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冷たい体のど真ん中 / absolute raid その1



 地下都市リムスロットから約七百キロ北上したところに異星文明カウザの要塞は存在していた。

 空からでは分かりづらいが球体の形をした奇妙な建物は確かにあった。

 私達四人の防衛部隊は襲撃を予定している地点に到着した。



 機械兵と同じ黒い色をした禍々しい球。

 周辺に機械兵らしき物体は見当たらない。

 その形だけで判断すればもう完成しているみたいだった。



 私達はまず、要塞に侵入する前に地下都市スウンエアへ寄って暖を取ることにした。

 予想していたよりもずっと寒かったのでなにか羽織るものが欲しかった。それでも今日はまだ暖かいほうだと都市の人が言っていたので、私は彼らの言葉を信じて我慢することにした。

 住民に声をかけられる度にその格好はどうしたのかと聞かれた。これは王族専用の戦闘服ですと試しに答えてみたら、そこにいる全員がすぐに納得してくれた。



 深く詮索されなかったことに安堵して同行者のもとに戻ると、この都市の中で一人だけ納得しない人がいた。やはり彼女だった。


「弱音を吐かない約束だったわよね? メイルにはあなたにシミ一つ作らないでお返ししますって言ってあるんだから、ほんと頼むわよ」

「はい。そのうち慣れますんで、大丈夫です」


 レインのさらに勢いを増す愚痴をよそに、私はこの服から伝わってくる彼の思いを噛み締めていた。

 私のために選んでくれた生地。私のために縫い合わせてくれた糸。

 その全てが彼の思いとして染み込んでいた。戦闘服にしては頼りない見た目かもしれないが、自分にとってはこれ以上にない防具だった。



 ……どんな脅威が立ちはだかろうとも、絶対に負ける気がしなかった。



「ちょっと人と会ってくる。あなた達はここで待機。五分後に出発するから心の準備は整えておいて」


 レインとヴェインはこの都市の防衛統括者に挨拶をしてくると言い残して居住区域の奥に消えてしまった。

 その結果、私とロルは二人きりになってしまった。

 この彼とはメイルについての口論以来まともに会話をしていなかった。私は大して気にしていなかったが、どうやらロルのほうはそうでもなさそうだった。

 メイルに対する嫉妬からの反発だろうか。真意はどうであれ、これから予想される戦闘になんら支障はなかった。無闇にくっつかれるとやり難くなるのは私のほうだったので却って都合がよかったとも言える。よって私のほうから話しかけようという気はさらさらなかった。



 レイン達が戻ってくるまでの五分間を適当にやり過ごしてしまおうと思った。それとなく考え事でもしていればあっという間に終わるだろう考えていた。

 ところが、そんな時に限って『この彼』は口を開いた。


「……もし、俺が死にそうになったら、あなたは助けてくれますか?」


 いきなり質問されたことで焦りはしたが、それ以前になんて女々しい発言なんだと思った。自分の能力に余程自信がないのだろうか。

 ロルは私から見ても決して弱い能力者ではない。自力であの機械兵を倒せる実力は本物だと感心すらしている。それなのに、自分がどういう立場の人間なのかを全然理解していないように感じた。

 いくら私達が強すぎるといっても屈強な戦士であることに変わりはない。ロルにはその事実を前向きに受け取ってもらって自分らしさを磨いて欲しかった。


「……どうでしょう、分かりません。その場の状況次第で判断すると思います」

「そうですか。では、もしあなたの前にいるのが俺ではなくメシアスさんだったとしたら、それでも分かりませんか?」

「……」


 痛い所を衝かれたと思った。答えようがなかった。

 ロルの心の断片を知っていることが、私の口を一層重たくした。

 じっと地面を見つめたまま黙っていると、ロルは呆れたような口調で私の名前を呼んだ。


「冗談ですから気にしないでください。……ですが、参考にはさせてもらいます」

「……はあ、そう、ですか」

「今の会話が現実にならないようにお互い気を引き締めていきましょう。あ、ちなみに俺はあなたのことを命懸けで守りますから、安心してください」

「……ありがとう、ございます」

「いえいえ、俺の命でよかったらいくらでも差し上げますよ」

「……」


 本人は冗談で言ったのかもしれないが私には全然笑えなかった。かつて自分が選び取ろうとした未来に重なるところがあったからこそ、半笑いで口にして欲しくなかった。この一言でロルのことがますます分からなくなってしまった。

 命を差し上げるなんてことを簡単に口に出して喜ぶ人間はいない。ましてや仲間の前で自分の死を軽々しく扱ってしまう時点でその人は仲間として失格だと思っている。

 もし私の気を引くために言ったのだとしたら完全に逆効果だった。メイルが相手だったら即座に癇癪を起こしていただろう。



 彼の視線は全然知らない方向を見ていた。それからレイン達が戻ってくるまで私達は一切口をきかなかった。

 五分間待つように指示を出して消えていった二人は、予告した時刻からかなり遅れて戻ってきた。



 レインは私のために防寒用の上着を準備してくれていた。ありがたく受け取って羽織ってみると、世界が突然変わったみたいに血が巡ってきた。


「腰に着けているベルトは潜入後も外さないで頂戴ね。脱出時にもたもたしたくないから」

「はい」


 シンクライダー手製によるこの腰巻には私を運搬するための紐が収納されていた。紐といっても服に使用されるような裁断可能のそれではない。特殊な金属を加工して作ったワイヤーというものなのだそうだ。引き伸ばした紐を他の誰かに固定させれば私を運べるという仕組みだ。

 ヴェインはこれさえあれば長い梯子を担がずに済むと喜んでいた。


「じゃ、後のことは頼んだぜ。おい小僧、いつまでも女の後ろ走ってんじゃねえぞ。男だったら生き様で勝負しろ。いいな?」

「はい。頑張ってきますです。って、ヴェインさんは行かないのですか?」

「悪いな。急用が入っちまったから先にご帰宅だ」


 レインはヴェインのもとに寄って彼の肩にそっと手を置いた。

 珍しい行動だと思った。


「お疲れ様。あとのことは任せて。……あなたも、頼んだわよ」

「おおよ。んじゃな。それと姫は……、言うことはねえぜ。派手にぶちかましてこい!」

「はい。ヴェインさんも気をつけて」


 ヴェインはみんなに挨拶を済ませるやそのまま全力であろうアイテルを放出して飛んで行った。



 レインは訝しむ私達の顔を見て、やれやれといった表情を見せるかわりに腰へ手を当てた。


「彼から黙っているように言われたんだけれど、気になるだろうから言うわ。残念な知らせよ。……リムスロットに再度機械兵が現れた。しかも今まで見たこともない兵装を装備していたそうよ。それでシンクが一人で出て行って返り討ちにあった。彼から引き継がれて戦況を監視していた『ある人物』が急遽応援に出て現在も戦闘中とのこと。シンクの怪我がかなり酷いらしくてあと一人は応援が欲しいとここに連絡が入ったわけ。それでさっき話し合ってヴェインを戻すことにしたの。これでいいかしら?」

「あの、都市のほうは大丈夫なんですか? ……それと、ある人物って、まさか、メイ……」

「話はこれでおしまい。質問は受けつけないわ。私達は私達のできることに専念しましょう。酷かもしれないけれどそうして頂戴。いいわね?」

「了解しましたです!」

「……」


 ロルは涼しい顔をしていた。

 私とは正反対の表情だった。


「レシュア様、心配いりませんよ。彼は後先考えずに行動するような人間ではありません。さあ、早いとこ奴等の基地、落としてしまいましょう!」

「……はい」


 悔しいけれどロルの言うとおりだった。メイルはそんなことをするような人ではない。

 ではレインの言う、ある人物とは一体誰なのだろうか。ロルの他にも戦えるアイテル使いがあの都市の中にいただろうか。

 考えをゆっくり整理したかったが、腰のワイヤーはレインの高速飛行に引っ張られて、体勢を維持するために思考を保留せざるを得なかった。



 黒い球体の前に到着すると、その巨大な要塞は複雑に絡んだ固い棒状のなにかに支えられて建っていた。

 機械兵の気配はなかった。周辺の地面には金属のような固い物質が敷き詰められていて、それは平面状に加工されていた。

 球体は地下都市の居住区域くらいの大きさはあった。

 さらに近くに寄ってみると、視界から球の面影がなくなった。


「こんなものどうやって作ったんでしょうか? 材料とかはこの星から調達したんですかね? ……ほら、レシュア様見てください。これとかすごい不気味ですよ」

「細かいことはあとで調べるから私語は遠慮して。必要な言葉だけを交わすように。分かった? ロル」

「はい。了解です!」


 建物を二周しても入り口らしきものは見当たらなかった。さすがのレインも焦りを見せはじめていた。

 天候の変化を考慮すれば出入り口は下のほうにあるはずだと彼女は予想していた。でも私はその推測だけを当てにして探すことに賛同できなかった。

 こんなに歩き回ってもそれらしきものすら見つからないのはどう考えてもおかしい。そもそも入り口なんてものはもとから存在していないのかもしれない。

 どうせ最後に建物ごと破壊してしまうのだから、外壁を叩き壊してしまえばいいのにと思った。



 頭の中が疑問で埋めつくされている私をよそにレインは黙々と探し続けていた。

 彼女の期待を裏切らないように注意深く観察すればするほど、歯痒さだけが増していった。


「……私達がいること、気づいていないのかしら……」

「そう考えるのが妥当ですね。カウザの奴等、意外に馬鹿なのかもしれませんよ」

「その馬鹿に翻弄されているのがうちらなのよ、ロル」

「全くそのとおりです。……面目ないです」


 会話をしている二人の後方の空に黒い線が見えた。あの風に揺られて波打つ線は、間違いなく回収後の犬型の機影だった。

 あれがこちらに向かってくるということは、つまり、そういうことだった。

 彼らにそのことを伝えるとレインは私達にすぐにここから離れるよう指示を出した。私とロルはそれに従い球体から離れた。



 レインは犬型の進行方向から入り口を観察できる位置に身を隠した。

 犬型が球体の中心部分の手前で止まる。すると塞がれていたところから突然穴が空いた。犬型はその中に吸い込まれていった。

 レインは全身にアイテルを放出して超高速で飛んた。それに続いてロルも飛ぶ。

 二人が内部に突入した直後に私も後を追った。だが入り口は塞がれてしまった。



 表面に手を当てても反応はない。どうやら取り残されてしまったようだ。



 私は辛抱強く待つことにした。

 犬型による機械部品回収は複数体で行われているはず。

 それを信じて静かに待ち続けた……。



 五分後、信じていたものが再来した。

 次は失敗しない。……犬型の挙動に全神経を集中する。

 今度の線はさっきよりも長い。入り口が開いている時間はさらに延びるはずだ。



 球体の手前で止まる。おかしい。さっきの犬型の位置と違う。

 とにかく開いた。私は全速力で追いかけた。

 ……00の応用で踏み込めばレインよりも早く飛べる。

 巨大な黒い球体にぽっかり空いた青白い光の中に、私は飛び込んだ。



 犬型に気づかれないように姿を隠す。内部は機械兵の残骸で山積みになっていたので身を隠すには丁度良かった。犬型は持ち帰ってきた残骸を無造作に下ろすとまた外に出て行った。

 飛び込んできた部屋には残骸以外になにもなかった。どうやらここは保管することだけを目的とした空間みたいだった。

 出入り口を探すとすぐに見つかった。開け方が分からなかったので扉の近くを適当に弄ってみたら偶然に開けることができた。



 扉を抜けた先は球体を感じさせる空間があった。

 青白い光を反射する固い床は外壁の形に沿ってはおらず平面状に広がっていた。

 奥のほうには今出てきた部屋と同じ大きさの建物らしきものが三つあり、上部にはかなり大きな四角い部屋が二つ見えた。

 球体内部の壁一面には人型と犬型の機械兵が隙間なくぶら下がっている。あれはおそらく動き出す前の状態の機械兵なのだろう。まるで死んでいるかのように首が垂れ下がっていた。



 床の前方に見たことがない機械の塊が置かれていた。かなり大きなものが二つ、通路に向かい合うように配置されている。動いているようには見えない。

 戦闘用ではなさそうだった。しかし気になったのでもっとよく観察してみると、複雑に絡み合った機械の中の一部分に唯一知っているものを発見した。

 人型の胴体部分だった。手足がまだついていないことから察するに、どうやらこれは機械兵を製造、もしくは修理するものだと思った。



 こうして機械兵が作られる状況を目の当たりにすると、異星文明カウザの存在がより鮮明に見えてくる感じがした。

 彼らはこの星に降り立ち、なにかをしようとしている。そして私達はそれを止めようとしている……。

 自分達を守ろうという気持ちはカウザにもあるはずだ。その心の強さの形がこの大きな機械にも反映されているような気がして、なんだかやりきれない思いが込み上げてしまった。



 ……ん? 小さな、とても小さな足音がする。



 咄嗟に身を隠そうとしたが、素早く動こうとすればするほど固い床が音を立てて要塞内部に響いた。

 これは場合によっては戦闘に発展するかもしれないと覚悟して、両手を構えた。



 その直後、大きな機械のさらに奥、六メートル程離れた先から見たことのない『人影』が出てきた。



 ……人型!? いや、あれは、女!?




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