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軽い命、重い瞼 / sleepless dummy



 騒がしかった城内が静まり返っている。

 強制的に打ち続けられる鼓動を右手で押さえながら、約束の時を待っていた。



 もう後戻りはできない。全身からは冷たい汗が吹き出している。

 一人の問題ではないと分かっていても、潔く前進しようとする気持ちが湧き起こらないことに苛立ちを感じていた。



 明日の朝、私は廃棄処分される。この事実をはじめて聞いた時、なによりも先に人として殺されるのではなくモノとして捨てられることを知って悲しい気持ちになった。

 間違いなく人間として生まれたはずだった。城にいた皆が誕生を喜び、歓迎していたと思っていた。

 それなのに、どうしてこうなったのか。『三人』とも同じ身体を持って生まれてきたというのに……。



 処分を決定した元老院の言い分は単純だった。

 それは『アイテルを扱えない者』だったからだ。



 アイテルとはこの世界に存在する実態のないエネルギーみたいなもので、この地球にいる人間であれば誰でも操ることができた。つまり私は欠陥品とみなされたのだった。

 アイテルが使えれば物に火をおこしたり水を凍らせたりすることができる。一度も使えたことのない私には、むしろ彼らのほうこそが異常なのではないかと疑ったこともあった。

 でも現実が向けてくる視線はいつも自分に集中した。異常なのはあなたのほうだと。本当にあなたは使えないのか。使えないふりをしているだけではないかと。

 口に出さなくても、実際にそうでなくとも私にはそう感じられた。みんなに悪気がないことは理解していた。だからなおさら寂しかった。



 他の『二人』は私と違って正常だった。元老院は二人のどちらかを次期女王にさせるつもりらしい。心から愛する『姉妹』が世界を支えるのだ。それはとても誇らしいことだった。

 彼女達に対して恨めしい気持ちはない。却って申し訳ないとさえ思っている。



 十九年の思い出が詰まった自室を見渡す。この部屋は初代女王が生きた時代よりもさらに昔の中世欧州とかいう時代に流行った調度でまとめられていた。

 もっともこれらの物は私からしてみれば現代のものなのだが、その美しさはたかだか十九年という短い時間であっても遥か遠い昔の懐かしさのようなものを思い起こさせた。

 女王の遺伝子を受け継いでいるからだろうか。そんなことを考えながら愛着に満ちた自室の明かりを消して別れを告げると、緊張が和らいだのか胸の鼓動が少し落ち着いたようだった。



 目を閉じてこれからすることを整理してみる。準備はこれ以上ないほどに済ませていた。ゆっくり休んだのが今日一日だけではないかというくらいの努力をした。

 心残りがあるとすれば、これまで支えてくれた使用人と教師にしっかりと感謝の言葉を直接伝えられないことだろうか。手紙として残しているものの、なにか物足りない気がした。

 きっとあの二人のことだから、どうせすぐにまた会えるんだからとか言って辛気臭さを一掃するに違いない。本当に彼女と彼には感謝の気持ちしかなかった。

 処分が決まってもあの二人だけはずっと変わらずにいてくれた。

 おはようからおやすみまで、なにも変わらない一日を私なんかのために与え続けてくれた人達……。



 ……アザミさん、ルウスおじさま、本当に、ありがとうございました。

 ……私、必ず、抜け出してみせます。




「……少し早いですが、お時間です」


 暗い自室の扉の前でじっと待っていると、約束の時間に少し遅れて迎えが来た。


「まだ着替えが終わっていないの。もう少し待っていただける?」

「……では、あと二分だけ待ちましょう。それより先は、議長にお任せいたします」


 言葉を聴き終えてすぐに、ゆっくりと扉を開いた。すると目の前に見たことのない重厚な物理的防具を着用した軍兵が男女二人で立っていた。


「レシュア様、その格好は公開着ではありませんか!?」

「そうよ。なにか問題でも?」

「いや、なんと申しますか、本当に着替えていらっしゃったのかと」


 公開着というのは地位の高い者が他の人間、特に大勢の人前で披露するための服だ。私のものは、これもまた初代女王が残した古代の婚礼衣装というものらしく、スカート部分が肩幅の三倍くらいの広さがあった。

 彼らはおそらく合言葉と混同して聞いてきたのだろう。ちなみに両肩は地肌が露出しており動作に影響はないが、上半身の着衣を固定するための首布が見た目以上に締めつけられて息苦しい。

 確か、アマラカンスリィブ、とかいうものだったと思う。


「これでいい。これで行きたいの」

「……分かりました。それでは参りましょう。経路のほうは?」

「頭に入ってる。問題ない」


 二人の格好をよく見ると、城の一般兵が着用する『ダクトスーツ』の上に曲線が特徴的な防具を全身の関節部分に装着していた。

 ダクトスーツとは全身に特殊な管が配された密着型の防護服だ。アイテルの補助を目的としているので私は一度も着たことがない。

 このいかにも戦闘を想定している二人の姿と私のそれは、誰が見ても不自然と感じる光景だった。

 本当にそれでいいのかと念を押す二人に無言で頷いて応えると、私達は足早にその場を離れた。



 途中城内を小走りで進みながら二人の名前を確認する。男性のほうがデイミロアス、女性のほうがロッカリーザ。小声でそう呼ぶと二人は同時に首肯した。それとルウス軍師から私のことを聞いているかと問うと『アンチ能力』のことなら聞いていると返答があった。

 おそらく彼らにとってはじめての経験になるだろうから無駄な接触は極力避けたほうがいい。特に元老院が直に動くようなことがあれば私が逆に彼らを守らなくてはならない。ルウスおじさまとの約束を破らないためにも、慎重に判断していかなければならなかった。



 ここゾルトランス城は大まかに、地下三階と二階が王の居住区域、地下一階が元老院の居住区域と円卓の間、地上一階に軍兵の居住区域と訓練場や観測所、二階は使用人と王女の居住区域、そして最上階の三階が私の部屋で構成されている。

 私達は唯一の経路である一階に向かわなければならなかった。


「就寝時間は過ぎてますからなにも起こらないとは思いますが、一応静かに歩きましょう」


 ロッカリーザは私の足音をずっと気にしているようだった。綺麗に磨きこまれた石の床はこの靴と悪い意味で相性が良いらしく、どんなに優しく歩こうとも、こつ、と小さな音を立てた。

 異様な興奮を抑えながら一階に辿り着く。

 なにも起こらないで欲しいと繰り返し脳内で呟いた。一旦部屋に戻ってもう一度ゆっくり考え直そうかと思ってしまうほど臆病な気持ちになっていた。



 想像以上に混乱していた思考をなんとか落ち着かせようと床を見つめる。

 すると、デイミロアスが小さく驚きの声を発した。


「……あれは」


 彼の視線を追うと、軍兵宿舎に繋がる通路に数人の軍兵とルウス軍師が立っていた。

 一気に緊張が高まる。私達が咄嗟の判断で身構えると、そこに立っていた全員が声を出さずに笑顔でこちらを見ていた。ルウス軍師の後ろに立つ一人の兵が早く行けと身振りで伝えている。


「レシュア様、行きましょう」


 ロッカリーザの言葉で我に返った私は、目の奥がじわじわと痺れるのを堪えながら中央階段を下りた。

 手を振りながら別れを告げる者、ただ寂しそうに見送る者、そして腕を組みながら微笑みかけるルウスおじさまがはっきりと見えた。



 裏門の出口は既に開いてあった。彼らの身体をすり抜けさえすれば、明日の命が繋がる。

 そのはずだった。


「……やはり、抜け出すつもりだったか」


 ルウス軍師達の死角、正門の影にその人物は立っていた。


「レブローゼ、議長……」


 グランエン・レブローゼ。元老院議長であり、現最高指揮官である。


「おい、そこの護衛。……分かっているだろうな」


 前に立つ二人が微動だにせずレブローゼに向きながら私の盾になっていた。共に行動していた同じ志を持つ人間が急に別の生き物になったかのように見えた。

 彼らならきっと命も投げ出すだろう。その強い決意がレブローゼに向ける姿勢に現れていた。



 ルウス軍師達は事態に気づいて視線を落とし、次に起こす行動の辛さに耐えるためか肩を大きく揺らしていた。


「……脱走者だ! 捕らえよ!」


 ルウス軍師の一声にやや遅れた反応で後ろに構えていた軍兵が、やけくそなのか涙声なのかはっきりしない声を上げて一斉に走ってきた。


「捕らえるのではない! 殺せ! 殺してしまえ!」


 レブローゼも特殊なアイテル補助器である『錫杖』を構えて攻撃の態勢に入る。

 今の状況を見るに注意すべき敵はレブローゼ一人だけだった。彼の攻撃だけをうまくすり抜けさえすれば誰の命も無駄にはならない。

 でもこのままではデイミロアスとロッカリーザは錫杖の餌食になるだろう。



 どうにかしなければ。この距離ではひとたまりもない。

 ……私が盾にならなければ、二人を助けられない。



「……これからあなた達の背中に手を当てます。それを合図にゆっくりと倒れたふりをしていてください。そして私が宿舎、裏口の方へ歩きはじめたらためらわずに立ち上がってください。そうしたら再度指示を出します……」


 二人は微かに聞こえるかどうかの提案にちらりと顔を見合わせ、顎を引きながら小さく頷いた。



 そっと、彼らの背中に触れる。

 真意が掴めていないはずなのに、二人は驚くほど自然に倒れてくれた。

 両手には、彼らの温もりが残っていた。



 視界が大広間の全景を映し出す。六人の軍兵がこちらに近づいてきた。

 全身の力を抜いて神経を一点に集中する。二秒もあれば十分だった。

 私は空気を押し上げるように両手を仰いだ。

 その直後、突進中の軍兵達は大風に揉まれて散り散りに飛ばされた。



 ……ここまで想定していたんですね。ほんと、あなたって人は……。



「レブローゼ議長。一つ、よろしいでしょうか」

「命乞いなら結構だ。予定に変更はない」

「そうではありません。あなたはわたくしをレシュアと思われているようですが、もしこの身体がマレイザのそれだとしたら、あなたはその杖をお振りになれるのでしょうか?」


 マレイザとは姉の名である。そして、次期女王に最も近い人間の名でもある。


「ふん。構わんさ。彼女なら私程度のアイテルなど造作もなく跳ね飛ばす。それに、今の兵への対処も事前に打ち合わせでもしていればさもアイテルを扱えるように見立てることもできる。安心したまえ。貴様は正真正銘の不要物だよ」


 半分正解、半分不正解といったところだ。確かにルウス軍師は私の処分に反対を訴えたことがあったし、軍兵全員ではないが彼に強い忠誠心を持つ者もいた。

 でも私はアイテルを『完全』に使えないわけではなく、それに不要物ではない。


「そうですか。ではどうぞ、お打ちになってください」


 肩幅くらいに両手を広げて、体勢を整える。

 レブローゼはためらいがちに錫杖を鳴らしながらこちらに向けてきた。


「……もしや、打たないとでも思っているのか?」


 元老院は女王の思想があっての存在だった。いわば彼らにとって女王とは神に等しい存在であり、神を傷つける行為とは己の死よりも深い罪を背負うようなものだった。

 女王の遺伝子を継いだ私に直接攻撃を仕掛けることの危険性をレブローゼは誰よりも理解していた。だからわざわざ議会にまで持ち込み、廃棄処分などという事務的な言葉を用いたのだ。


「時間稼ぎをしても無駄です。兵隊達はまだ起き上がれませんよ。手加減しませんでしたから」


 ルウス軍師も他に倣って床に突っ伏してくれている。もしかしたら本当に気を失っているのかもしれない。


「貴様この私を試そうとしているのか。ゴミの分際で!」

「はいはい、もう分かりましたから早く打ってごらんなさい。あなたにとって悪いことは一つもないのですから」


 挑発にうまく乗ってくれたのか覚悟が決まったのか判然としないまま、レブローゼは、ええい、と声を上げて杖を振り下ろした。

 思っていたよりも弱いものが飛んできたのでわざと肩に当たるように身体を傾けてみた。当たったであろう具合を見計らいうつ伏せに倒れ込む。するとしばらくして背後からわなわなとした言葉にならない声が聞こえてきた。



 近寄って確かめるのだろう。触れてきた瞬間が勝負だと思った。

 案の定、彼の指先は血が流れているだろう右肩に触れてきた。

 私は立ち上がる。



 無傷の右肩に視線を向けたレブローゼから顔を離して背後を取った。そして後方から肩を叩いて振り向かせると下腹に掌底を打ち込んだ。

 特殊な繊維で加工された議員専用の着衣はとても分厚い作りだった。期待していた感触を得られなかったが、それでも正面に立つ初老の男性は大して苦しむ間もなく前のめりになってそのまま倒れた。口の隙間からは泡が垂れていた。


「あなたの正義は確かに受け取りました。マレイザお姉様とステファナのこと、よろしくお願いします」


 見返りのない礼をすると、元老院議長は弱々しい息をぶくぶくと出した。



 裏口がある軍兵宿舎の通路の方向に進んだ。歩き慣れない靴の音が護衛の二人を立ち上がらせる。


「気になさらないでください。ここには戻らないつもりで志願したのですから」

「うん」


 それしか言えなかった。それ以上のことを言うと、二人の大切な志を台無しにしてしまいそうな気がした。とにかく今は城を出ることに集中しようと思った。

 軍兵達が倒れている通路を抜ける。私はそうするべきではないことを分かっていながら、ルウス軍師のところで止まってしまった。


「……今日までのこと、一生忘れませんから」


 声をかけても応答がなかったので通り過ぎようとした、その時。


「……それはこっちの台詞ですよ」


 危険を承知で返してきたその言葉に私の今までの人生が集約されていた。人は誰かに愛されてさえいれば、どんなカタチをしていようとも無駄な存在など無いと。


「行ってきます。おじさまもお元気で……」


 走った。二人には私の前を守ってもらい、私は来るかもしれない追っ手から彼らを守る。裏口まではあと十数秒の距離、スカートを両手で摘んでとにかく走った。

 後方の大広間から誰かの叫び声がした。軍兵になにかを指示しているみたいで後ろを振り向くとこちらのほうを指差している人影が見えた。宿舎で休んでいた軍兵達も目を覚まして通路から顔を出す。



 裏口がはっきりと見えてくるにつれ、通路は光を失い私達を視認し難くした。

 あと、五メートル。

 三メートル。腰に力が入る。

 一メートル。塞ぐには手遅れの距離。

 滑り込む。

 そして……。



 私達は城を出た。対応が遅かったのか裏口の扉が自動的に閉まる。

 異様な高揚と滑稽さを感じて少し笑ってしまった。同じ気持ちだったのか、デイミロアスとロッカリーザもつられて吹き出していた。


「第一関門、突破ですね」

「まだまだ油断できない状況ですから、気を引き締めて行きましょう」

「朝までが勝負ね。それまでどのくらい距離を稼げるか」

「このまま立っていても仕方ありません。急ぎましょう」


 景色を眺めた。

 城は丘の最も高いところに位置しており、ここから見ると辺り一面は森の上面を望むことができた。ここから一番近い都市までは距離にして約二十キロメートルはある。遅くても今晩中には到着しておきたかった。



 私達は真っ暗な森を突き進んだ。自分の身長よりも遥かに高い木が延々と続く。かなりの速さで走っているので上を向くと空に輝く無数の星をちらちらと拝むことができた。

 古代にはこれらの小さな光よりも、もっと驚くほど大きな天体を見ることができたのだという。幼い時に女王から聞いた話なので本当かどうかは分からない。彼女の冗談話かもしれないが、私はその話の内容と嬉しそうに語る女王の顔を今でも鮮明に記憶している。

 自分の顔を鏡で見るといつもあの頃を思い出した。あの温かかった母との記憶を再生することで、孤独を明るい色で塗りつぶしてきた。



 ……もうこの世にはいない女王。

 ……彼女は私の映る鏡の中で、今も生き続けている……。



 しばらく走り続けて追っ手の気配がないことを確認すると、私達は少し休憩することにした。

 息が切れて座り込む二人をよそにゆっくりと夜空を眺める。


「あれ?」


 思わず声に出してしまった。

 それに反応した二人が私の眺める方向を探す。

 なにかあったのかとロッカリーザが聞いてきたが、返答する余裕もなくじっと見続けた。

 見たこともない影を見たような気がした。

 ……。

 空中を飛んでいてはいけないなにかが、そこにあったような気がしたのだ。


「あ、あれを!」


 デイミロアスが指差した先を必死に目で追うと、やはりそれらしきモノは宙に浮いていた。


「あんなもの、……軍の兵器でも見たことがないぞ」

「新兵器、みたいなものではないの?」

「我々を殲滅するためでしょうか。それにしては準備がよすぎませんか。あんな不気味なもの、まるで戦争でもはじめるとでも言いたそうな形ですよ」


 ここから見えるだけでもそれは五つ確認できた。

 あれだけのものを作るとしたら相当な時間が必要なことくらい私にも分かる。少なくとも女王が生きていた頃にはとっくに計画は練られていたはずだ。

 そもそもアイテルを自在に扱える人間に、あの金属みたいな塊がなんの役に立つというのだろう。やはり違和感しか覚えない。



 あの人間と同じ形をした塊は、どうして空を飛んでいるのだろうか。




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