、切れそうだった。
「……あのクズどもにも分かるようにニホンゴ使いやがってよ。ほんと卑怯な野郎だぜ、貴様ってやつはよ」
……もう、やめてあげて。
「……欠陥品だからって仕方なく世話してやったのによ。人一人殺せないなんてとんでもない大荷物じゃないかこのクソ女が。どうして貴様みたいなのが生きてんだよ! 今すぐに死んでくれよ。死んで俺の苦労を返してくれよ!」
……もう、
「……貴様が自分で死なないんだったら、代わりに殺してやるよ。それでいいな? おいおい、まだ抵抗するのかよ。どこまで腐ってんだこのクズが。ああ、そうか。分かったぞ。俺の言い方が悪かったんだ。怖がらせてしまったんだな。それはそれは失礼した。では、丁寧に言い換えるとしよう」
……やめて。
「……君がいるとね、時間がもったいないんですよ。早いところ次の仕事も片付けてしまいたいし。どう? やっちゃっていいですか? さくっとやっちゃうけどいいですか? よろしいですか? え、なになに? とっくに準備はできているから早く殺して欲しいって? そうですか。分かりました。では早速そうすることにしましょう。少しだけ痛いかもしれませんが、すぐ楽になりますんで我慢してくださいね。それでは、いきますよ……」
……やめろよ。
「……死ねよ、このクソ女が!」
……オマエもな。
「レシュア! 駄目!」
理性なんてものは完全に吹っ飛んでいた。
視界には無駄に存在している男のカタチしか映っていなかった。
飛び出した時にはどうやって殺してやろうかを考えることしか頭になかった。
……時間が少し足りなかった。
男の顔面に手が届く前に女機械兵の身体が強烈な一撃を食らって宙を舞った。
彼女を拾う余裕はない。
標的を破壊する。
ただそれだけのために、飛び込む……。
「!!」
男の顔面に私の拳が当たる。
指の骨が軋む感覚。痛みは感じない。
相手の動きを誘う、そのための犠牲。
「……この、雑魚があああ!」
相手の攻撃が読めないのはあちらも同じ。
レインが私の攻撃を避けられたのはその動作の癖を学習したからに他ならない。
初手で終わらせてしまえば私の00は無敵。
その一瞬を、見逃さない。
右腕の攻撃。これは避ける。次の攻撃に全てを込める。
左足の上段。……これを掴む。
もらった。
「……!!!」
捻る掴む捻る掴む捻る掴む捻る掴む捻る掴む捻る。
……。
……虚しい。苦しい。悲しい。
……なんて、残酷な世界なんだ。
「……レシュア。ごめん。私がもっとしっかりしていれば、こんなことさせずに済んだのに」
「……もう、いいんです。戦争に、犠牲はつきものですから」
心はもう、空っぽみたいだ。
さあ、早くおうちに、帰ろう。
「この子を連れて帰ります。レインさんはロルさんのほうをよろしくお願いします」
「え? この子って、そこの機械兵を?」
「そうです。まだ息がありますから」
「……わ、分かったわ。あなたがそう言うなら、連れて帰りましょう。そうね、少し賑やかになるかもしれないわね。そうそう、それは名案だわ」
「ここどうしますか。今のうちに破壊してしまいますか」
「ああ、そうね。あらかた壊してしまいましょうか。後始末はスウンエアの人達にお願いするとして、とりあえず一旦外に出ましょう」
要塞内部に保管されている機械兵を全て破壊し要塞そのものもレインのアイテルで粉々にした。
スウンエアが派遣した部隊の身体はどこにも置かれていなかった。
担ぎ上げた小さな身体は機械にしては軽かった。太腿の内側が硬質な摩擦音を立てて微かに温もる人肌を伝えてくる。彼女から放出されていたのは、心が通った体温だった。
私の冷たくなった身体が機械の身体によって温められる。
背負ったばかりのこの闇を、とても小さく優しい光で追い払おうとするように、彼女は必死に熱を放出し続けていた。
「……ゴ、メン、ナ、サイ」
返事はしなかった。したくてもできなかった。
こんなに綺麗な心の持ち主にかけられる言葉は、たぶんどこかに落としてしまっただろうから。
この戦争が終わったらそれを拾いに行こうと思った。
それまでは探すのを我慢することにした。
……だって、私はもう、人殺しなんだから。
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