消えた女房
その夜の寄り合いは、古墳で姿を消した二人の子供たちの捜索になった。
一緒に遊んでいた兄弟の証言によると、古墳の上に茂る一際高い木の上に、青い大きな実がなっているのを見つけて、皆で夢中になって取ろうした、ということらしい。
我こそはと、夢中になって木登りするうちに気がつけば辺りは暗くなり、四人は暗い中、木から降りなければならなかった。
はじめにおりた、崖下にすむ久衛門のところの長男を先頭に四人は闇の中、古墳の茂みから出ようとしたという。その最中、最後尾にいた久衛門のとなりにすむ弥吉の息子が、わあっと声をあげた。その声に驚いた3人が振り返ると、何かが弥吉の息子に覆いかぶさりそのまま土の下に消えたらしい。
寄り合い中、いなくなった子供たちの母親は取り乱し、泣き叫び、
久衛門の女房は帰ってきた兄弟に、必死の形相で叱りつけていた。
なぜ、墓で遊んだ⁉︎あそこは、土地神さまの墓じゃて、無礼なことをしてはならんと言ったじゃろう!遊び場にしてふみつけるなんざ、もってのほかじゃ!
古墳はその昔、この土地の人々を襲った魔のものから助けてくれた英雄の墓だと言われていた。
村人を殺し、荒れ狂う魔のものを岬の端へと追い詰め、その地に葬り去ったのだという。その人は、その地に神社を建立し、魔のものが再び地上に現れることのないよう、封じ込めたと言われていた。
その後、その英雄は村を納め、その生涯を終えた時には土地を守る土地神として件の神社に祀られ、大きな墓が作られた。
一緒に遊んでいた友達が消えたことですでに怯えて泣きじゃくる兄弟は、見たこともないような剣幕でしかる母親にひたすらに怯え、ますます泣きじゃくった。消えた子供の捜索に出て行った久衛門の代わりに村の年寄りたちが、母親と兄弟を引き離し、両者をなんとかなだめすかして落ち着かせた。
その傍らで、取り乱した弥吉の女房も、村の女たちに取り押さえられている。
古墳で子供が消えた。
墓の主が踏みつけられたことを怒っている。
そう言った村長は、捜索隊を慎重に選んだ。古墳に向かわせ、その中に立ち入らせたのは、常日頃から神社の清めや祭祀を行なっている3人だけだ。他の男たちには、古墳周辺、村全体の捜索を命じた。
子供を探すためなら、しきたりも儀式もかなぐり捨てて墓の中への入っていきそうな弥吉の女房は寄り合い所にとどめおかれていたのだ。
子供の名を泣き叫んでいた弥吉の女房は村長の必死の説得により、やがて静かに泣くだけになった。女たちは彼女を抱きしめ、慰めていた。
捜索は何時間にも及び、そろそろ日付も変わるのではないかという頃になって、明朝、夜が明けたら捜索は再開することにして、打ち切りになった。海辺周辺の捜索に加わっていた弥吉も戻り、女房を支えながら家に帰っていった。
弥吉も女房も眠れるわけがなかった。女房をなだめすかす弥吉に、女房はどうして私たち自身で墓の周りを調べられないのかと強く言募った。弥吉も同じ思いであったが、墓や神社にまつわる言い伝えは村人に深く浸透し、村長たちのいいつけは守らなければいけないのだと固く信じてもいた。
もちろん、子供たちにも、墓や神社が遊び場ではないことをキツく言っていたはずだったのに。
泣き続ける女房を抱きしめ、なんとかなだめ、やがて泣きつかれた女房を抱いたまま、弥吉も眠りに落ちた。
弥吉が眠りについた頃、腕の中にいた女房は目をあけた。村長たちの言いつけは守らなければならない。
しかし、どうして皆で墓に探しにいかないのか。なぜ、今回村長はたった3人だけを墓に向かわせたか。そこで子供たちがいなくなったことはわかっていたのに。
墓の主の怒りをこれ以上買わぬためには墓には入れない、祈りを捧げるしかできない、というにしろ、皆で墓の前まで行ってもいいではないか。墓に向かった3人以外の男たちが村全体を捜索していたけれど、それも墓の周りを探す集団とそれ以外を探す集団にわけられていた。墓の周りを捜索していたのは、村長や墓に向かった3人の親戚筋の男ばかりだった。
そんなことを、弥吉の女房が不信に思ったかどうかは知らない。とにかく子供たちを取り戻したい女房は、墓へ行き探すことしか頭にはなかった。
弥吉の女房は夫を起こさぬように静かに腕の中から抜け出すと、こっそりと家を出た。まだ夜があけないため、外は真っ暗で足下もおぼつかないが、住み慣れた村の中。まごうことなく、古墳へと道を駆けていった。
墓の前で一瞬立ち止まり手を合わせる。
しかし、それは一瞬の間。すぐさま古墳の茂みへと飛び込み、縦横無尽、あちらこちらを駆け回った。見えないなか走り回り、足は草や木の刺で血だらけになった。それでも駆け回るのをやめない。木の根にけつまずき、腕や顔にも擦り傷が作られる。
そうして、どのぐらい茂みの中を走り回っただろうか。もうじき夜があけると思われた時、弥吉の女房が一歩踏み出したところに地面はなかった。そのまま、縦穴とおぼしき中に女房は落ちてしまった。
高さは2メートルほどだろうか。死ぬほどでもない高さだったが、なんの構えもないまま落ちた女房は思い切り体を地面に打ち付けた。
あたりは真っ暗で何か鉄のような香りがした。
落ちて這いつくばっ状態のまま、あてにならない視力は無視して、あたりに手を伸ばし、何かがないか確かめるように地面を触っていった。
やがて、湿った何かに手があたった。握ってみると少し柔らかい。布のようなものとその中に…。
人の腕?
長吉?
女房はささやくように長男の名前を呼んだ。返事はない。
留吉?
次男の名も呼ぶ。やはり返事はない。
手に当たった何かにしがみつき、全体を触る。手のような場所から、胴体とおぼしきところへ。やがて首があり、その上には顔が乗っている。間違いない。これは人の形だ。
やはり我が子なのではないか。なぜ、返事をしない。
そのうち暗闇に目が見え始める。ぼんやりと見えてくる、その何かは見覚えのある布をまとっていた。
これは長吉の…。
長吉、長吉、と我が子とおぼしき体をだきかかえ、全身をさすった。目をこらし長吉の顔を覗き込もうとした。
その時、女房が降りて来た穴からうっすらと灯りが差し込み、長吉の顔を照らした。
長吉は目を見開き、頭から血を流して死んでいた。
それだけではない。
女房の数歩先には、留吉も転がっていた。
そして、その先には…。何十という人骨が積上っていたのだ。
息をのみ、その光景から目をそらせないでいる女房の後ろで、人が飛び降りて来た気配がした。
はっとして振り返ると、そこには村長と3人の男たちがたっていた。
村長が絞り出すように言った。
なぜ、来たのだ。
子供を失った弥吉の女房は、そのショックのあまり気狂いして、夜中に神社の裏手、岬の崖から海に身を投じたと言われている。ひょっとしたら、探しているうちに、誤って崖からおちたのかもしれない。
抱いて寝ていたはずの女房がいなくなったことに気がつけず、子供ばかりか、全ての家族を失った弥吉のその後は哀れなもので、一年も立たないうちに弥吉も姿を消してしまったという。
弥吉のエピソードを語り終えると「まぁ、この集落にのこる昔話の一つですな」と隣の集落から犬の散歩に来ていた初老の男性は帽子に緑のリュックを持った男にそう語った。男は郷土歴史家でこの辺りを調べていると自己紹介していた。
「いつの頃の話だと言われているんです?」
メモを取りながら、郷土歴史家は初老の男性に問う。
「明治の頭だとか、そんな時分の話だときいています。私より、この集落の人に聞いた方がいいんじゃないんですか?隣村でも有名な話だから、ここの人は皆知ってますよ。実はね、つい先月も古墳の周りで遊んでた子供が二人いなくなってるんですよ。その時に今のエピソードは僕らの住んでいるところでも話題になりましたねぇ。ましてこの辺りじゃ、子供は墓に食われたって。まぁ、本当に古墳で遊んでていなくなったんなら、玄室か何かに落ちてたんじゃないかって、古墳の中まで警察が捜したらしいですけど見つからなかったんでね、崖から海に落ちたか誰かにさらわれでもしたのか。物騒な世の中になりましたね。」
そんな会話のあと、簡単な挨拶をして郷土歴史家とわかれた男性は犬とともに帰路についた。




