雨の日
雨が降っていた。生徒の話し声と雨の音が重なって見事な不協和音が生まれる。
カバンを漁ってみたが傘はない。天気予報では晴れだったというのになんという仕打ちだ。佐藤美穂はため息を吐いた。
昇降口は生徒たちのざわめきで埋まっている。しかし皆傘を持っているようで、徐々に人が減っていくのがわかった。
「もう……なんで皆傘持ってんの……?」
呟くが誰も聞いてはいない。せめて部活があれば誰かに入れてもらえたのだが、あいにくテスト前で部活停止である。高校に入学してたった二ヶ月。人と話すことがあまり得意でない美穂にはたくさんの友達などいなかった。
「皆先に帰っちゃうなんて……。一人で残って勉強なんかするんじゃなかった……」
二度目のため息が漏れる。
「走って帰れるような距離じゃないし……」
雨が止むのを待つしかないか、と端の方に座り込んだ。
にしても、カップルが多い。相合傘をしているカップルが多すぎる。何かの当て付けだろうか。傘ぐらい自分でさせばいいのに。全くもって羨ましい。
なぜこんなにカップルがいるのだ。二人で勉強してたのか。それとも話に夢中になっていたのか。どちらにしても美穂には関係ないことだ。
「でも、いいなぁ……」
夢の相合傘。今まで恋愛に全く縁がなかったが、こういうのを見ると羨ましくなるものだ。まぁどうせ叶わないのだろうが。相合傘をしている自分のイメージが全く湧かない。悲しい事だ。
相手なら思いつくだろうか。クラスメイトとか中学時代の友達とか。雨の音を聞きながら色々考えてみる。
「思いつかないなぁ……」
「何が思いつかないんだ?」
少し上から声を掛けられ反射的に顔を上げる。なんか見た事ある顔。
「なんか見た事あるって失礼だな。同じクラスの安嶋巧ですー」
なんか見た事ある人もとい、巧はふざけながら言った。まさか声に出ていたとは。独り言というのは怖いものだ。
「なんでこんなとこいるんだよ? とっくに帰ったと思ってたんだけど」
「……」
言えない。傘を忘れたなんて。皆持ってたというのに。
「あれ、傘は?」
「……!」
「忘れたの?」
ばれた。気付かずに帰ってくれればよかったのに。
「そっか。傘忘れたからここにいるのか」
ああ……。無神経すぎる。
「佐藤?」
「……何?」
ただでさえ男子と話すの苦手だというのに。よりによってこんな無神経な人とは……。雨に濡れて帰っておけばよかった。
「…………るか?」
「……え?」
巧が何か言ったが、雨の音が大きくなったせいで聞こえなかった。
「ごめん、聞こえなかった……。もう一回言って?」
普通に聞いただけなのに、巧はなぜか顔を赤くして横を向いた。
変な人だ。聞いたのにまだ黙り続けている。今のうちに帰ってしまおうか。そうしよう。
「ちょっ、待って! どこ行くんだよ!」
「帰る」
「いや、雨降ってるだろ!」
「もういい。気にしない」
「そういう事じゃなくって……!」
ああもう、と巧は頭を掻いた。
そんな巧を気にもとめず、どれだけ濡れるだろう、と思いながら美穂は外に出る。
バタバタッ バタバタッ
雨の音が頭より少し上で聞こえた。
「安嶋君?」
「……風邪」
「え……?」
「だから風邪っ! 雨濡れたら風邪引くからっ! 俺の傘に入ったら濡れないだろ! そういうことっ!」
早口で言った巧は美穂の隣に並んだ。美穂は少し驚いて巧を見たが、巧は反対側を向いていて美穂から顔は見えなかった。
「……家、遠いけどいいの?」
「別に。ちょっとした運動だと思えば軽いし。部活ないからちょうどいい」
「そう……」
バタバタと雨が傘を叩く。
「……ありがとう」
「ん? なんか言った?」
「さぁ? ところで安嶋君って何部だっけ」
「ああ、俺はーー」
雨の中で他愛のない話が続いていく。家まではまだまだ遠い。
作者の渡辺夏月です。今回の作品は息抜きとしての作品でした。短いです。すいません…。
とある雨の日にこんな事があったらいいな、という作者の夢を物語にしてみました。高校を卒業した方は「こういう風に夢見てた時代もあったな」と懐かしみながら、青春真っ只中の方は「こんな青春(を夢見る人)もある(いる)んだな」と思いながら楽しんでいただけたなら幸いです。
最後になりましたが、未熟な作品を読んでいただき、ありがとうございました!